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プレスリリース

DATE2022.01.20 #プレスリリース

体が分岐する環形動物の新種発見:佐渡島のキングギドラシリス

 

中村 真悠子(生物科学専攻 博士課程2年)

小口 晃平(研究当時:大学院理学系研究科 博士課程大学院生)

大森 紹仁(新潟大学 助教)

幸塚 久典(臨海実験所 技術専門職員)

伊勢 優史(琉球大学 博士研究員)

自見 直人(名古屋大学 助教)

三浦 徹(臨海実験所 教授)

 

発表のポイント

  • 佐渡島近海における潜水調査により、体が分岐する新種の環形動物(注1) を発見し、キングギドラシリス(注2) と命名した。
  • 左右相称の動物において、体幹部が分岐する体制をもつものは極めて稀である。本種の体は尾部に向かって幾度も分岐し、宿主となるカイメン(注3) の中で縦横無尽に張りめぐらせている。
  • 進化学的にも発生学的にも非常に興味深いキングギドラシリスの発見は、左右相称動物の形態の進化過程を探る手がかりともなりうる。

 

発表概要

東京大学大学院理学系研究科 附属臨海実験所の三浦教授、ドイツ・ゲッティンゲン大学のAguado教授らを中心とする国際研究チームは、佐渡島における潜水調査によって、カイメンの中に共生し、体幹部が分岐する特異な体制を持つ環形動物を採集した。

外部形態、内部組織、生態の観察、および分子系統解析により、この環形動物はRamisyllis属の新種であることが判明し、体幹部が分岐することから、怪獣のキングギドラに因んで、R. kingghidorahi(キングギドラシリス)として記載した。

尾部に向かって幾度も分岐していく体制は、宿主であるカイメンの体内に体をめぐらせ、効率良く栄養を吸収し、繁殖を行うための適応であると考えられる。日本近海には、これまでの生物学の常識を逸脱する生物が未だに存在することがうかがわれ、今後の海洋生物学の進展に大きく寄与する可能性がある。

 

発表内容

研究の背景
左右相称動物は、1つの頭尾軸に対して左右相称の体制を有しており、通常の発生過程で頭尾軸が分岐することは非常に稀である。しかし、環形動物のシリス科には、体軸が分岐するものが知られていた。最も顕著なのがカラクサシリスSyllis ramosaで、19世紀終盤頃にアジアの海域から報告があり、三崎においても深海性カイメンの内部から報告されている。また、近年になって、オーストラリア北部のダーウィンに近い浅海域から、体軸が分岐するシリスであるRamisyllis multicaudataが報告された。この種は宿主のカイメンの種や生息域、形態などがカラクサシリスとは異なり、複数の尾部から遊泳繁殖個体(ストロン(注4))が遊離して繁殖を行うなどの特異な生態を示す。体軸が分岐するシリスは以上の2種のみが報告されていたが、今回日本海の佐渡島周辺の浅海からRamisyllis属の新種が発見された。

 

研究内容
2019年10月に東京大・三崎臨海実験所、新潟大・佐渡臨海実験所、ゲッティンゲン大学、マドリード自治大学などの研究者からなるチームが佐渡島南部の宿根木で潜水調査を行い、環形動物が内部に棲息しているカイメンを採集した(図1)。

図1:キングギドラシリスは佐渡島の宿根木の浅海にて採集 された(A,B)。水深十数mの岩場に付着するカタカイメン属の一種(C)の内部に棲息し、カ イメンの体表から多数の尾部が出ているのが見える (D)。

 

採集された個体について、生時の観察、組織学的観察、免疫染色を行い、更にDNAを抽出し、いくつかの遺伝子配列を決定し分子系統解析を行うとともに、ミトコンドリアの全ゲノム配列も決定した。その結果、佐渡島由来の本種は、オーストラリア産のR. multicaudataと近縁であるが、別種であることが強く示唆されたためR. kingghidorahiとして新種記載した。本種の尾部に開口した肛門に繋がる消化管内には多数の繊毛が生えており、尾部からの海水の流入を促すことが示唆された。本種の著しく分岐する体制(図2)は、多数の尾部から繁殖個体を放出できるという繁殖上のメリットがあるとともに、尾部から海水を取り込むことで栄養吸収効率を上げる役割がある可能性も示された。

図2:キングギドラシリスの特徴的な体制。頭部は単一で、尾部に行くに従い分岐する(A)。尾部末端は多数に分岐し(B)、遊泳繁殖個体であるストロンが発達する場合も多い(C)。体幹部は消化管・神経・筋肉なども含めて分岐が行われている(D)。ストロンは雌雄のどちらかで体内に生殖腺を発達させる。写真はメス個体 (E)。

 

意義・展望
体軸が分岐するパターンを持つ動物は、発生学的にも極めて興味深い研究対象である。しかし、かつて日本近海から発見されたカラクサシリスは、近年見つかっておらず、このような動物の研究は完全に停滞していた。日本近海の比較的アクセスのよい海域からキングギドラシリスが採集され、その形態が詳細に記載されたことは、今後、動物の示す多様な形態や生態を明らかにする上で非常に重要である。キングギドラシリスは、一般的な動物と比べると極めて奇異な形態をしている(図2)。その裏に秘められた生態や生理機能を解き明かすことにより、これまでの生物学の常識が覆される可能性が高い。本種の生物学的特性については未解明なところが非常に多く、今後それらが明らかにされることによって、新たな生物学的知見がもたらされることが期待される。

 

発表雑誌

雑誌名
Organisms Diversity & Evolution
論文タイトル
Ramisyllis kingghidorahi n. sp., a new branching annelid from Japan
著者
M. Teresa Aguado*; Guillermo Ponz-Segrelles, Christopher J. Glasby, Rannyele P. Ribeiro, Mayuko Nakamura, Kohei Oguchi, Akihito Omori, Hisanori Kohtsuka, Christian Fisher, Yuji Ise, Naoto Jimi, Toru Miura
DOI番号 10.1007/s13127-021-00538-4
アブストラクトURL https://link.springer.com/article/10.1007/s13127-021-00538-4

 

用語解説

注1 環形動物

体節で区切られた細長い体を持つ無脊椎動物のグループ。シリスなどのゴカイ類やミミズ、ヒルなどが含まれる。

注2 シリス

ゴカイなどの多毛類の一系統であるシリス科に属する環形動物の総称。さまざまな海域に棲息し、底生生活を送る。一部の種では、個体の一部が遊離して放精放卵を行う特殊な繁殖様式を示す(注4参照)。

注3  カイメン

海綿動物門に属する動物の総称。幅広い海域に棲息する固着性の動物。動物界では最も古くに分岐した系統であり、多細胞動物であるものの明確な組織分化は見られない。表面の小孔から海水と食物を取り込み、大孔とよばれる開口部から海水を吐き出す。体内の空所に他種動物が共生することが多い。

注4  遊泳繁殖個体(ストロン)

シリス科の環形動物では、生殖巣が密集した体の一部が繁殖個体として単離して遊泳し、放精放卵を行うことで有性生殖を行う。本体から遊離した遊泳繁殖個体をストロンと呼ぶ。