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プレスリリース

DATE2023.02.22 #プレスリリース

細胞内の酵素の働きを徹底解剖する

――リン酸化酵素Akt2の司る分子ネットワークの解明――

 

河村 玄気(化学専攻 特任研究員)

小澤 岳昌(化学専攻 教授)

黒田 真也(生物科学専攻 教授)

 

発表のポイント

  • 細胞内で代謝などを制御するリン酸化酵素Akt2が司る分子ネットワークを同定しました。
  • 骨格筋細胞ではAkt2を介して代謝物自身による代謝反応が誘導され、これら代謝反応の中でもAkt2が単体で働く反応と、Akt2が他の酵素と協調的に働く反応とが存在することを見出しました。
  • Akt2の分子ネットワークの知見を活用することで代謝性疾患などと関連した代謝制御機構の新たな側面が明らかとなることが期待されます。


研究の概要


 

発表概要

東京大学大学院理学系研究科化学専攻の河村玄気特任研究員、関根由佳修士課程学生、小澤岳昌教授、同生物科学専攻の小鍛治俊也特任助教(研究当時)、黒田真也教授、東京大学アイソトープ総合センターの川田健太郎特任助教(研究当時)、東京大学大学院新領域創成科学研究科の鈴木穣教授、慶應義塾大学先端生命科学研究所の曽我朋義教授らの共同研究チームは、リン酸化酵素Akt2が細胞内で司る代謝制御の分子ネットワークの全貌を明らかにすることに成功しました。

生体では血糖値を下げるホルモンであるインスリンの作用により、骨格筋や脂肪組織において糖に関与する代謝経路が細胞レベルで調節されています。細胞内での代謝は酵素や代謝物などさまざまな分子により制御されていますが、どの分子がどの程度、代謝反応に寄与するのかは明らかではありませんでした。今回研究チームは、特定酵素の活性を人為的に操作するオプトジェネティクス技術(注1)を、複数のオミクスデータ(注2)から分子ネットワークを同定するトランスオミクス解析(注3)と組み合わせた解析手法を独自に開発し、骨格筋細胞におけるAkt2の働きの全体像を明らかにしました。Akt2によりアロステリック制御(注4)を介して代謝変化が生じる一方で、一部の代謝反応ではAkt2と他酵素との協調的な働きが必要であることが示されました。研究チームの開発した解析手法は細胞内で特定の生体分子の働きを明らかにする手法となることが期待されます。

 

発表内容

〈研究の背景〉
細胞の代謝は、栄養の蓄積やエネルギー生産を制御する重要な機能であり、細胞内外の状態に応じて変化します。例えば骨格筋細胞は摂食時に分泌されるホルモンであるインスリンに応答して糖の分解を促進します。一方、インスリン作用時には、リン酸化酵素、代謝酵素、RNA、代謝物などを含む数千もの分子が細胞内で同時に変化するため、それぞれの生体分子がどのように代謝制御機構に寄与しているかは明らかではありませんでした。

近年、多数の分子を同時に測定した結果を統合するトランスオミクス解析の発展により、細胞内の分子ネットワークを明らかにすることが可能となりました。また、光照射により生体分子を操作するオプトジェネティクス技術により、特定のリン酸化酵素の活性を精密に制御することが可能になりつつあります。そこで、本研究チームはインスリン作用において中心的な働きをするリン酸化酵素Akt2を選択的に活性化する手法を開発し、トランスオミクス解析と組み合わせることで、骨格筋細胞においてAkt2が司る分子ネットワークを同定することを試みました。

 

〈研究の内容〉
1) 骨格筋細胞でAkt2を選択的に活性化する系の構築
本研究チームは、オプトジェネティクス技術を用い、光感受性のある人工Akt2を作製しました。作製した光感受性Akt2をマウス骨格筋細胞内に発現させ、細胞外から光を照射したところ、光感受性Akt2が選択的に活性化することが確認されました(図1)。また、光感受性Akt2に対して光を照射するパターンを適切に調節することで、インスリン作用時と同等のAkt2酵素活性を誘導することができました。


図1:開発した光感受性Akt2の細胞内動態
Akt2の活性化は細胞膜へ局在変化した際に生じます。そこで、光照射依存的に細胞質から細胞膜へ局在変化する光感受性Akt2を作製しました。光照射を止めることで光感受性Akt2は再び不活性化するため、Akt2活性の程度は光照射量を変化させることで調節できます。

 

2) 骨格筋細胞内のAkt2が司る分子ネットワークの同定
本研究チームは光感受性Akt2を用いてマウス骨格筋細胞にAkt2の選択的な活性化を施し、トランスクリプトーム解析とメタボローム解析により遺伝子発現量と代謝物量の時系列測定を行いました。これらの大規模データからAkt2の活性化に対して増加もしくは減少する代謝酵素遺伝子、および代謝物を同定しました。これら代謝酵素の遺伝子と代謝物に対しデータベースを用いて対応する代謝酵素を同定することで、Akt2が司る分子ネットワークを構築しました。このネットワークには9遺伝子、56代謝酵素、23代謝物が含まれていました(図2)。また、同時に測定したインスリン作用による代謝制御ネットワークには、32遺伝子、43代謝酵素、18代謝物が含まれており、Akt2選択的活性化がインスリン作用とは異なる作用を持つことが明らかとなりました。


図2: Akt2が司る分子ネットワーク
本研究で構築されたトランスオミクスネットワークは、代謝酵素遺伝子、代謝酵素、代謝物からなります。まずAkt2の活性化により量が変動した遺伝子及び代謝物から、活性が変化した代謝酵素を推定しました。これら遺伝子、代謝酵素、および代謝物を代謝反応の経路図上でノード(点)として表し、同定された制御関係をそれらの間を繋ぐエッジ(線)として表しました。トランスオミクスネットワークより、Akt2は核酸に関わる代謝に強く関与していることが示されました。

 

3) Akt2活性化時に生じる代謝制御の特性の解明
Akt2活性化時に生じる分子ネットワークでは、代謝物自体を介した代謝制御が多数同定されました。また、Akt2活性化時の代謝制御ネットワークを細かく分析すると、(i)解糖系に関してはAkt2は主に解糖系下流を制御すること、(ii)核酸代謝に関してはAkt2はプリン代謝に寄与が大きく、ピリミジン代謝に対しては寄与が小さいこと、などの特徴があることを見出しました。加えてAkt2活性化時に働かない代謝経路では、Akt2以外の酵素の働きが必要となることが示されました。

従来の生物研究では酵素と細胞機能を一対一につなぐ研究が中心でしたが、本研究のアプローチによって、特定酵素の細胞内での働きを包括的に明らかにできることが示されました。

 

〈今後の展望〉
本研究では、細胞内におけるリン酸化酵素Akt2の分子ネットワークを同定することで、Akt2が司る代謝機能の全貌を初めて明らかとしました。同定した分子ネットワークの詳細を調べることで同一代謝経路においてもAkt2単体でも働く代謝反応や、Akt2が他酵素と協調的に働く代謝反応があるという、細胞内代謝制御の新たな側面が明らかとなりました。これらの結果はAkt2機能変異による疾患発症のメカニズム解明や、Akt2を標的とした薬剤開発に寄与することが期待されます。また、本研究チームの開発した解析手法は、Akt2以外の生体分子にも応用可能であり、代謝と関連する分子生物学研究領域全体の発展に貢献することが期待できます。

 

発表雑誌

雑誌名 Science Signaling
論文タイトル Optogenetic decoding of Akt2-regulated metabolic signaling pathways in skeletal muscle cells using transomics analysis
著者 Genki Kawamura, Toshiya Kokaji, Kentaro Kawata, Yuka Sekine, Yutaka Suzuki, Tomoyoshi Soga, Yoshibumi Ueda, Mizuki Endo, Shinya Kuroda*, Takeaki Ozawa*
DOI番号

10.1126/scisignal.abn0782

本研究は、科学技術振興機構における戦略的創造研究推進事業CREST「多細胞間での時空間的相互作用の理解を目指した定量的解析基盤の創出」研究領域 研究課題名「時空間トランスオミクスを用いた多細胞・臓器連関代謝制御の解明」(課題番号:JPMJCR2123 研究代表者:黒田真也)、「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出」研究領域 研究課題名「時間情報コードによる細胞制御システムの解明」(課題番号:JPMJCR12W3 研究代表者:黒田真也)、「光の特性を活用した生命機能の時空間制御技術の開発と応用」研究領域 研究課題名「定量的光操作と計測技術を基軸とする生体深部の細胞応答ダイナミクスの解析」(課題番号:JPMJCR1752 研究代表者:小澤岳昌)、科研費「基盤研究(S)(課題番号:JP26220805 研究代表者:小澤岳昌)」、科研費「若手研究(課題番号:JP20K15395、JP22K14779 研究代表者:河村玄気)」の支援により実施されました。

 

用語解説

注1  オプトジェネティクス技術

光感受性タンパク質を分子に組み込み、光照射で分子機能を操作する技術。光は時空間を限定して系に導入することができるため、高い時空間的分解能で分子活性の操作が可能な点に大きな特徴があります。

注2  オミクスデータ

物性がよく似た分子を網羅的に調べあげた大規模データのこと。研究チームでは、代謝酵素遺伝子はトランスクリプトーム解析(RNAの網羅的な解析)により、代謝物はメタボローム解析(代謝物の網羅的な解析)によりそれぞれオミクスデータを取得しました。

注3  トランスオミクス解析

シグナル経路・遺伝子発現・代謝階層にまたがる大規模ネットワーク(トランスオミクスネットワーク)を用いて分子間相互作用などを推定する解析手法。

注4  アロステリック制御

代謝酵素の活性部位やリガンド結合部位ではない部位(アロステリックサイト)に、代謝物が結合することで、標的代謝酵素の活性や機能が調整される現象。