search
search

Press Releases

DATE2024.02.16 #Press Releases

長寿命核廃棄物の減容および宇宙での元素の起源の解明へ

――放射性同位体の核変換率を評価する新手法を開発――

今井 伸明(原子核科学研究センター 准教授)

堂園 昌伯(京都大学理学研究科 助教)

大津 秀暁(理化学研究所 仁科加速器科学研究センター チームリーダー)

発表のポイント

  • 自然界に安定に存在しない放射性同位体の中性子捕獲反応による核変換率を評価する新しい手法を確立した。
  • 核変換後の同位体を直接観測することにより核変換率を評価することに初めて成功した。
  • 本手法を用いることにより、長寿命核分裂片などの放射性廃棄物の減容処理方法の開発や、宇宙で重元素を作る天体の解明が前進する効果が期待される。


図1:放射性同位体ビーム減速・収束装置OEDOの全景
赤い円柱状の構造物が高周波電場発生装置で広がったビームを収束させる。


発表概要

東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センターの今井伸明准教授と、京都大学理学研究科の堂園昌伯助教、理化学研究所仁科加速器科学研究センターの大津秀暁チームリーダー、炭竃聡之チームリーダー、鈴木大介研究員、韓国IBSのJongwon Hwang研究員らの研究グループは、長寿命核分裂片の一つである放射性同位体79Se中性子捕獲断面積を実験的に評価しました。

本研究では理化学研究所仁科加速器科学研究センターのRIビームファクトリーで供給される光速の70%の速度を持つ79Se(寿命32万年)イオンビームを東京大学原子核科学研究センターが開発、運用する重イオンビーム減速・収束装置OEDO(図1参照)(注1) を用いて、光速の20%まで減速後に、重陽子に照射、1中性子移行反応により80Seの高励起状態を生成しました。さらに、SHARAQ磁気分析器 (注2)を用いて直接80Seを観測することで、80Seの高励起状態から中性子や陽子を放出せず、光放出で80Seの基底状態になる確率を決定しました。この高励起状態の生き残り確率から79Seの中性子捕獲反応率が決定できます。変換後の80Seを直接観測することで反応率を決定するという先行研究にはない新規性があり、この研究成果は今後、長寿命核分裂片といった放射性廃棄物の消滅処理の基礎研究や、宇宙での元素の起源天体の解明に役立つことが期待されます。


図2:本手法の概念図。測定したい反応は、左部に描かれたように、32万年の寿命を持つ放射性同位体79Seに中性子(赤)を移行させ安定核80Seの高励起状態(橙)を作る反応です。実験では、右に描かれた様に79Seに重陽子(黒と赤)から中性子を1個つけます。この時、同時に陽子(黒丸)を測定することで励起エネルギーが決定できます。高励起状態の80Seはほとんどが中性子を出して79Seに戻ったり、陽子を出して79Asに変化します。いくつかは黄色の矢印で描いた様に、光を出して80Seの基底状態になります。 本研究では、基底状態になった80Seを直接観測し高励起状態が生き残る確率を求めました。

発表内容

放射性廃棄物に含まれる長寿命核分裂片は放射性同位体(RI) (注3)の一つです。放射性廃棄物の核変換処理の施設を設計するには変換率を評価する必要があります。様々な核変換手法の中でも、中性子を付加する捕獲反応は反応効率が高く有力な方法です。しかし、中性子は15分程度で陽子に変換するため、中性子同様に有限の寿命を持つRIへの中性子捕獲反応率の測定は非常に困難です。そこで、本研究では図2で示すように、核変換したいRIである79Seの低速ビームを生成し、重陽子から中性子を移行させ、79Seの中性子捕獲反応後と同じ80Seの高温状態を擬似的に作りだしました。生成された80Seのほとんどが中性子を一つ放出し、79Seに戻りますがいくつかが光を出して80Seの基底状態として残ります。本研究では、直接80Seを測定することで、79Seの核変換率を評価することに成功しました。

世界最高性能を持つRIビーム発生施設である理化学研究所仁科加速器科学研究センターのRIビームファクトリーで供給される高速(光速の70%)の79Seビームを、研究チームが開発、運用する減速・収束装置(OEDO 図1参照)を用いて、中性子移行反応に最適な光速の20%程度まで減速させました。陽子と中性子からなる重陽子から、中性子のみを79Seに移行させ、残った陽子の運動量を測定することで、80Seの励起エネルギーを決定します。ビームが標的となる重陽子よりも重いため、反応で生成された重イオンは、ほとんどエネルギーを変化させずに前方方向に飛んでいきます。この重イオンを、図3で示すように磁気分析器SHARAQおよび、最終焦点面に設置した検出器群を用いて識別しました。生成された80Seは、中性子が抜けた場合には79Seに戻り、また陽子が抜けた場合は79Asになります。一方、陽子、中性子を出さずに光子のみを出した場合は、80Seとして生き残り、焦点面検出器S1に到達します。つまり、光子を観測せずに、陽子や中性子を放出しなかった80Seを直接観測したことになります。実験では、生成された80Seの生き残る確率を、励起エネルギー毎に測定しました。同じ測定を安定な原子核77Seに対しても行い、両者を比較することで、中性子捕獲反応率を中性子のエネルギーで0から3 MeVの範囲で決定しました。図4は、今回の実験値と、日(赤)米(青)欧(緑)の研究グループによる理論的評価値です。中性子のエネルギーが1MeVよりも低いときに、反応率が理論値よりも大きくなることを示しています。

 


図3:磁気分析器SHARAQを含む実験のセットアップ図。反応後の重イオンを直接識別することで、核子移行反応で生成された80Seの生き残り確率を、光子を測定せずに直接決定できるようになった。

 


図4:本研究で評価した各中性子のエネルギーの時の79Seの中性子捕獲反応率(黒丸)。赤、青、緑色の曲線は、三種類の理論的評価値。中性子のエネルギーが1 MeVよりも低いときに今回観測した反応率が、3種の理論評価値よりも大きくなっている。

本研究手法は、79Seだけでなく直接測定が困難な他の長寿命核分裂片に適用し、将来の放射性廃棄物の核変換施設に要求される中性子の強度について提言することができます。また、中性子捕獲反応は、ビックバン後に宇宙での重元素生成の鍵となる核反応でもあるため、宇宙での元素の起源天体の解明という基礎研究への展開も行っています。

論文情報

雑誌名 Physics Letters B
論文タイトル
Neutron capture reaction cross-section of 79Se through the 79Se(d,p) reaction in inverse kinematics
著者
N. Imai*, M. Dozono, S. Michimasa, T. Sumikama, S. Ota, S. Hayakawa, J.W. Hwang, K. Iribe, C. Iwamoto, S. Kawase, K. Kawata, N. Kitamura, S. Masuoka, K. Nakano, P. Schrock, D. Suzuki, R. Tsunoda, K. Wimmer, D.S.Ahn, O. Beliuskina, N. Chiga, N. Fukuda, E. Ideguchi, K. Kusaka, H. Miki, H. Miyatake, D. Nagae, S. Ohmika, M. Ohtake, H.J. Ong, H. Otsu, H. Sakurai, H. Shimizu, Y. Shimizu, X. Sun, H. Suzuki, M. Takaki, H. Takeda, S. Takeuchi, T. Teranishi, Y. Watanabe, Y.X. Watanabe, K. Yako, H. Yamada, H. Yamaguchi, L. Yang, R. Yanagihara, Y. Yanagisawa, K. Yoshida, and S. Shimoura
DOI番号

10.1016/j.physletb.2024.138470

研究助成

本研究は、内閣府の革新的研究開発推進プログラムImPACTの「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化」、科研費「新しい中性子捕獲反応決定法で切り拓く元素合成過程の研究(課題番号:19H01903)」、「低速RIビームで探る高速陽子捕獲過程とX線バースト(課題番号:19H01914)」、韓国IBS研究所課題番号IBS-R031-D1、IBS-R031-Y2の支援により実施されました。

用語解説

注1  重イオンビーム減速・収束装置 OEDO 
東京大学原子核科学研究センターが理化学研究所仁科加速器科学研究センターと共同で開発・運用する装置。ビームの減速によるビームのエネルギー広がりに起因する空間的広がりを時間的広がりに変換する装置。

注2  SHARAQ磁気分析器 
OEDOと同じく東京大学原子核科学研究センターと理化学研究所仁科加速器科学研究センターが共同で開発・運用する装置。重イオンの運動量を高分解能で測定することができる。

注3  放射性同位体 
有限の寿命を持ち、放射線(アルファ線、ベータ線、ガンマ線等)を放出することで安定な同位体へ壊変する原子核のこと。