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プレスリリース

DATE2022.02.03 #プレスリリース

火星コア中で液体金属が分離する

〜火星磁場の消失と海の蒸発の原因解明へ〜

 

横尾 舜平(地球惑星科学専攻 博士課程1年生)

廣瀬 敬(地球惑星科学専攻 教授/東京工業大学地球生命研究所 所長・教授)

 

発表のポイント

  • 本研究グループが世界をリードする超高圧高温発生技術と、大型放射光施設SPring-8の放射光X線を用いた実験の組み合わせにより、世界で初めて、火星や地球コアに相当する高圧高温の条件下で、硫黄と水素を含んだ鉄合金の融解実験に成功しました。実験試料の詳細な観察の結果、火星コア中で鉄-硫黄-水素合金は、硫黄に富む液体と水素に富む液体の2つに(水と油のように)分離することが明らかになりました。
  • 今回の結果から、冷却に伴って火星コア中で液体同士の分離が起こり、これがコアの対流の駆動とその後の抑制を引き起こしたことにより、およそ40億年前まで存在した火星磁場の発生と消失につながったと示唆されます。磁場の消失は、火星大気中の水素の宇宙空間への散逸、さらには火星の海の蒸発をもたらしたと考えられています。
  • このような火星磁場と海の消失のシナリオは、現在進行中のNASAの火星探査機インサイトの観測結果などからその妥当性がさらに検証されると期待されます。

 

発表概要

東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程学生の横尾舜平と廣瀬敬教授を中心とした研究グループは、大型放射光施設SPring-8(注1)を利用して、火星のコア(注2)を構成している可能性が高い、鉄-硫黄-水素合金の高圧高温下での液体の存在状態を明らかにしました。

従来、火星のコアは硫黄を多く含む液体鉄で構成されていると考えられてきました。しかし、最近報告されたNASAの火星内部探査機インサイト(注3)による内部構造探査の結果によると、火星コアは今までに予測されていたよりも密度が小さく、硫黄に加えて多くの水素も含まれている可能性があります。しかし、液体の鉄-硫黄-水素合金の高圧下での振る舞いについてはこれまで調べられてきませんでした。

本研究では、レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル(LH-DAC)(注4)を用いた超高圧高温実験に、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL10XUにおけるX線回折と、集束イオンビーム(注5)を用いた回収試料の断面観察を組み合わせることにより、鉄-硫黄-水素合金が超高圧高温下で液体であった時にどのような状態で存在していたかを観察しました。その結果、火星コアが十分に高温であれば、液体鉄-硫黄-水素合金は単一の均質な液体として存在するのに対し、より低温下では硫黄に富む液体と水素に富む液体の二相に分離することが分かりました

今回得られた液体鉄-硫黄-水素合金が二相に分離する条件は現在の火星コアの圧力温度条件と重なります。火星は約40億年前までは磁場が存在していましたが、その後失われたことが分かっており、その原因は大きな謎となっていました。また磁場の消失は、火星大気中の水素の宇宙への散逸と海の蒸発につながったと考えられています。本研究の結果から、火星コアが冷却に伴って二相に分離したことが、初期の火星においては惑星磁場の生成に必要なコアの対流を駆動して磁場を生み出し、さらには二相分離が進んで、その後の対流の抑制と磁場の消滅につながった可能性が高いことが明らかになりました。今後、NASAの火星内部探査機インサイトによる観測によって火星コアの状態がより詳細に解明されれば、このような火星磁場形成と消滅のシナリオの妥当性が検証され、火星の歴史の解明が大きく進むと期待されます。

 

発表内容

背景
火星の地殻に記録された磁場の研究から、今からおよそ40億年前までは、火星にも強い惑星磁場が存在していたとされています。その後、惑星磁場が消失したことから、大気中の水素が宇宙空間へ散逸し、水蒸気の水素と酸素への解離が進んで、やがて海が蒸発したと考えられています。そこで、地球と異なり、火星ではどうして磁場が失われたのかが大きな謎です。地球型惑星の磁場は液体のコア中で対流が起きることにより、電磁誘導によって磁場が生まれているとされています。この謎を解くには、火星コア中でどうして対流が起き、またどうしてそれが止まってしまったのかを明らかにする必要があります。

地球や火星などの地球型惑星の金属コアは、鉄とニッケルに加えてそれらより軽い元素(軽元素)を含んでいると考えられています。中でも火星コアは、火星隕石の研究から大量の硫黄を含んでいるとされており、その見積もりは質量にして数%から20%以上まで及んでいます。しかし、地球と異なり火星では地震波観測による内部探査が進められていないことから、その組成や構造は明らかにされていませんでした。そのような火星内部の構造を調べるために、最近ではNASAの火星内部探査機インサイトによる内部構造探査が行われており、2021年には火星コアを地震学的に検知したという成果が報告されました。報告の中で、火星には液体のコアが存在するものの、その密度は従来の予測よりも小さく、硫黄以外の軽元素もコアに含まれていることが明らかにされました。

太陽系の惑星形成時に、現在の小惑星帯かさらに外側の領域から、地球へ多くの水が運ばれてきたと考えられています。火星は地球よりも小惑星帯にずっと近いことから、火星にも大量の水がもたらされたはずです。その場合水素は高圧下で鉄に取り込まれやすい性質があることから、火星コアの軽元素の有力な候補の一つとされています。しかし、実験の難しさから火星コアを模擬した鉄-硫黄-水素合金の状態図(温度、圧力、組成といった条件に応じてその系がどのような状態を取るかを示す図)を調べる実験はほとんど行われてきませんでした。高圧下において行われた先行研究は固体に対する実験に限られており、液体であることが明らかになった火星コアを直接議論することはできませんでした。

 

研究内容
東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻の廣瀬敬教授を中心とする研究グループは、レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル(LH-DAC)を用いた超高圧高温発生技術において世界をリードしてきました。LH-DACを用いた実験では、地球や火星内部に相当するような高い圧力下において鉄を溶かすほどの高温を発生させることができます。加えて、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL10XUにおけるX線回折により、大気圧下では測定することができない鉄中の水素濃度の測定を高圧下で行うことが可能になりました。また、本研究グループが所有する集束イオンビームによる微細加工によって、液体の存在状態を解釈する上で重要となる、実験後に回収された試料の構造の詳細な観察を行うことができます。これらの技術を用いて、同専攻博士課程学生の横尾舜平と廣瀬敬教授を中心とした研究グループは、鉄-硫黄-水素合金の高圧下での融解実験を行うことに成功しました。

融解実験後に大気圧に回収した試料の断面を観察した結果、40万気圧(火星コア中心部に相当する圧力)において3000 Kを超えるような温度に加熱された試料では硫黄と水素がともに均質に分布した一相の液体が存在していたことが分かりました。ところが、それよりも低い温度であった試料では液体が2つの異なる組成に分かれており、硫黄と水素がそれぞれ異なる側に濃集していた形跡が見られました(図1,2)。

図1:液体が分離していた試料(左)と分離していなかった試料(右)の断面の元素マッピング。

 

図2:集束イオンビームによって撮影された分離した液体が入り混じった様子。

 

このことから、液体鉄-硫黄-水素合金は高圧下において、温度の低下に伴い、硫黄に富む液体と水素に富む液体に分離するということが分かりました。同様の実験を異なる圧力、温度に対しても行った結果、現在の火星コアとして見積もられている圧力(約20~40万気圧)と温度(約2000~2500 K)はこの液体合金が分離する条件と重なると結論づけられました(図3)。

図3:現在の火星コアの温度・圧力(赤、オレンジ)と初期の火星コアの温度・圧力(ピンク)。黒い線より高温では液体鉄-硫黄-水素合金は1相の均質な液体となり、黒い線の温度を下回ると2相の液体に分離する。

 

火星形成直後の初期の火星コアは現在よりも高温であったと考えられます。高温下で均質な一相の液体であった火星コアが冷え始めると二つの液体に分離し、底付近に重い液体がたまっていきます。その際に生じる軽い液体は浮き上がって火星コアの対流を促進することにより、火星磁場が発生します。しかし、冷却が十分に進みコアの大部分が二相に分離すると、重力的に安定な成層構造(重いものほど下にある)ができるため、今度はコアの対流を抑制し火星磁場を消失させる効果として働きます(図4)。このように、本研究の結果によって火星における磁場の発生と消失の両方のメカニズムが明らかになりました。

図4:液体の分離によるコアの対流の促進と抑制の概略図。

 

意義・今後の展望
本研究は、火星の磁場の形成と消滅、さらには海の蒸発を引き起こした可能性が高いメカニズムを提唱しました。このシナリオは、火星コアに硫黄に加えて水素が大量に含まれていることを前提としています。地球と同様、火星の水は、原始太陽系円盤ガスからH2Oが氷として凝縮した領域(太陽から2.7 AU以上離れた領域)からやってきたはずです。火星は地球よりも太陽から遠い場所にあるため、地球よりも多くの水が運ばれてきたと考えられます。そのような大量の水が火星コアの水素のもととなった可能性が十分にあります。

現在、NASAが進めている火星内部探査機インサイトによって、火星コアの構造がより詳細に判明していきつつあります。今後、火星コアに水素が含まれているのか、密度成層構造(重い液体が深い部分にある)が現在でも存在するのか、といったことを確認できれば本研究のシナリオを検証することができます。また、火星コアの詳細な構造を本研究の成果を用いて解釈することにより、火星を作った材料物質や惑星形成プロセスが明らかになっていくと期待されます。

 

発表雑誌

雑誌名
Nature Communications
論文タイトル
Stratification in planetary cores by liquid immiscibility in Fe-S-H
著者
Shunpei Yokoo, Kei Hirose, Shoh Tagawa, Guillaume Morard and Yasuo Ohishi
DOI番号 10.1038/s41467-022-28274-z
アブストラクトURL https://www.nature.com/articles/s41467-022-28274-z

 

用語解説

注1 大型放射光施設SPring-8

兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理は高輝度光科学研究センターが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

注2 火星のコア

地球や火星の中心部には主に鉄から成るコアと呼ばれる領域があります。最近の研究から火星には半径約1830 kmの液体のコアが存在することが分かりました。火星コアは硫黄を多く含むと考えられていますが、詳細な化学組成は明らかになっていません。

注3 火星内部探査機インサイト

アメリカ航空宇宙局(NASA)が開発した火星深部探査を目的とした探査機で、名前のInSightはInterior Exploration using Seismic Investigations, Geodesy, and Heat Transportに由来します。地震計や熱流量計を搭載しており、すでに火星の地震観測を通じてコアを検出することに成功しています。

注4 レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル(LH-DAC)

ダイヤモンドアンビルセルは、圧力を発生させる尖頭状の部品(アンビル)としてダイヤモンドを用いた手のひらサイズの小型の超高圧発生装置です。ガスケットと呼ばれる金属の板に小さな穴をあけ、その穴に試料を入れて2つのダイヤモンドアンビルで挟み込むことで高い圧力を発生させます。その状態でダイヤモンドを通してレーザーを照射することにより、試料を高圧高温の状態にすることができます。

注5 集束イオンビーム

集束イオンビームは、非常に細く集束したイオンビームを用いて試料表面の微小な加工をしたり、発生する二次電子を検出して顕微鏡像を観察したりできる装置です。集束イオンビームを用いることで、ダイヤモンドアンビルセルによる実験で得られる数十マイクロメートルの微小な試料の断面を切り出すことができます。