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プレスリリース

DATE2023.04.07 #プレスリリース

星の鼓動とダストの不思議な相関関係

 

橘 健吾(天文学専攻 博士課程)

宮田 隆志(天文学教育研究センター 教授)

上塚 貴史(天文学教育研究センター 助教)

瀧田 怜(天文学教育研究センター 特任助教)

 

発表のポイント

  • 周期が長い漸近巨星分枝星について、変光が激しい(変光振幅が大きい)星ほど、多くのダスト(固体微粒子)を形成生成していることを示唆する関係性を発見しました。
  • 異なる衛星望遠鏡のデータを組み合わせて中間赤外線領域における長期間(4年)の変動データを詳しく調査しました。
  • これまで注目されていなかった星の中間赤外線変光振幅と星のダスト形成過程量の相関は、ダスト形成過程の詳細を明らかにするための新たなヒントとなります。このような知見は宇宙における物質進化を理解すること宇宙の物質供給の探求に貢献すると考えられます。

 

発表概要

東京大学大学院理学系研究科をはじめとする研究グループは、太陽のような恒星が進化した姿である漸近巨星分枝星(AGB星:(注1))の変光の振幅が、星の宇宙空間へのダスト(固体微粒子:)(注2))形成供給量と相関を持つことを発見しました。

ダストは惑星を含む宇宙の個体を形成する重要な要素ですが、その形成の詳しい仕組みはわかっていませんでした。

同研究グループは赤外線天文衛星である「あかり」(注3)および広視野赤外線探査衛星WISE(注4)の観測データを組み合わせ、これまで長期観測が困難であった中間赤外線領域(波長10–30μm)における長スケールの期間の時系列データを解析しました。結果、変光振幅が大きい明るさが大きく変化する漸近巨星分枝星は中間赤外線カラー(注5)が赤く、変化が小さいものは青いことがわかりました。中間赤外線カラーはダストが大量にあるほど赤くなるので、これは星の変光振幅と星の宇宙へのダストの供給量に関係があることを示しています。

これまで注目されていなかった星の変光振幅と星のダスト(固体微粒子)形成供給量の相関は、宇宙でダストがどの天体から作られているかダストがどの星から作られているかを知る手掛かりになるだけでなく、ダストの形成過程の素過程を明らかにするための新たなヒントとなります。

本研究成果は、2023年4月7日に日本天文学会刊行の欧文研究報告誌「Publications of the Astronomical Society of Japan」のオンライン版に掲載されました。

 

発表内容

宇宙がどのようにして現在の物質的に豊かな姿まで進化したか、という問いは私たち人類の起源にも繋がるにとって大きな疑問です。星間物質が星を作り、星の内部で合成した重元素を星間物質へ還元するという物質循環の描像が描かれていますが、宇宙にあまねく存在し、重元素を多く含むダスト(固体微粒子)の起源や形成供給メカニズムは未だに良く理解されていません。このダストの形成と供給の場として、太陽のような恒星が進化した姿である漸近巨星分枝星(AGB星)が重要視されています。

星の周りで作られたダストは、星からの光で温められ、中間赤外線で輝きます。ダストが多くなると星からの光の吸収と赤外線領域での輝きが増加し星近くのダストよりも外側の少し冷たいダストが良く見えるようになるため、中間赤外線領域のカラーは星が形成したダストの量に関係すると考えられます。この指標が星自身のどういった活動指標と関係をしているかを明らかにすることは、ダストの形成過程     を明らかにするうえで重要な手掛かりになります。特にAGB星は、星の収縮・膨張にともない数年周期で明るさが変わる現象(変光)を示し、この現象がダスト形成過程に深く関係していると考えられています。しかし、これまでの研究では、中間赤外線観測の観測期間が不十分のため、星の変光とダスト形成過程の関係はよくわかっていませんでした。

東京大学大学院理学系研究科をはじめとする研究グループは、赤外線天文衛星である「あかり」およびWISEの観測データを組み合わせることで観測期間が1300日に及ぶデータセットを作成しました。このデータは観測期間が1300日と長期に及ぶため、変光周期が数100日を優に超えるAGB星の変光調査を可能にしました。

これらの中間赤外線長期観測データに加えて、可視光から電波を含む多波長の変光データも用いることで銀河系内の197個のAGB星天体について、中間赤外線での変光振幅を求めました。このような多くの天体で中間赤外線の変光について調べたのは本研究が初めてです。

得られた変光振幅と星のカラーとの相関を調べたところ、ダスト形成過程供給量の指標となる中間赤外線カラーが変光振幅と関係しており、変光が大きいほど赤いカラーを示すことがわかりました。さらに、中間赤外線放射は中心星だけでなくダストからも影響も受けますが、星のダストに関する輻射輸送(注6)計算を実施し、中間赤外線の変光振幅は中心星の明るさの振幅変化率に対応することを確かめました。これは、AGB星の光を、その周辺に分布するダストが吸収し、中間赤外線領域で再放射するためと考えられます。

以上より、AGB星のダスト形成過程供給量が星の明るさの変化の強さによって決まっているということが示唆されます。


図1:漸近巨星分枝星と、周りで形成されたダストのイメージ図
中心の星から放出された光に照らされたダストが、白くリング状に輝いています。その周囲には、同じく星の光によって赤く光り、広がっていくダストが見られます。本研究では星に照らされたダストの変光を観測し、そのカラーと比較して図2の関係を見出しました。

 


図2:中間赤外線での変光振幅とカラーの関係
magは等級を示し、数字が大きいほど振幅は大きく、カラーは赤い。 ダスト形成過程の指標となる中間赤外線カラーが変光振幅と関係しており、変光が大きいほど赤いカラーを示すことがわかる。明るさが大きく変わる漸近巨星分枝星ほど、その周りに多くのダストを生み出していることを示唆する。

 

ダストは星の周囲に存在するガスが、ある一定以上の密度・一定以下の温度を持つ領域で形成されると考えられます。そのため、この関係を引き起こすメカニズムとして、中心星の明るさの振幅変化率が大きいほど、光度変化時に温度が低下してダストが形成可能になる領域が広くなり、これに伴ってより多くのダストが形成供給される可能性が考えられます。

今回の研究をさらに進め、宇宙におけるダスト供給のメカニズムを明らかにするには、様々な天体に対して中間赤外線波長で長期間モニター観測することが有効です。本研究グループでは東京大学アタカマ天文台(TAO:(注7))用の中間赤外線装置を開発しており、AGB星のモニタ観測を進める計画です。TAOに加え、高い空間分解能を持つ望遠鏡によるダスト形成過程の直接撮影も計画しています。このような研究により宇宙のダスト形成過程と形成供給の描像の理解を深めていきます。

本研究は、JST SPRING Grant Number JPMJSP2108 の支援により実施されました。

 

論文情報

雑誌名 Publications of the Astronomical Society of Japan
論文タイトル Investigation of mid-infrared long-term variability of dusty AGB
stars using multiepoch scan data of AKARI and WISE
著者

Kengo TACHIBANA*, Takashi MIYATA , Takafumi KAMIZUKA, Ryou OHSAWA,Satoshi TAKITA, Akiharu NAKAGAWA, Yoshifusa ITA and Mizuho UCHIYAMA

DOI番号

10.1093/pasj/psac088

 

用語解説

注1  漸近巨星分枝星(AGB星)

太陽の約8倍以下の質量を持つ星の進化が進み、中心核の周りでヘリウムや水素の燃焼を行っている段階の星。星周で大量のダストが形成されている天体が確認されている。

注2  ダスト(固体微粒子)

大きさが1マイクロメートル程度の大きさの固体微粒子のこと。星の光を効率的に吸収し、赤外線領域で光る。カラー(色指数)の色の指標となる量。異なる波長域で星の明るさを示す等級を測定し、その差をとればカラー(色指数)となる。

注3  赤外線天文衛星「あかり」

宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究本部(現・宇宙科学研究所)が中心となって開発した日本初の赤外線天文衛星。20062月に打ち上げられ、201111月にその運用を終了。20065月から20078月まで全天の掃天観測を行った。中間赤外線〜遠赤外線領域の6つの波長帯で全天の96%以上の領域をくまなく観測すると共に、特定の天体・領域の詳細な観測を行った。

注4  広視野赤外線探査衛星WISE

Wide-field Infrared Survey Explorer(WISE)200912月にNASAが打ち上げた口径40cmの赤外線望遠鏡である。掃天観測を目的として、2010年の1月から冷媒が尽きる11月の間に、全天の96%以上の領域を観測した。

注5  カラー(色指数)

星の色の指標となる量。異なる波長域で星の明るさを示す等級を測定し、その差をとればカラー(色指数)となる。

注6  輻射輸送

分光装置が得られる分子振動情報の量を示す指標。スペクトルの広さ(スペクトル帯域)と、分解できる幅(スペクトル分解能)の比によって定義される。

注7  東京大学アタカマ天文台(TAO

東京大学が南米チリアタカマに建設を進めている口径6.5mの赤外線望遠鏡。設置場所の標高は5640mと、天文台としては世界最高標高であり、特に中間赤外線の観測環境は地上で最も優れている。詳細はhttp://www.ioa.s.u-tokyo.ac.jp/TAO/を参照のこと。