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プレスリリース

DATE2022.05.18 #プレスリリース

可視光とX線の高速同時観測が明らかにした白色矮星をとりまく高温ガスの姿

 

西野 耀平(天文学専攻 修士課程2年)

酒向 重行(天文学教育研究センター 准教授)

木邑 真理子(理化学研究所 基礎科学特別研究員)

 

発表のポイント

  • 東京大学木曽観測所Tomo-e Gozen(注1)とNASAのX線望遠鏡NICER(注2)を用いて、矮(わい)新星(注3)SS Cyg(はくちょう座SS星)のサブ秒分解能の高速同時観測を実施し、可視光とX線の明るさの時間変動がほぼ同期していることを発見した。
  • この現象は、SS Cygの白色矮星の近傍に分布する高温ガスから放射されるX線が、周囲の降着円盤や伴星を広く照らしているために引き起こされると考えられる。これは、SS Cygの高温ガスの分布が最近になって厚く拡大したことを示唆している。
  • 本研究の手法を、矮新星を含むさまざまな種類の降着円盤天体に適用することで、空間分解できない降着円盤の構造の解明につながることが期待される。

 

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の西野耀平大学院生、酒向重行准教授、理化学研究所開拓研究本部の木邑真理子基礎科学特別研究員らの研究グループは、東京大学木曽シュミット望遠鏡に搭載された可視光動画カメラTomo-e Gozenと国際宇宙ステーションに搭載された米国NASAのX線望遠鏡NICERを用いて、代表的な矮新星(白色矮星と通常の恒星からなる近接連星系)として知られるSS Cygに対し過去に例の無いサブ秒分解能の高速同時観測を実施しました。結果、SS Cygの可視光とX線の明るさの時間変動に高い相関関係があることを発見しました。

この高い相関関係は、白色矮星の近傍に分布する高温ガス(プラズマ)から放射されるX線が、周囲の降着円盤や伴星を広く照らしているために引き起こされたと考えられます。高温ガスの状態が変化すると、高温ガスが放射するX線により照らされている降着円盤や伴星の表面温度も変化します。これに伴い、降着円盤や伴星の可視光での明るさも同期して変化します。過去のSS Cygの観測では可視光とX線の明るさの変動の相関は高くありませんでした。今回の発見は、SS Cygの高温ガスの分布が最近になって幾何学的に厚く拡大したため、周囲の降着円盤や伴星を広く照らせるようになったことを示唆しています。

本研究では、可視光とX線のサブ秒分解能の高速同時観測という新たな観測手法により、光度変動の相関解析から降着円盤の幾何学構造に制限をつけられることを示しました。

 

発表内容

原始星、X線連星、矮新星、活動銀河核など、宇宙には降着円盤を持つ天体が多数存在します。降着円盤は中心星へガスが落下する際、重力と遠心力が釣り合うことで形成されます。円盤の大きさは天体によって異なりますが、共通の物理メカニズムが働いていると考えられています。ガスは中心星への降着の過程で摩擦により回転速度を失い、その摩擦熱が放射エネルギーに変換されることで、電磁波(光)を放射します。特に中心星が白色矮星や中性子星、ブラックホールなどのコンパクトで重い天体の場合は、中心星の付近でガスは約1000万度の高温プラズマ状態となり、X線を放射します。一方、円盤の外側は約3000度であり、可視光を含むより長い波長の光を放出します。中心星への降着は突発的に起こるため、円盤から来る光の量は時間変化しますが、突発的な降着が起こるメカニズムは未だよく分かっていません。宇宙における激しい突発的増光現象を統一的に理解するために、円盤から来る光の時間変動を観測することで、「どのようにして円盤のガスが中心星に落ち込むか」を明らかにすることが求められています。円盤は多波長域の光を放出するため、円盤全体の物理現象を理解するためには多波長同時観測が必要不可欠です。降着円盤天体における高温ガス領域の形成過程や、円盤から中心星へのガスの降着メカニズムについては理論的な研究が進んでいますが、近年の観測技術の発達により、既存の理論モデルだけでは説明できない多様な光の変動が検出されるようになりました。

矮新星は白色矮星と通常の恒星(伴星)からなる近接連星系で、白色矮星の周囲に降着円盤を持ちます(図1)。本研究の観測対象であるSS Cyg(はくちょう座SS星)は代表的な矮新星して知られており、一か月程度の周期で増光期と静穏期を繰り返します。SS CygはX線から可視光まで幅広い波長帯域で明るく、天文学者だけではなくアマチュア天文家も観測に参加しており、可視光では100年以上もの間観測され続けています。2019年8月以降、一年以上にもわたり静穏期の明るさが可視光で2.5倍、X線で10倍高い状態が続いており、SS Cygの長い観測の歴史の中で初めてのことでした。この増光により高いS/N比が期待できることから、我々は降着円盤天体について新たな知見が得られると考え、東京大学木曽観測所105cmシュミット望遠鏡に搭載された高速動画カメラTomo-e Gozenと、国際宇宙ステーション上に搭載された米国NASAのX線望遠鏡衛星のNICERを組み合わせた高速同時観測を2020年9月から11月にかけて実施しました。

 

図1:矮新星SS Cygの想像図(Image credit: 東京大学木曽観測所)。SS Cygは中心の白色矮星、周りをとりまく降着円盤、円盤にガスを供給する伴星からなります。中心近傍の高温ガスからX線、降着円盤と伴星から可視光が放射されています。円盤と伴星は高温ガスから放射されたX線に加熱され、可視光を再放射します。結果としてX線と可視光の変動がほぼ同期します。(高解像度の画像はこちらよりダウンロードできます。Image credit:東京大学木曽観測所)

 

Tomo-e GozenとNICERには秒スケールの高速観測という共通の特長があります。2020年9月14日に取得した約500秒の光度曲線では、赤が可視光(Tomo-e Gozen)、青がX線(NICER)を表しており、変動が同期していることが明確にわかります(図2)。このようなX線と可視光の明るさの変動の高い相関が矮新星SS Cygに検出されたのは本研究が初めてです。

図2:矮新星SS Cygの可視光とX線の明るさの時間変動の観測結果。

  

「急激な光度の変動」(以下、ショットと呼ぶ)が見られる領域を抜き出し、可視光とX線の間の遅延時間を測定した結果では、横軸が可視光のX線に対する遅延、縦軸はショットの相関度合い(類似度)を示しています(図3)。相関の高いショットのほとんどが正の遅延を示しており、これは可視光がX線に対して遅れて変動していることを表しています。また、遅延の長さは1~2秒付近に集中していることがわかります。これまでの矮新星の研究では、このようなサブ秒スケールの時間分解能で可視光とX線の相関や遅延を捉えた例はありません。本研究の高速同時観測により、初めて短時間で変化する降着円盤の姿をとらえることに成功したのです。

図3:矮新星SS Cygの可視光とX線の明るさの時間変動の相関関係。可視光の時間変化が、X線の時間変化に対して約1秒遅れていることがわかります。

 

本研究で検出されたX線に対する可視光の変動の遅延は、SS Cygの中心(白色矮星の位置)から降着円盤の外縁まで光が伝播する時間とおおよそ一致します。このことより、中心付近の高温ガスから放射されたX線が降着円盤および伴星の表面を照射、加熱し、それに伴う可視光の再放射の効果が卓越していたと推測できます(図4)。過去のSS Cygの観測では今回のようなX線と可視光の明るさの変動の高い相関は検出されていません。従って、今回のX線と可視光の明るさの変動の高い相関の発見は、何らかの原因でSS Cygの高温ガスの分布が最近になって幾何学的に厚く拡大したため、周囲の降着円盤や伴星を広く照らせるようになったことを示唆しています。また、この結果は2021年10月に出版された木邑真理子基礎科学特別研究員らによる関連論文Kimura et al. (2021, PASJ, 73, 1262)のX線スペクトル解析の結果を支持しています。

図4:矮新星SS Cygの円盤の幾何学的構造の説明(円盤面の方向から見た断面図)。

 

これまでの矮新星の研究では、望遠鏡に搭載した撮像装置で空間分解できない幾何学構造に制限を付けるためにX線スペクトルの解析を行うのが一般的でした。しかし、本研究では、可視光とX線の光度変動の解析だけから降着円盤の幾何学構造に制限を付けることに成功しました。本研究で用いたX線と可視光の高速同時観測という新しい手法は、矮新星だけでなく降着円盤天体の幾何学構造、および光度変動の起源とメカニズムの解明に広く波及すると期待されます。今後はX線と可視光の2バンドだけでなく、更に多波長に拡張して高速同時観測を行うことで降着円盤のより詳細な構造の解明につなげていく計画です。

 

発表雑誌

雑誌名
Publications of the Astronomical Society of Japan
論文タイトル
Detection of highly correlated optical and X-ray variations in SS Cygni with Tomo-e Gozen and NICER
著者
Yohei NISHINO*, Mariko KIMURA, Shigeyuki SAKO, Jin BENIYAMA, Teruaki ENOTO, Takeo MINEZAKI, Nozomi NAKANIWA, Ryou OHSAWA, Satoshi TAKITA, Shinya YAMADA, and Keith C. GENDREAU
DOI番号 https://doi.org/10.1093/pasj/psac027
論文URL

 

用語解説

注1 広視野動画カメラTomo-e Gozen(トモエゴゼン)

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Image credit: 東京大学木曽観測所

東京大学木曽観測所(長野県木曽郡)の口径105cmシュミット望遠鏡用に東京大学が中心となり開発した世界初の可視光広視野動画カメラです。84台のCMOSイメージセンサーにより、広い範囲の空を、高い時間分解能で観測できます。
画像: 木曽シュミット望遠鏡の焦点部に搭載された広視野動画カメラTomo-e Gozen。84台のセンサーが並んでいます。https://tomoe.mtk.ioa.s.u-tokyo.ac.jp/ja/

 

注2 X線望遠鏡NICER(ナイサー)

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Image credit: NASA

国際宇宙ステーションに搭載されている米国NASAのX線望遠鏡です。軟X線(比較的エネルギーの低いX線)に高い感度を持ち、高い時間分解能での観測が可能です。
画像: 国際宇宙ステーションに搭載されたX線望遠鏡NICER。画像の中央やや上の直方体が受光部です。https://heasarc.gsfc.nasa.gov/docs/nicer/

 

注3 矮(わい)新星と降着円盤

矮新星は白色矮星と通常の恒星(伴星)からなる近接連星系です。伴星を構成するガスの一部が白色矮星に向かって周回しながら落下(降着と呼ぶ)する際に、遠心力と重力が釣り合うことで降着円盤と呼ばれる円盤状の構造を形成します。円盤内のガスは摩擦により角運動量を開放しながら徐々に内側へ落ちていきます。これを降着と呼びます。円盤内のガスは内側へ降着する際に摩擦熱により温度が約3000度まで上昇し可視光で光り輝きます。円盤の最も内側の領域ではガスが1000万度という極めて高温になるためプラズマ化し、そこからはX線が放射されます。特に円盤内側の高温ガス領域についてはその構造と生成過程に関して未解明な点が多く、これまでさまざまな提案がなされてきました。