search
search

プレスリリース

DATE2022.11.08 #プレスリリース

メダカにおいて精巣の形態・機能維持に重要な脳内因子を発見

 

富原 壮真(研究当時:生物科学専攻 博士課程/現:日本学術振興会特別研究員)

池上 花奈(研究当時:生物科学専攻 日本学術振興会特別研究員/
現:東京大学大学院農学生命科学研究科)

下舞 凜子(研究当時:生物科学専攻 修士課程)

馬谷 千恵(研究当時:生物科学専攻 助教/現:東京農工大学大学院農学研究院 助教)

 

発表のポイント

  • 脳内の神経ペプチドの機能を喪失したメダカのオスでは、性成熟後に精巣のサイズが小さくなり、次第に次世代を残すことが困難になることを発見しました。
  • 脳においてNPFF産生ニューロンから放出される神経ペプチドの一種NPFFは、視索前野という領域に存在するニューロンを介して、魚類の精巣の発達や精子形成に重要と考えられる濾胞刺激ホルモン(FSH)遺伝子の発現を昂進することが明らかになりました。
  • 今回の発見により、未だ知見の少ない魚類精巣の形態・機能維持を司る脳内のしくみの理解が進むとともに、水産増養殖法の改良に向けた研究にもつながると期待されます。

 

発表概要

一般に脊椎動物のオスでは、脳下垂体から血中へ放出される生殖腺刺激ホルモンが精巣に作用することでその発達・機能維持が制御されると考えられています。このメカニズムは哺乳類でよく研究されており、生殖腺刺激ホルモンの生成・放出を調節する脳内の特定の神経回路が明らかになっています。一方で、真骨魚類をはじめとする哺乳類以外の脊椎動物においては、これらを制御する脳内神経回路について多くが不明のままでした。

東京大学 大学院理学系研究科の研究グループは、脳内で発現する神経ペプチドの一種ニューロペプチドFF(NPFF)(注1)の機能をゲノム編集技術により喪失させたメダカのオスの精巣形態・機能を詳細に解析しました。その結果、NPFF機能喪失オスメダカの精巣が性成熟後に退縮し、次第に次世代を残すことが困難になることを発見しました。さらに脳内神経回路を解析した結果、終神経と呼ばれる領域に存在するニューロン(注2)から放出されるNPFFが、視索前野に存在し脳下垂体に軸索を伸ばしているニューロンに作用することで、最終的に哺乳類で精巣機能に重要な生殖腺刺激ホルモンの一種である濾胞刺激ホルモン(FSH)(注3)の発現を昂進することを明らかにしました。今回の発見により、魚類のオスの精巣の発達・機能を調節する脳内のしくみの理解が進むことが期待されます。

本研究成果は、2022年11月7日(米国東部標準時)の週に米国科学誌「The Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」のオンライン版に掲載されます。

 

発表内容

脊椎動物の多くはメスとオスの二つの性をもち、メスは卵巣において卵を作り、オスは精巣において精子を作ります。卵巣や精巣の発達と機能維持は、脳内の特定の神経回路と、これが制御するホルモン分泌によって調節されていると考えられています。哺乳類においては、脳内の生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)を放出するニューロンにより、脳下垂体における生殖腺刺激ホルモンの放出が調節されることで卵巣や精巣の発達が起こることが分かっています。しかし、GnRHの機能を喪失させたメダカのオスは正常な生殖機能をもつことが報告されるなど(Takahashi et al., 2016)、哺乳類以外の脊椎動物において、精巣の形態や機能維持を司る脳内のしくみに関しては多くの謎が残されていました。そこで本研究グループは、NPFFという脳内の特定の神経細胞が放出する神経ペプチドの一種に着目し、脳内でNPFFを作れないメダカ(NPFF機能喪失メダカ)のオスを用いた解析を行いました。

まず、NPFF機能喪失メダカのオスと正常なメスをペアにして、メスが産んだ卵の受精率を調べました。正常なオスとメスのペアでは、5,6か月齢において受精率が80-100%となりますが、NPFF機能喪失オスメダカとペアにした時の受精率は同月齢であっても平均40%と大きく下がり、中には全く受精卵を得られないペアも観察されました(図1 (A))。そこでNPFF機能喪失オスメダカの精巣の大きさを測定したところ、正常なオスと比べて有意に小さいことが明らかとなりました(図1(B))。次に、NPFF機能喪失オスメダカの精巣を組織学的に解析したところ、サイズは小さいものの、正常な精巣の構造が作られており、精子形成も行われていることが分かりました。このことから、脳内で作られるNPFFは、精巣を大きいまま維持するために何らかの形で働いていることが示唆されました。


図1:NPFF機能喪失オスメダカの受精率と形態
(A)正常オスおよびNPFF機能喪失オスを正常メスと交配させ、メスが産んだ卵の受精率を計測すると、5-6か月齢のNPFF機能喪失オスとペアにした正常メスの受精率が有意に低下しました。(B)NPFF機能喪失オスの精巣は、正常オスの精巣に比べて有意に小さいことが分かりました。スケールバー:1mm

 

そこで、魚類において精巣の機能維持にかかわるとされている雄性ステロイドホルモンの一種である11-ketotestosterone(11-KT)の血中濃度を測定したところ、5,6か月齢のNPFF機能喪失オスメダカではその値が有意に低くなっていました。一方で、11-KTの生合成に必要な遺伝子の精巣での発現を定量したところ、11-KTの濃度低下とは対照的に、NPFF機能喪失オスメダカで、その発現が高くなっていました。これは、11-KTの低い血中濃度を高くするために補償作用が働いている一方で、精巣のサイズが小さいためにその機能を補償しきれなかったことが考えられます。11-KT濃度の変化がどのように精巣サイズの維持に関わるかについては、今後のさらなる研究が期待されます。

次に、脳内で作られるNPFFがどのような経路で精巣へ作用するかを調べました。まず、NPFFが精巣に直接作用するかどうかを調べるため、精巣においてNPFFの受容体が発現しているかを確認したところ、3種類あるNPFF受容体のいずれも発現していませんでした。これを受け、脳下垂体で産生される生殖腺刺激ホルモンの一種であり、魚類の精巣におけるステロイドホルモンの合成を昂進すると考えられている濾胞刺激ホルモン(FSH)の遺伝子発現を解析しました。その結果、NPFF機能喪失オスメダカではFSHの発現が有意に低いことが分かりました。さらに、脳下垂体に軸索を伸ばしている脳内ニューロンのうち、視索前野と呼ばれる領域にあるニューロンが、NPFFの受容体を発現することが分かりました。視索前野は、NPFFを放出する終神経のニューロンが軸索を伸ばしている領域であることが先行研究により分かっています(Oka and Matsushima, 1993; Umatani et al., 2022)。以上のことから、魚類のオスにおいて、脳内の終神経のニューロンから放出されたNPFFが視索前野のNPFF受容体発現ニューロンに受容され、このニューロンから放出される何らかのシグナルを介して脳下垂体におけるFSHの発現を昂進することで、精巣の形態や機能が維持されていることが示唆されました(図2)。今回の発見により、未だ知見の少ない魚類精巣の発達・機能維持を司る脳内のしくみの理解が進むとともに、水産増養殖法の改良に向けた研究にもつながることが期待されます。


図2:NPFFが精巣の形態・機能維持にかかわる仕組みに関する作業仮説
終神経のニューロンから放出されたNPFFは、視索前野に細胞体が局在しNPFF受容体を発現するニューロンに受け取られます。このニューロンは脳下垂体に軸索を伸ばしており、なんらかの形で脳下垂体FSH産生細胞におけるFSH遺伝子の発現を昂進することが示唆されました。このしくみにより作り出されたFSHは血液循環を介して精巣に届き、精巣の形態・機能維持に関与していることが考えられます。

 

本研究は、科研費(課題番号:20H03071、22K19326)、特別研究員奨励費(課題番号:19J21828、22J01130、19J00450)の支援により実施されました。

 

(引用文献)
Takahashi et al., Endocrinology, 157 (10):3994-4002, 2016
Oka and Matsushima, Journal of Neuroscience, 13 (5): 2161-2176, 1993
Umatani et al., Endocronology, 163 (2), bqab261., 2022

 

発表雑誌

雑誌名 The Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文タイトル Neuropeptide FF indirectly affects testicular morphogenesis and functions in medaka
著者 Soma Tomihara, Kana Ikegami, Rinko Shimomai, and Chie Umatani*
DOI番号

10.1073/pnas.2209353119

 

用語解説

注1  ニューロペプチドFF(NPFF)

C末端側に特徴的なアミノ酸配列をもつRFアミドと呼ばれるペプチドの一種で、脳内の終神経といわれる領域に存在するニューロンで作られる。魚類のオスの性行動に関与することが知られていたが、生殖腺の機能維持に関与するかどうかは未解明であった。

注2  ニューロン

神経細胞と同義。多くの神経突起をもち、そこから神経ペプチドを始めとするさまざまな化学物質を放出し、ニューロン同士で信号のやりとりを行うことで、感覚や運動などの脳のはたらきが生じる。

注3  濾胞刺激ホルモン(FSH)

脳下垂体から分泌され、全身の血液循環を介して生殖腺の発達などを引き起こす生殖腺刺激ホルモンの一種。魚類においては、精巣でのステロイドホルモンの合成を昂進すると考えられている。