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学生たちの声

植物の成長を探究する

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生物科学専攻 博士課程3年

ワン・ジネイ

王 子寧

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中国科学院大学、北京

中国

科学への興味の芽生え

中学生の頃、科学に関する一般書を手にしたことがきっかけで、科学に興味を持つようになりました。それは単なるフィクションではなく、宇宙の真実を解き明かす内容の本で、小説を読むような感覚で楽しめるものでした。この影響もあって、日常生活からかけ離れた壮大な星々などの存在に魅了されました。

高校生のときに科学オリンピックに出場したことも科学への興味を深める一因となりました。科学オリンピックには数学から生物までさまざまな種類がありますが、地元大会において天文学は競技対象に含まれていなかったため、他の分野に挑戦することにしました。数学や物理といった基礎科目の重要性は理解しながらも、抽象的な方程式を解く作業に「しっくり」きませんでした。その一方で、生物学は「なぜ人間には5本の指があるのか?」や「なぜ髪の毛は生えたり抜けたりするのか?」といった私たち自身に関する問いに答えてくれる学問であり、私にとって非常に馴染むものでした。その結果、地元の浙江省で開催された大会では、化学で銀賞、生物学で金賞を受賞しました。この経験を通じて、科学が単なる人間の想像を超え、世界の仕組みを解き明かす力を持っていることに気づき、大学でさらに学びたいという道を開いてくれたのです。

1年生から始める研究実験

私は北京にある中国科学院大学に進学しました。中国科学院大学は非常に大規模な大学で、5人のルームメイトと共に寮生活を送りました。この大学では3年生までは自由に専攻を変更することができ、幅広い分野を探究する機会がありました。新入生でも研究室に所属する必要があったため、平日は講義、週末は研究室で実験を行う生活を送りました。

最初に所属したのは微生物研究所で、バクテリアがどのように環境中の誘引物質や忌避物質を感知し、移動するのかを研究しました。しかし、実験生物学では、物理的な背景が明確ではない現象を研究することが多いと感じました。さらに、ルームメイト(情報科学専攻は3名、物理学専攻は2名)の影響もあってか、3年次と4年次には物理研究所に移り、生物物理学の分野で、染色体とDNAが細胞の中でどのように動くのかを研究しました。

DNAは直径2ナノメートルと非常に小さく、高性能な顕微鏡でなければ観察することができません。私は原子間力顕微鏡(AFM)を用いて試験管内のDNAを研究し、共焦点顕微鏡では生きた染色体の動きを観測しました。こうした経験を重ねるうちに、より大きなスケールで、たとえば肉眼で観察できるようなダイナミックな変化を伴う現象を研究したいという思いが芽生えました。

ギアを変え、国を変える

学部の最後の2年間で生物物理学を研究したあと、さらに学問を深めるために方向転換をしたいと思いました。当時の教授からは別の国で研究を経験するよう勧められ、アメリカやヨーロッパを含むあらゆる選択肢を考えた結果、日本を選びました。選んだ理由は、物理的にも文化的にも一番近いと感じたからでした。また、私は夜型の生活が好きだったため、日本は安全とインフラが整った環境であることも理由の一つでした。日本は24時間営業のチェーン店やコンビニエンスストアが多いことでも有名です。日本で研究を続けると決めたとき、日本の最高学府である東京大学を目指すことは当然のことでした。幸運なことに、中国で講義を受けた教授のひとりが、いまの指導教官である塚谷裕一教授を知っていて、私を推薦してくれました。もちろん、GRE*や入学試験を受ける必要がありましたが、無事に合格し、東京大学が提供する奨学金プログラムGSGC(Global Science Graduate Course)に採用されました。このプログラムでは、修士課程と博士課程の5年間、毎月18万円の奨学金が支給されます。日本に移ることで、私の本来の研究テーマである、「肉眼で観察できる植物の成長」を追究することができるようになりました。
* Graduate Record Examination

凹型と凸型の葉

私は、植物が発芽し苗木になり、やがて木へと成長する様子を観察するのが好きです。植物の葉は「原基(primordia)」と呼ばれる細胞群から成長します。この小さな細胞から葉が成長するのを見るのがとても魅力的です。細胞が分裂してさまざまな形の葉を形成する過程に見入ってしまいます。

私の現在の研究対象は、カタバミ属(Oxalis)の植物です。この植物は地球上の約半分の地域に分布しており、地上では3番目に広く分布している植物といわれています。この植物の葉はハート型で、先端が内側に曲がっている「凹型先端(concave apex)」を持っています。一方で、これとは逆の形状は「凸型先端(convex apex)」と呼ばれ、尖った先端を指します。

植物学者たちは過去200年にわたって、凹型や凸型の先端のさまざま形状を分類してきましたが、これらの形状がどのように形成されるかは依然として謎のままです。その理由のひとつとして、動物研究者がマウスを研究するように、大半の研究者がモデル植物のシロイヌナズナ(Arabidopsis)しか研究対象としてこなかったことが挙げられます。シロイヌナズナの葉はモデル植物以外のさまざまな植物に比べて比較的単純な形をしているため、研究者がより複雑な形を調べるには限界があるのです。

成長のシミュレーション

私の研究テーマは、私たちが観察している多様な形を生み出す基本原理を明らかにすることです。普遍的なモデルを構築するために、細胞分裂と成長をコンピュータでシミュレーションし、その結果を実際の植物で観察された成長と比較して、モデルの仮定が正しいかどうかを検証しています。大学時代にはオンラインで多くのチュートリアルを見ながらコーディングを学びました。コーディングは比較的低コストで、効率的かつ高精度な研究方法です。シミュレーションでは、たとえば細胞が垂直方向に分裂して先端を形成したり、ランダムな方向に分裂して円形の基部を形成したりと、細胞分裂の角度や方向性を指定しながら行うことができます。また、このシミュレーションには、現在の共同指導者である京都大学の望月敦史先生を指導された先生が開発したモデルであるという、驚くべき縁があります。

私の研究では、葉の先端の形状は、葉原基の中央を通る線に沿って、細胞が先端‐基部方向に分裂した結果として形成されることを発見しました。

モデルは実際の植物の成長を反映しているのか?

私のモデルが正しいかどうかを確かめるため、シミュレーション結果が実際の植物と同じように「成長」しているかを検証する必要があります。そのために、培養室や温室で植物を育て、さまざまな発生段階の細胞サンプルを採取しています。葉のサンプルの最初の段階は、粉塵ほどの大きさ(約200マイクロメートル)の原基です。私たちの研究室で開発した染色法を用いて、細胞が分裂して植物が成長する過程を観察します。そして、その結果をシミュレーションと比較するのです。

植物の成長を観察するのも楽しみのひとつです。野生の巨木の成長にはとても長い時間がかかりますが、私が扱う植物は発芽が早いので、約8日で数枚の葉の成長を見ることができます。最初は細い棒のように見える葉が根元に向かって広がり、小さな若葉から先端が鋭く尖った成熟葉へと成長していくようすを観察できるのです(種によって異なります)。

最新の研究成果論文を学術誌に投稿しましたが、現在は査読のフィードバックを待っているところです。論文で示す十分な根拠を持っていると思っても、他の人が同意するとは限りません。しかし、これが科学なのです。判断や批判は常に受け入れる必要があり、そのことが大きな気づきへとつながるのだと思います。

日本語で専門用語を学ぶ

私は学部時代に独学で日本語を学びました。中日両政府が作成した標準的な教科書を使い、さらに20年前に放送された日本語学習用の番組も視聴しました。もし中国語を母国語とせず、これらのリソースが利用できないのであれば、オンラインのチュートリアルも十分に役立ちます。アニメが好きな人も多いかもしれませんが、「アニメの日本語」は日常会話とは大きく異なるため、日本の実写ドラマを見る方が語学学習には適しているかもしれません。

英語で苦労している人たちにも、同じ方法を勧めます。私は『フレンズ』や『ダウンタウン・アビー』を観て、アメリカ英語とイギリス英語の両方のアクセントを理解する練習をしました。また、話すときに間違いを恐れないことが大切です。この取材でも、日本語での説明や要望があったときは理解するのに少し苦労しましたし、わたしの日本語も完璧ではなかったけれど、それでもなんとかなりました!笑

言語を勉強するには、ネイティブスピーカーとコミュニケーションが取れるようになりたいとか、日本語能力試験(JLPT)の準備をしたいとか、明確な目標を設定することを勧めます。学術的なところは、多くの学会に参加したおかげで、日本語の専門用語に慣れることができましたし、最初は読むのが大変だった日本語の教科書も読むことができるようになりました!

歴史的視点

基礎科学は複雑です。しかし、私たちを取り巻く世界がどのように成り立っているかを理解しようとすることは、果てしなく魅力的でもあります。基礎科学を研究することで、既存の知識を習得するだけでなく、新しい原理を自ら発見することができます。一方で、産業界に進むと、社会の仕組みをより深く理解し、収入を得る楽しさも味わえるかもしれません。

基礎科学はある意味「純粋」です。私の同級生の多くは、アカデミアの経済状況について不満を抱いていました。同じような能力を持ち、同じような努力をする者がいた場合、通常、産業界で働く方がより高い給与を得る傾向にあると思います。歴史的にみても、科学研究は「紳士」の趣味と考えられていました。100年前でさえ、普通の人は生計を立てるために過酷な肉体労働をすることが一般的であったため、基礎科学を追求できるということ自体が非常に限られていました。

学部を卒業した後すぐに産業界へと進出し、高い給与を得ることが、より良い生活水準をもたらすかもしれません。しかし、自然界に興味があるのであれば、まず博士課程に進学し、その後で自分の進路を決めるのも良い選択だと思います。私はアカデミックなキャリアへと進みたいと考えています。それは高い給与を得ることではないかもしれませんが、それでも自分の好きなことを追求できる環境であることに変わりはありません。基礎科学は、直接的かつ即時的な経済報酬をもたらさないとしても、将来の世代に利益をもたらすものです。だからこそわたしは、この現状に不満はありません。

※2024年取材時
撮影/長谷川 博一
英語取材・文:ベルタ エメシェ(訳:武田加奈子)
文章は簡潔にするために編集されています。

生物科学専攻 博士課程3年生
Zining Wang
王 子寧(ワン・ジネイ)
中国浙江省生まれ。2016年、中国科学院大学生物科学専攻入学。2020年9月より東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻(GSGC)に進学。博士課程修了後はアカデミアの道へと進む予定。
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