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Press Releases

DATE2024.04.27 #Press Releases

量子の群れが作る秩序

――非平衡系に生じる磁性の新機構を理論的に発見――

高三 和晃(物理学専攻 助教)

川口 喬吾(知の物理学研究センター 准教授
/理化学研究所 理研白眉研究チームリーダー)

足立 景亮(理化学研究所 研究員)

発表のポイント

  • 量子力学で記述される、原子・分子などの微小な世界で、鳥や魚の群れを代表とするアクティブマターと類似の振る舞いを示すシステムを研究し、そこで生じる非平衡状態において強磁性秩序が発現する、新しいメカニズムを発見しました。
  • 反発する力とアクティブ性(それぞれの粒子が持つ推進力)だけで強磁性秩序が生じる本メカニズムは、古典力学で記述される従来のアクティブマターとは異なり、量子力学で記述されるアクティブマターに特徴的な現象です。
  • 近年、基礎研究が盛んに進められている非平衡量子系やアクティブマターの理解を進展させるものとなるだけでなく、デバイス技術の基礎であるスピンや磁性に関わる本成果は、新たな量子技術・量子デバイスの開発につながることが期待されます。


本研究で発見された「アクティブ性誘起強磁性」の概念図


発表概要

東京大学大学院理学系研究科の高三和晃助教と川口喬吾准教授、理化学研究所の足立景亮研究員らによる研究グループは、生物などのマクロな系を中心に研究されてきたアクティブマターの概念を、これまでほとんど適用されてこなかった、原子スケールのミクロな世界に拡張し、非平衡状態(注1)において磁気秩序が生じる新しいメカニズムを理論的に発見しました。このメカニズムは、鳥や魚が群れを形成する相転移(フロッキング転移)の量子力学版と捉えることができます。さらに本メカニズムには、反発しあう力とアクティブ性(それぞれの粒子が持つ推進力)だけで向きが揃うという、これまでのフロッキング転移には無い特徴があり、アクティブマター研究にも新しい視点をもたらすものです。スピン(注2)や磁気秩序(注3)というデバイス技術の基礎に直結する本研究の成果は、新しい量子技術・量子デバイスの創出に将来的につながると期待されます。

発表内容

<研究の背景>
鳥や魚、バクテリアなど「自ら動く要素の集団」は自然界のさまざまな所に見られます。こうした集団は「アクティブマター」と呼ばれ、近年、統計物理学や生物物理学において盛んに研究されています。群れを形成して一方向に運動する振る舞いは、アクティブ性に起因した相転移現象と捉えられ、これはフロッキング転移と呼ばれます。フロッキング転移は、水が氷になるような通常の相転移と異なり、非平衡状態で生じます。そのため、平衡相転移が生じ得ない条件下でもフロッキング転移は生じるなど興味深い性質を持つことから、基本的現象でありながら、最近でも活発に研究されています。

これまでのアクティブマター研究は、生物などのマクロな対象が中心で、原子や分子といった、量子力学で記述されるミクロな要素に関する研究は、ほとんど行われてきませんでした。東京大学大学院理学系研究科の高三和晃助教と川口喬吾准教授、理化学研究所の足立景亮研究員らによる研究グループは近年、原子スケールに生じるアクティブマター(量子アクティブマター)の研究を推進しています。本研究では、これまでの研究を発展させ、量子効果の大きな1次元的なシステムにおける量子アクティブマターの振る舞いを研究することで、非平衡状態に磁気秩序が生じる新機構を発見しました。

<研究の内容>
本研究では、左右の矢印(量子力学的なスピンに対応)でラベルされたボース粒子(注4)のが1次元的な格子上を運動するモデル(図1(a))を扱います。特に、粒子間に強い反発力が働いているため、粒子が同じ箇所に2つ以上入れない状況を考えます(このような粒子は、ハードコア・ボース粒子と呼ばれます)。各粒子は、主に以下の3つのルールに従って運動しています。1つは「右向き粒子は右、左向き粒子は左へ移動する遷移振幅が大きい」というものです。遷移振幅とは、量子力学の概念で、我々の世界における確率に近いものです。本研究では、この左右方向への推進力をアクティブ性と呼んでいます。残りの2つは「隣り合う矢印の向きは揃いたがる」「矢印の向きは一定の遷移振幅で移り変わる」というものです。それぞれ、統計力学の言葉で言えば、強磁性イジング相互作用(注5)と横磁場(注6)に対応します。これらのルールがアクティブマターらしい振る舞いを反映していることは、次のように理解できます。矢印を「鳥の進みたい方向」と見なせば、1つ目のルールは、鳥が自分自身の進みたい方向に推進するという振る舞いに対応しています(図1(b))。アクティブ性が大きいほど、進みたい方向に進みやすくなるので、この点でもよく対応しています。残りのルールは、隣り合う鳥は同じ向きの方が進みやすい、鳥が進行方向を変えることができることにそれぞれ対応しています。なお、本モデルはレーザー光を使って閉じ込められた原子集団である冷却原子気体を使うことで実現できると考えられます。


図1:本研究のモデルの模式図とマクロ系のアクティブマターとの対応

このモデルの数値シミュレーションの結果、アクティブ性を上げることで、スピンの向きがバラバラになった状態(常磁性)から揃った状態(強磁性)への相転移が生じることが分かりました(図2(a))。アクティブ性により運動方向が揃うため、フロッキング転移に対応する相転移であると言えます。さらに、イジング相互作用がない時(図2(a)の横軸の値が0の場合)にも、同様の相転移が生じることも分かりました。これまで知られていたフロッキング転移は、粒子同士の運動方向を揃える相互作用がある場合に生じるものがほとんどで、そのような相互作用無しに、反発力とアクティブ性のみで生じるフロッキング転移は、今回初めて見出されたものです。この強磁性が生じるメカニズムの鍵は、衝突した粒子が強い反発力で動けなくなってしまうことです。各粒子が矢印の向きにしか動けない極限を考えると、図2(b)の配置から動くことができず、この衝突によってエネルギーが上昇します。それに対し、全スピンが揃っている強磁性ではこの配置は生じず、エネルギー上昇が起きません。その結果、相対的にエネルギーの低い強磁性状態が実現されます。


図2:本研究で得られた相図と動けなくなる配位
(a)横軸がイジング相互作用、縦軸がアクティブ性の強さ、色が秩序変数(1が完全強磁性)に対応しています。図中には各相における典型的な粒子配位を図示しています。赤矢印に従ってアクティブ性を上げると強磁性転移が生じます。(b)各粒子が一方向にしか動かない極限では、この配位から運動することができません。この配位が強磁性のメカニズムに重要な役割を果たします。

<今後の展望>
近年の実験・計算技術の進歩により、非平衡状態にある量子系の研究が可能になり、平衡状態を超えた多彩な物理現象が発見され、大きな展開を見せています。今回発見された、非平衡系における秩序化機構も、そうした研究に新たな視点をもたらすと考えられます。また、反発力とアクティブ性のみで生じるフロッキング転移の発見は、マクロ系を対象としたアクティブマター研究へのフィードバックも期待されます。

また、応用面への波及効果も期待できます。本研究は、多くのデバイス技術の基礎となる、スピンや磁気秩序に関する成果であり、アクティブ性誘起強磁性を実現することで、新たな量子メモリや量子コンピュータの動作原理創出につながると考えられます。

論文情報

雑誌名 Physical Review Research
論文タイトル
Activity-induced ferromagnetism in one-dimensional quantum many-body systems
著者
Kazuaki Takasan*, Kyosuke Adachi*, Kyogo Kawaguchi (*共同筆頭著者)
DOI番号

10.1103/PhysRevResearch.6.023096

研究助成

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(科研費)「ゆらぎと応答の基本限界から探索する生体分子の設計原理(課題番号:JP19H05795)」、「接着性培養細胞を用いた非平衡協同現象における普遍性の探索(課題番号:JP20K14435)」、「自己駆動する集団におけるカイラル輸送現象の研究(課題番号:JP21H01007)」、「量子アクティブマター物理の開拓と物性科学への応用(課題番号:JP22K20350)」、「細胞内構造を支えるヘテロポリマー間相互作用の網羅的解析(課題番号:JP23H00095)」、「古典系・量子系におけるKardar-Parisi-Zhang普遍法則の統一的理解の構築(課題番号:JP23K17664)」、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業さきがけ「非平衡物質相を利用した革新的量子デバイス技術の創出(課題番号:JPMJPR2256)」の支援により実施されました。

用語解説

注1  非平衡状態 
マクロな流れがあったり、時間変化したりする動的な状態。マクロな流れが無く静的な状態である平衡状態と比べて、理論的な理解が進んでおらず、現代物理学における重要な研究対象になっています。

注2  スピン 
素粒子が持つ固有の角運動量であり、粒子が持つ内在的な性質の1つです。クォークや電子などの素粒子だけでなく、原子や分子のような複合粒子でも見られます。

注3  磁気秩序 
物質内の磁気モーメント(スピンなど)が一定の規則性を持って配列する現象です。磁気秩序は、物質が示す磁性の種類を決定する基本的な要因です。

注4  ボース粒子 
量子力学の世界で見られる粒子の一種で、複数の粒子が同じ量子状態を取ることができるという特徴を持っています。

注5  強磁性イジング相互作用 
最も基本的なスピン間の相互作用の1つ。2つのスピンについて、各スピンの特定の成分の値の積に-1をかけたもので、向きが揃っている時に、その値(エネルギー)が低くなり、結果的に、スピンを揃えた配位(強磁性)が実現されることになります。

注6  横磁場 
スピンの量子化軸の方向(縦方向)に対して、垂直(横方向)に印加された磁場。例えば、上述の強磁性イジング相互作用と横磁場を考えた模型は「横磁場イジング模型」と呼ばれ、絶対零度で生じる相転移(量子相転移)を研究する最も基本的なモデルの1つになっています。