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Press Releases

DATE2024.06.27 #Press Releases

水を極限までおしてみた

超高圧中性子回折実験で
水素結合の対称化の観察に成功!

小松 一生 (地殻化学実験施設 准教授)
ほか共同発表者10名

発表のポイント

  • 世界で初めて100 GPaを超える圧力までの中性子粉末構造解析を実施し、氷中の水素原子の分布を詳しく解析することに成功した。
  • 氷中の水素結合は80 GPaより高い圧力では対称化することが明らかになった。この現象は、半世紀以上前に予想され、これまでも数多くの報告があるが、水素原子の分布を直接的に観察できたのは今回が初めてである。
  • 本研究の成果は、氷の物理化学研究において大きな意味を持つだけでなく、今後、地球や氷惑星内部における水や氷の状態の推定にも役立つと考えられる。


氷中の水素結合の対称化を示した模式図(黒丸が酸素原子、白丸が水素原子を示す)。


発表概要

東京大学大学院理学系研究科の小松一生准教授、山下恵史朗大学院生(研究当時)、伊藤颯大学院生、小林大輝大学院生、鍵裕之教授、および、日本原子力研究開発機構J-PARCセンターの服部高典主任研究員、佐野亜沙美主任研究員、総合科学研究機構中性子科学センターの町田真一副主任研究員、愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターの入舩徹男教授、新名亨准教/シニア・ラボマネージャー、ソルボンヌ大学/CNRSのStefan Klotz(ステファン クロッツ)教授の共同研究グループは、世界で初めて100 GPaを超える圧力までの氷の粉末中性子構造解析を行い、80 GPaを超える圧力下では水素結合が対称化することを直接観察しました。本研究の成果は、氷の物理化学研究において大きな意味を持つだけでなく、今後、地球や氷惑星内部における水や氷の状態の推定にも役立つと考えられます。

発表内容

水を室温で圧縮していくと1 GPa(注1)で氷になります。さらに圧縮していくと、2 GPaを超えた圧力で、別の結晶構造を持つ氷に変わります。この氷は、氷VII(注2)と名付けられており、水分子が体心立方格子の格子点に位置した結晶構造を持っています(図1左)。この水分子は隣接する水分子と水素結合によって結びついていますが、さらに圧縮していくと、隣り合う酸素原子間にある水素原子が、2つの酸素原子の中心に位置する「水素結合の対称化」を起こすことが半世紀以上も前に予想されていました。水素結合が対称化した氷は氷Xと呼ばれ(図1右)、その構造の最小単位はもはや水分子(H2O)ではなくなってしまうため、他の多くの氷(注2)とは異なる性質を示すことが予想されています。対称化に至る過程では、水素原子が量子トンネル効果により非局在化(注3)することや、水素原子が感じるポテンシャルの変化によってマクロな弾性率(注4)が大きく変化することが理論的に予想されており、これらを裏付ける実験的な研究も報告されています。しかしながら、元素のなかで最も軽い水素原子の位置を正確にとらえることは難しく、これまで氷中の水素結合の対称化を直接観察した実験例はありませんでした。ここ4、5年だけでも水素結合が対称化したという報告は数件ありますが、これらの報告はいずれも間接的な手法によるものであり、対称化したとする圧力も、論文によって20~75 GPaと大きくばらついているという状況でした。


図1:氷VIIおよび氷Xの結晶構造
80 GPaより低い圧力(氷VII, 左下)では、水素原子は隣り合う酸素原子のどちらか一方に偏った位置に存在する。どちらの酸素に偏るかでさまざまな配置が考えられるが、氷VII中ではこれらの配置がランダムに存在する(上)。中性子回折法では、空間的・時間的に平均化された情報が得られるため、観測される水素原子の分布は2つの極大を持つ。一方、80 GPaを超える高圧下(氷X, 右下)では、水素原子は二つの酸素原子の中心に位置している。

 

水素結合の対称化を観察するには、水素原子の分布をとらえることができる中性子回折(注5)実験が最も直接的な手法と言えます。しかしながら、中性子回折実験を行うには通常数mm3程度以上の大きな試料が必要となり、そのような大きな試料に数十GPaという圧力をかけるのは極めて困難です。そのため、これまで中性子回折実験が行える圧力は30 GPa程度にとどまっていました。今回、本研究チームでは、愛媛大学で開発されたダイヤモンドを凌ぐ強度を持つナノ多結晶ダイヤモンド(注6)に注目し、これを高圧セルの素材として使用することで、比較的大きな試料を高圧下まで加圧できる技術を開発しました。また試料からの微弱な信号を取り出すため、世界最小の試料見込み幅を持つ受光コリメータを備えたJ-PARCの超高圧中性子回折装置PLANET(注7)を用いることで、世界ではじめて100 GPaを超える圧力までの氷の中性子構造解析を行うことに成功しました。その結果、およそ80 GPaを超えた圧力下では、氷中の水素結合は対称化することが明らかとなりました(図2)。


図2:高圧下中性子回折実験から得られた氷中の水素原子分布の圧力変化
中性子回折実験では、水素原子が存在する分布を2つのガウス関数(上、点線)の足し合わせとして解析した。2つのガウス関数がある程度離れていると足し合わせた分布にも2つの山が現れる(氷VII, 左上)が、ある距離よりも近づくと1つの山となる(氷X, 右上)。下の図は、解析によって得られたガウス関数の中心の位置をプロットしたもの。さらに、水素原子が存在する確率を酸素原子からの距離の関数として色の濃さで表現している

水や氷のような身近な物質でも、超高圧下における構造や物性は未だよくわかっていません。このような超高圧条件は、実験室でのみ実現できるような現実離れしたものでは決してなく、地球や惑星の深部ではむしろどこにでもある条件と言えます。例えば近年、氷VIIは、地球深部から上昇してきたダイヤモンドの中に包有物(注8)として発見され、大きな注目を集めました。今後、本研究で開発された手法を高温下あるいは低温下でも適用できるように改良することにより、さまざまな温度圧力条件にある地球深部や宇宙空間の氷の状態を解明できるようになると期待されます。

〇関連情報:
「プレスリリース①低温高圧下で新しい氷の相(氷XIX)を発見」(2021/02/19)

論文情報

雑誌名 Nature Communications
論文タイトル
Hydrogen bond symmetrisation in D2O ice observed by neutron diffraction
著者
Kazuki Komatsu*, Takanori Hattori, Stefan Klotz*, Shinichi Machida, Keishiro Yamashita, Hayate Ito, Hiroki Kobayashi, Tetsuo Irifune, Toru Shinmei, Asami Sano-Furukawa, Hiroyuki Kagi.
(*責任著者)
DOI番号

10.1038/s41467-024-48932-8

研究助成

本研究は、科研費「挑戦的研究(開拓)(課題番号:21K18154)」、「基盤研究(B)(課題番号:20H01998)」、「基盤研究(C)(課題番号:20K05425)」、「基盤研究(S)(課題番号:18H05224)」、「基盤研究(B)(課題番号:18H01936)」、「新学術領域研究(研究領域提案型)(課題番号:15H05829)」、二国間交流事業(課題番号:29717X)、PRC grant (grant no. 2191)の支援により実施されました。中性子回折実験はJ-PARC物質・生命科学実験施設の利用研究課題(課題番号:2016I0011、2017I0011、2019I0011、2019B0119、2020B0083、2021B0047、2021B0159、2022A0326、2023A0077)として、予察的なX線回折実験は高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリ―の利用研究課題(課題番号:2020PF-39)としてそれぞれ実施されました。中性子回折実験の準備にあたってCROSSユーザー実験準備室を利用しました。また本成果は、共同利用・共同研究拠点である愛媛大学先進超高圧科学研究拠点との共同研究によるものです。本研究グループの山下、小林、伊藤は東京大学MERITプログラム、MERIT-WINGSプログラム、IGPEESプログラムからそれぞれ支援を受けました。

用語解説

注1  GPa (ギガパスカル)
パスカル(Pa)は圧力の単位。例えば、大気圧(1気圧)は約100 kPaで1 mm2あたり10 gの重量がかかることに相当しますが、1 GPaはその1万倍ですから、1 mm2あたり100 kgの重量がかかることに相当します。

注2  氷VII、氷の多形
黒鉛とダイヤモンドのように、同じ化学組成を持ちながら異なる結晶構造を持つものを多形といいます。1900年にグスタフ・タンマン(1861-1938)が高圧下で2つの氷多形を発見し、これらを氷II・氷IIIと名付けたため、常圧で見られる通常の氷は氷Iと呼ばれるようになりました。その後、新しく発見された氷多形には、ほぼ発見順にローマ数字で番号付けされていきます。氷VIIは高圧の研究でノーベル物理学賞を受賞したブリッジマン(1882-1961)によって1912年に発見されました。氷には2024年5月現在、少なくとも20種類もの多形が報告されています。

注3  量子トンネル効果による水素原子の非局在化
量子トンネル効果とは、古典力学では飛び越えられない高さのポテンシャル障壁でも波動関数がポテンシャル障壁をすり抜けて伝播することができる現象をいいます。水素は最も軽い元素であるため、この量子トンネル効果が他の元素に比べ特に顕著になります。氷VII中では、ある圧力以上で、水素原子の存在確率がポテンシャル障壁をはさんで隣接する水素サイトにまで染み出し非局在化すると予想されています。

注4  弾性率
弾性率は、物質の変形のしにくさを表す物性値で、物質が弾性変形する際の応力とひずみの間の比例定数として表されます。弾性率は地震波が伝わる速度とも関係しているため、逆に地震波速度から地球深部に存在する物質の弾性率についての情報が得られます。そのため、物質の高圧下での弾性率は、地球深部の状態を推定する際には非常に重要な物性値となります。

注5  中性子回折
中性子回折は、中性子の原子による回折現象を利用した構造解析法です。中性子は原子の中の原子核と相互作用するため、電子と相互作用するX線とは異なる情報が得られます。例えば、X線回折の場合、原子番号の大きいすなわち電子数の多い元素ほど散乱強度が強くなり、逆に電子数の少ない軽元素は散乱強度が弱くなり見えにくくなります。特に共有結合の形成によって電子を失った水素原子(プロトン)からの散乱は極めて弱いため、プロトンの位置をX線回折で正確に決定することは困難です。一方、中性子回折では軽元素~重元素までほぼ同程度の散乱強度を持つため、水素原子を含む物質の構造決定によく用いられています。

注6  ナノ多結晶ダイヤモンド
15~25 GPaかつ2500 K程度以上という高温高圧下で、グラファイトから直接変換されたダイヤモンド。2000年代に、本研究グループの入舩教授らによって愛媛大学で開発され、通称「ヒメダイヤ」と呼ばれています。ナノメートル(nm)サイズの粒子が焼結した多結晶体であるため、単結晶ダイヤモンドのような硬度の異方性がなく、高い応力下でも割れにくいという特性を持っています。

注7  J-PARCの超高圧中性子回折装置PLANET
J-PARCは、日本原子力研究開発機構と高エネルギー加速器研究機構が共同で運営している大強度陽子加速器施設(Japan Proton Accelerator Research Complex)の略称。その一つである物質・生命科学実験施設では、中性子やミュオンを用いた幅広い分野の研究が行われています。PLANETは、地球内部の水の状態を推定するために作られた高圧実験専用の中性子ビームラインで、大小さまざまな高圧プレスを設置でき、広い温度圧力条件で実験を行うことができます。高圧下の小さな試料からでも高品質のデータが取れるようにいろいろな工夫がなされています。

注8  ダイヤモンドの包有物
地球深部でダイヤモンドが結晶成長する際、周囲の物質がダイヤモンド中に取り込まれることがあり、このようにして取り込まれたものを包有物といいます。ダイヤモンドは深さ150 km以上のマントルで生成されるため、ダイヤモンド中の包有物はマントルに存在していた物質ということになります。