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Press Releases

DATE2024.03.28 #Press Releases

花序で繁殖する甲虫による送粉と発熱植物の新たな例を発見

――謎多き植物アダンの送粉生態を解明――

宮本 通(生物科学専攻 博士課程)

望月 昂(附属植物園 助教)

川北 篤(附属植物園 教授)

発表のポイント

  • 琉球列島以南に自生するタコノキ科のアダンが、花序で繁殖する微小な甲虫の一種によって送粉されることを明らかにした。また、アダンの花序が発熱することも明らかにした。
  • 世界に750種あるタコノキ科において「昆虫による送粉」および「花序の発熱」を示した例は初めてであり、発熱植物としては14科目の報告である。
  • タコノキ科は旧熱帯地域の生態系を構成する主要な植物の一群だが、そのほとんどにおいて送粉生態は分かっていない。本研究は、タコノキ科で最大のグループであるタコノキ属の送粉生態を理解する鍵となるものであり、タコノキ属と花序で繁殖する昆虫との共進化の可能性にも光を当てるものである。


アダンの雄花序に集まるハナケシキスイ属の一種
丸枠内は拡大写真。スケールバーは左図が10cm、右図が1cm。


発表概要

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の宮本通大学院生、同附属植物園の望月昂助教川北篤教授は、タコノキ科(注1)のアダン(図1)が花序で繁殖する微小甲虫によって送粉されること、ならびに花序が発熱する「発熱植物(注2)」であることを明らかにしました。タコノキ科において昆虫媒(注3)が示されたこと、また花序の発熱が示されたことは初めてです。

タコノキ科は、アフリカからオセアニアにかけて5属約750種が分布する単子葉類の一群です。最大のグループであるタコノキ属はこれまで約450種が見つかっており、熱帯・亜熱帯生態系の重要な構成種を多く含みます。しかし、その送粉生態学的知見は乏しく、数例の研究で風媒(注4)が示唆されていた程度で、その全貌は謎に包まれていました。

本研究では、琉球列島に自生するアダンにおいて、微小な甲虫であるケシキスイ科(注5)の一種が花序で繁殖し、送粉者として機能していることを明らかにしました。また、花序が発熱していることを発見し、タコノキ科がこれまで知られていなかった「発熱植物」のグループであることも明らかにしました。

本研究は、これまで未知だったタコノキ属の送粉生態の理解への扉を開くとともに、タコノキ属と花序で繁殖するケシキスイの共進化(注6)の可能性にも光を当てる研究です。


図1:海岸に自生するアダンの様子
いずれも奄美大島にて撮影。左図:アダンが海岸に自生する様子。右図:アダンの果実。

発表内容

〈研究の背景〉
タコノキ科は旧熱帯地域(注7)を代表する単子葉植物の一群で、アフリカ、アジア、オセアニアの熱帯・亜熱帯域にかけて約750種が分布しています。中でも最大の多様性を誇るタコノキ属はこれまで約450種が見つかっており、そのユニークな樹形や、生態系を構成する重要な樹種を多く含むことなどから、熱帯地域では一般にも広く知られる植物です。しかし、その送粉生態についての研究例はほとんどなく、Cox(1990)によりタコノキ属の一種Pandanus tectoriusが花序の特徴などから風媒であることが議論された例がある程度で、その送粉生態の全貌はほとんど謎に包まれていました。

しかし、タコノキ属の雌雄の花序には虫媒を思わせる「見過ごされた特徴」がいくつかありました。例えば、雄花序は視覚的に目立つ黄白色の苞(ほう)をもち、雌花序は完全に苞に覆われた状態であっても、柱頭は新鮮で受粉に適しているように見え、さらに雌雄両方の花序は強い芳香を放ちます。ここから、雌花序では「まだ花序が苞に覆われていて風による送粉が考えにくい状態であっても、花粉を運ぶ微小な生物が苞の隙間からもぐりこんで柱頭に到達し、受粉を達成させている」という虫媒の可能性が考えられました。そのため、当研究チームは琉球列島に生育するアダンをモデルとして、タコノキ属の送粉生態を解明することを目的としました。

〈研究の内容〉
調査対象としたアダンPandanus odoriferは、アジアの熱帯・亜熱帯の海岸に生育する雌雄異株の常緑小高木です。アダンの雄花序は開花期の初期では直立し、次第に花軸が伸びて馬の尻尾のように下垂します。雌花序は直径5~7cmの肉穂花序(注8)が苞に包まれていますが、次第に肉穂花序が成長し、やがて苞の先端から露出します。そこで、開花期における柱頭の活性を調べた結果、柱頭は雌花序が完全に苞に包まれた段階でも高い活性を示し、花序が苞に包まれた状態で送粉が起きていることを示唆する結果が得られました。

次に当研究チームはアダンの送粉様式を明らかにするため、2020年から2022年にかけて、アダンの開花期である夏季を中心に奄美大島、沖縄本島、石垣島、西表島、与那国島の5島56箇所の海岸で190時間以上目視での訪花観察を行いました。また、目視による観察を補完するためにインターバルカメラを用いた観察も行いました。その結果、アダンの雄花序、雌花序にケシキスイ科ハナケシキスイ属の一種(未記載種、以下ケシキスイとは本種を指します)の成虫が大量に集まっているのが見つかり、多い時には雄花序では一つの花序から1,500頭以上、雌花序では一つの花序から1,000頭以上のケシキスイが見つかることを確認しました(図2)。


図2:開花中の雌花序とハナケシキスイ属の一種が訪花する様子
苞に完全に包まれた状態のアダンの雌花序と、苞をめくった状態の雌花序に集まるケシキスイ。丸枠内は拡大写真。スケールバーは左図が10cm、右図が1cm。

また、雌花序から見つかったケシキスイ258個体の体表花粉を調べた結果、約4割の個体の体表にアダンの花粉が付着していました。つまり、このケシキスイはアダンの雄花序から雌花序に花粉を運んでいたことが確認されました。

さらに、アダンの雄花序の開花期前期では、ケシキスイ成虫が花粉を食べる様子や交尾する様子が見られ、雄花序からは卵が見つかりました。その後、開花期後期になるとケシキスイ科と思われる幼虫が大量に見つかり、飼育によりこの幼虫は花序で見つかった成虫と同種のケシキスイであると確認されました。ケシキスイの初齢幼虫をアダンの花粉のみで飼育する実験を行った結果、約8割の個体が三齢幼虫まで達したのに対し、初齢幼虫に雄花序の花軸のみを与えて飼育、あるいはエサなしで飼育した対照実験群では、すべて二齢幼虫に達する前に死亡していました。つまり、このケシキスイは雄花序で交尾・産卵し、幼虫はアダンの花粉のみを食べて三齢幼虫(終齢幼虫)まで育つことが確認されました(図3)。

最後に、花序の発熱の有無を確認するため、サーモグラフィーカメラとデータロガーを用いて雌雄の花序の温度測定を行いました。その結果、ケシキスイの訪花が特に多い開花期は、雌雄の花序ともに日没後安定して発熱が見られることが分かりました(図4)。


図3:予想されるケシキスイの生活史
A:開花期前期の雄花序に集まるケシキスイ成虫と卵。B:開花期後期の雄花序。C:卵から孵り、アダンの花粉を食べて育つケシキスイ幼虫。D:終齢まで達した幼虫は土に移動する。E:土中で蛹化するケシキスイ。F:アダンの葉鞘で集団休息するケシキスイ。年中見られる。G:雌花序に集まるケシキスイ。H:雄花序から雌花序へ花粉を運ぶケシキスイ。この時に受粉が達成される。


図4:発熱する雄花序と雌花序
アダンの花序(左列)と、日没後にサーモグラフィーカメラを用いて撮影されたアダンの花序のサーモグラフィー写真(右列)。上段二枚が雄花序、下段二枚が雌花序。

〈今後の展望〉
タコノキ科は旧熱帯地域に5属約750種が分布することが知られていますが、送粉生態の全体像は未解明のままです。今回、タコノキ科で初めての虫媒が科内で最大のタコノキ属で見つかったことは、世界のタコノキ科の送粉生態と進化への理解を深める鍵となると考えられます。琉球列島はタコノキ属の分布の北限であるため、今後はマダガスカルや東南アジア、オーストラリア、ニューカレドニアなどタコノキ属の多様性が高い地域で送粉生態を調べる必要があります。また、世界に20種が知られているハナケシキスイ属はほとんどの種がタコノキ属を寄主植物とすることから、世界中のタコノキ属でアダンと同様なハナケシキスイ属による送粉と、両者の間での共進化が起きている可能性が考えられます。

論文情報

雑誌名 Botanical Journal of the Linnean Society
論文タイトル
Pollination of thermogenic inflorescence of Pandanus odorifer by a specialist Amystrops sap beetle that reproduces on the male inflorescence
著者
Toru MIYAMOTO*, Ko MOCHIZUKI, Atsushi KAWAKITA
DOI番号

10.1093/botlinnean/boae012

研究助成

本研究は、科研費「花組織報酬型送粉シンドローム(課題番号:20H03306)」、「発熱する花序をもつタコノキ属の送粉様式の解明と花器官発熱に関する新しい仮説(課題番号:22KJ1056)」の支援により実施されました。

用語解説

注1  タコノキ科
旧熱帯地域に5属約750種が分布する雌雄異株の単子葉植物の一群。Sararanga属(2種)、Freycinetia属(約250種)、Martelidendron属(6種)、Benstonea属(約50種)、Pandanus属(約450種)が知られている。

注2  発熱植物
花器官が外気温より高温になる植物の総称。サトイモ科やソテツ科などをはじめ、これまでタコノキ科以外では13科約100種が知られていた。

注3  昆虫媒
昆虫による送粉のこと。

注4  風媒
風による送粉のこと。

注5  ケシキスイ科
鞘翅目(コウチュウ目)ケシキスイ科の昆虫の一群。花粉食や植物食、肉食、菌食など幅広い食性をもつ微小甲虫のひとつの科。

注6  共進化
複数種の生物が互いに影響しあって進化すること。例として、動物に送粉される花の形態とその送粉者である動物の形態などが挙げられる。

注7  旧熱帯地域
アフリカ、アジア、オセアニアの熱帯~亜熱帯を含む地域。新大陸における新熱帯地域に対してこう呼ばれる。

注8  肉穂花序
多肉質な太い花軸に柄のない多数の小花を直接つける花序のこと。