search
search

プレスリリース

DATE2022.02.10 #プレスリリース

宇宙はじめの凸凹(でこぼこ)はなぜ対称に作られたか?

 

ジェイソン クリスティアーノ(物理学専攻 博士課程1年生)

横山 順一(ビッグバン宇宙国際研究センター 教授)

 

発表のポイント

  • 初期宇宙のインフレーション(注1) 膨張の際できた密度の凸凹(でこぼこ)は、凸部と凹部が高い精度で同量対称にできなければならないことを理論的に示した。
  • 密度ゆらぎ(注2) 形成を場の量子論に基づいて解析した結果、凸部と凹部の分布が高い精度で対称でない限り、ゆらぎの振幅が観測から大きくズレてしまうことを見いだした。
  • この結果はインフレーションの起源を同定する手がかりを与える。

 

発表概要

私たちの宇宙は大域的には一様等方である一方、星・銀河・銀河団とさまざまなスケールの構造が存在しています。これは宇宙が生まれた直後にインフレーションという急激な膨張が起こって大きな一様等方空間が実現し、インフレーションの原因となった素粒子の場(ば)(注3)の真空中の量子ゆらぎをもとに構造のタネとなった凸凹が生成した、と考えることによって説明されています。その痕跡を表すわずか十万分の一の凸凹が、宇宙マイクロ波背景放射(注4) の温度ゆらぎとして観測されています。真空の持つ対称性によって、量子ゆらぎは凸凹双方を同じだけ生成するので、両者のズレが観測できれば、地上加速器実験では明らかにできない、インフレーションを起こした場の相互作用を測定できます。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻のジェイソン・クリスティアーノ大学院生と同研究科附属ビッグバン宇宙国際研究センターの横山順一教授は、場の量子論を宇宙論に適用することにより、こうした相互作用項は凸凹双方の分布数のズレをもたらすだけでなく、凸凹の振幅の理論値を十万分の一から大きくずらしてしまうことを発見し、理論が観測を再現できるためには、凸凹の分布は対称でなければならず、インフレーションを起こした素粒子の場の相互作用は、現在の観測によって得られている制限の10分の1程度以下にとどまっていなければならないことを示しました。

 

発表内容

肉眼で夜空を眺めるとたくさんの星が見え、望遠鏡で見ると多数の銀河や銀河団が観測されるように、私たちの宇宙にはさまざまな大きさの天体が存在しています。一方、宇宙全体を見わたすと一様な空間が数百億光年以上にわたって大きく広がっています。宇宙のこのような性質は、宇宙がビッグバン(注5) より前にインフレーションと呼ばれる爆発的急膨張をおこしたことによって説明されています。

インフレーションは宇宙を大きくふくらませて一様な空間を実現する一方、これが起こるのは宇宙の大きさが水素原子よりもまだずっと小さかった頃なので、ミクロな世界で働く量子効果が重要なはたらきをします。

宇宙のインフレーションは、宇宙空間を一様に満たす「インフラトン(注6)」と呼ばれる何らかの場のエネルギーによって起こると考えられています。その正体を素粒子物理の中において明らかにすることがインフレーション宇宙論の研究の究極的な目標となっています。それ以外の物質はインフレーションの急激な宇宙膨張によって完全に薄められてしまうので、宇宙は実質的に真空状態になっていたはずです。このように急膨張する宇宙でインフラトンの量子論を展開すると、宇宙が膨張するのにともなって、インフラトンの凸凹が次々とできていくことがわかります。真空のまわりのゆらぎの持つ性質として、さまざまな高さ(振幅)を持つ凸領域と凹領域は必ず同じ頻度で現れ、その分布は正規分布(ガウス分布)に従います。正規分布は、模擬試験で偏差値を計算する時に使われる分布でもありますが、平均値より高いところと低いところが同じ頻度で現れ、平均としては一様な真空状態が保たれるのです。しかし、こうしてできたインフラトンの凸凹の一部は、相互作用によって分解したり合体したりして変化し、凸領域と凹領域の頻度にズレが生じます。そのズレの度合いは素粒子としてのインフラトンの相互作用の強さによって決まるので、凸凹の数や高さ(振幅)が凸領域と凹領域とでどれくらいズレているかを観測できれば、加速器実験では得られないような高エネルギーの素粒子物理に対する大きな知見が得られます。(図1)。

図1:インフレーション宇宙において銀河や銀河団のタネになった密度ゆらぎ生成の概念図。量子ゆらぎは凸領域と凹領域を同数生成するが、インフラトンの相互作用が強いと、両者にズレが生じてしまう。しかし今回、こうした相互作用は密度ゆらぎの振幅も大きく変えてしまうことが発見され、相互作用の強さにこれまでの10倍強い制限が課されることになった。

 

こうしてできた凸凹はその後も続くインフレーションによって引き延ばされていくので、最終的にさまざまな大きさの凸凹で宇宙は満たされることになります。凸凹といってもエネルギーの平均値に対して10万分の1程度の大きさでしかないので、深さ100メートルの海に高さ1ミリのさざ波が立っている程度のごくわずかなゆらぎです。このようなわずかな凸凹でも、密度の高い凸領域は凹領域より強い重力を持つので、その作用によってますますまわりの物質を集め、最終的に星や銀河などの宇宙構造に発展して現在に至ったのです。

インフレーション中に作られたこうしたわずかな凸凹の痕跡は、宇宙マイクロ波背景放射の温度を測定することによって観測できます。プランク衛星の全天観測は、インフレーション中のより早期にできたより大きな凸凹の方が小さな凸凹よりわずかに大きな振幅を持つ、ということを明らかにしました。また、さまざまな振幅の凸凹がどのような割合で現れたか、という頻度分布については、正規分布(ガウス分布)に現在の観測可能精度の範囲で完全に一致していることを見いだしています。つまり、インフラトンの凸凹の集合離散を表す素粒子の相互作用は測定限界以下の小さな値しか持っていないのです。

東京大学大学院理学系研究科のジェイソン・クリスティアーノ大学院生と横山順一教授は、このようなインフラトンの相互作用が凸凹の振幅自体にどのような影響を及ぼすかを、通常は素粒子論の研究に用いられる場の量子論を宇宙論に適用することによって解析しました。これまでの研究では、インフラトンの相互作用によって凸凹の集合離散が起こったとしても、それが起こった一点で考えると10万分の1の量にさらにその10万分の1の補正が加わるだけなので、このような相互作用の影響は全く無視できると考えられていました。実際、これを考慮しないで行った理論計算は観測データをよく再現していました。一方、こうした補正を計算しようと試みた先行研究では、どの大きさの凸凹も同じ数だけできるとして計算してしまったため、場の量子論の計算にしばしば見られる物理的に意味のない無限大の量しか得られませんでした。このような状況の下、研究者らは、凸凹のサイズ分布まで正しく取り入れた計算を行うことによって、この値を正しく求めることに成功しました。その結果、こうした補正は一点では無視できるほど小さくても、指数関数的に大きなインフレーション宇宙全体で足し上げなければならないため、インフラトンの相互作用が十分弱くない限り、10万分の1を大きく超える補正をもたらし、従来使われていたこの補正を無視した理論計算が破綻してしまうことを発見しました。この結果は、インフレーションの理論計算が観測と整合的であるためには、インフラトンの相互作用は現在の観測限界のさらに10分の1程度以下でなければならず、凸凹の分布の正規分布からのズレは将来にわたっても検出できないことを意味します(図2)。

図2:真空の量子ゆらぎの大きさの分布は、青線で描いたような平均のまわりに対称な正規分布(ガウス分布)に従うが、インフラトンの相互作用の影響を加味すると、赤線のように非対称になってしまう。今回の研究により、相互作用の強さは図の赤線の場合の200分の1以下でなければならないことがわかった。そのような分布は青線と区別がつかない。

 

このことはまた、インフレーションを記述する素粒子物理の理論をさぐる手がかりを与えるものでもあります。

 

発表雑誌

雑誌名
Physical Review Letters
論文タイトル
Why Must Primordial Non-Gaussianity Be Very Small ?
著者
Jason Kristiano and Jun’ichi Yokoyama
DOI番号 https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.128.061301

 

用語解説

注1 インフレーション

宇宙創生直後に起こった急激な宇宙膨張のこと。千兆分の一秒の千兆分の一よりもずっと短い時間に宇宙はねずみ算式の膨張を起こし、一瞬のうちに30桁以上大きくなったと考えられています。

注2 ゆらぎ

初期宇宙のようなミクロな世界では、全ての物質は細かな波の性質を持っている、という量子論に従います。波には止まった状態はないので、全ての物理量は細かく見ると常に平均値から少しズレて、ゆれ動いています。そのズレのことをゆらぎと呼びます。

注3 素粒子の場(ば)

まず、場とは空間の各点において何らかの値を持つ量のことです。身近な例では磁石のまわりにできる磁力線で記述される磁場があります。磁場は各点において磁力の強さと向きを表しているわけです。全ての素粒子はその性質や分布を表す場(ば)によって記述されます。

注4 宇宙マイクロ波背景放射

高温高密度の初期宇宙では電子と陽子はバラバラにイオン化された状態で存在し、光は電子に散乱されてまっすぐ飛ぶことができません。宇宙の温度が下がって電子が陽子に捕獲され、水素原子になると光は散乱されずにまっすぐ飛べるようになります。私たちが観測できる最遠の光はこのとき電子に最後に散乱された光で、それが今日宇宙マイクロ波背景放射として観測されるものの正体です。曇りの日に私たちは雲の表面から届く光を観測し、それによって雲の形を知ることができるのと同じように、宇宙マイクロ波背景放射の観測によってその時の宇宙がどのような密度ゆらぎを持っていたかを知ることができるのです。

注5 ビッグバン

従来ビッグバンとは、宇宙創生時に起こった大爆発のことを指していましたが、今日では宇宙はインフレーションによってはじまると考えられているので、違った意味を持っています。インフレーションによってそれまでに物質や放射があったとしても全て薄まってしまうため、インフレーション終了後にインフラトン(注6)のエネルギーをもとに熱放射を作らなければなりません。このプロセスのことを今日ではビッグバンと呼んでいます。

注6 インフラトン

宇宙のインフレーションは、宇宙が膨張してもエネルギー密度が一定値を保つような物質によって起こります。このような性質を持つ未知の物質のことをインフラトンと呼んでいます。インフラトンは(注2)の量子論に従う何らかの素粒子の場(注3)であると考えられています。