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理学のフロンティア

宇宙誕生の瞬間を重力波で見る

物理学専攻 教授

安東 正樹

July 1, 2025

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宇宙の謎を解く新しい鍵

宇宙の始まりの始まり、つまり宇宙が誕生したその瞬間にはいったい何が起きていたのだろうか。それは科学がまだ解き明かすことができないでいる大きな謎の一つだ。でも、どうやったら調べることができるのだろうか。タイムマシンでもあれば別だが……。

「重力波で見ることができるのです」

そう語るのは、重力波観測を研究する安東正樹教授だ。

「いま人類が見ているもっとも初期の宇宙の姿が、宇宙マイクロ波背景放射というものです。これは宇宙のあらゆる方向から地球にやって来る138億年前の電磁波のことで、言いかえれば宇宙誕生から38万年後の姿ということになります。それ以前の宇宙の電磁波は原理的に見ることができません。初期の宇宙は高エネルギーの火の玉状態だったため、光は真っ直ぐ飛ぶことができずに散乱してしまうからです。いわば曇りの日に太陽の姿が見えないようなものですね。それと同じことが、初期宇宙を観測するときに起こり、38万年前より過去の電磁波を見ることができないのです。ところが、電磁波とはまったく性質が違う重力波は、そういう状態も通り抜けることができる。そのため、宇宙が誕生した瞬間に出た信号を直接観測することができるのです」

安東によれば、宇宙が誕生してから10の-24乗秒後の姿すらも見ることが可能だと言う。

「宇宙は誕生直後に急激に膨張したとするインフレーション理論というものがあるのですが、実はその理論のモデルが100種以上あり、どれが正しいのかまだわかっていません。それが重力波の観測によってわかるかもしれない。また、インフレーションが終わった後にビッグバンが起こるのですが、これはインフレーションのエネルギーが熱のエネルギーに変換されたためであるとされています。このインフレーションがどうやって終わったのかということも、またビッグバンがどういうふうに始まったのかもわかっていない。そういうことも、重力波による観測でわかる可能性があるのです」

解ける謎は宇宙の始まりだけではない。

「これまでの天文学は主に電磁波を使って観測してきました。ガリレオが望遠鏡で観察したのは可視光でした。これが、時代が進むにつれていろいろな波長に広がっていく。短い波長ならX線やガンマ線、長い波長なら電波というように、さまざまな波長の電磁波で宇宙を観測してきました。ところが重力波は電磁波とまったく異なり、何でも通り抜けてやって来る。そのため、ブラックホールの中心部や、超新星爆発や連星(二つの星が共通の重心のまわりを回っているもの)の合体のような高エネルギーの現象の中心部で、いったい何が起こっているのか直接観測する手段になりうるのですね。つまり宇宙の謎を解く新しい鍵というものになるということです」

なんともワクワクする話だ。

では、いったい、その重力波はどうやって観測するのか。重力波望遠鏡というものがあるのだろうか。いや、その前に、そもそも重力波とは何なのか?

アインシュタインが予言した重力波

ニュートンが重力を「発見」してくれたおかげで、人類は太陽の周りを惑星が回ることの不思議を理解すると同時に、地球上のあらゆるものがすべて大地に縛りつけられている理由も知ることができた。だが、重力とは何なのか、その正体については実は長い間わからないままだった。この謎の答えを見つけたのがアインシュタインである。重力とは質量ある物質が存在することで生まれる時空の歪みのことだとアインシュタインは考えたのだ。安東が言う。

「よく使われるたとえですが、トランポリンの上にボーリングの球を置くと、そこだけトランポリンの布が凹みますね。その凹みのそばにビー玉を置くと、ビー玉はボーリング球に向かって転がっていきます。それが重力だと言うわけです。トランポリンの凹みが時空の歪みです。ボーリング球が太陽でビー玉が地球だと考えてみましょう。太陽によって周辺の時空が歪み、地球はその歪みに応じて太陽の周りを運動していると解釈できるのです。これがアインシュタインの一般相対性理論が描く重力なのです」

では、重力波とは?

「重力波も、アインシュタインの一般相対性理論で予言されていたもので、物体が運動することで生じた時空の歪みが波のように伝わることです。つまり、このトランポリンの上のボーリング球が動くと、その揺れがトランポリン全体に伝わっていくさまを思い浮かべるとよいでしょう。宇宙のどこかで、たとえば二つのブラックホールが合体するなど、とてつもなく巨大なイベントが起きると時空が大きく歪み、その歪みが重力波となって地球まで届きます。それを重力波望遠鏡で観測するわけです。でも、重力波を検知するのはとてつもなく難しいことなのです」

それは重力波というものがあまりに微小だからだという。振幅が文字通り天文学的に小さい。それは、太陽と地球の間の距離が水素原子1個分伸び縮みするだけの変化でしかないからだ。気が遠くなりそうなほどの「微小」である。それほどにわずかな変化を、いったいぜんたい、どうやって観測するというのだろうか。

「レーザーと鏡を使います」

日本の重力波望遠鏡「KAGRA」

重力波の検出には世界中の研究者たちが長年取り組み、さまざまな観測装置が提唱され、稼動してきた。日本では、東京三鷹市の国立天文台で1999年から観測を始めたTAMA300が最初の重力波検出装置である。残念ながら、第一世代と呼ばれるこの装置では、重力波の観測に成功はしていない。

 そしていま、第二世代にあたる巨大な重力波望遠鏡が世界3機関で観測を始めている。2015年に大規模な改良を終えたアメリカのLIGO(ライゴ)。2016年に運転を開始した、イタリアにあるVirgo(ヴィルゴ)。そして2019年に完成した、東京大学宇宙線研究所が国内外の大学・研究機関とともに運営しているKAGRA(かぐら)である。岐阜県飛騨市の神岡鉱山の地下約200メートルに設置されているこのKAGRAの建設に、実は安東はプロジェクト発足当初から深く関わり、その装置設計に中心メンバーとして携わってきたのである。

このKAGRAを例に、重力波望遠鏡とはどんな仕組みになっているのかを見ていこう。

望遠鏡とはいえ、レンズのついた光学式とはまったく違う。それはレーザー干渉計型検出器と呼ばれる装置であり、レーザー光が行き交う2本の真空のトンネル(アーム)がL字形に交差しているものだ。だが、そのアームの長さは1本が3kmもある!!

重力波望遠鏡KAGRAの鏡や防振懸架装置の全体の概略図 (KAGRA ウェブより)

「アームが交差しているところにはビームスプリッターという、光を半分通し、半分を反射する装置があります。発射されたレーザー光はここで二つに分かれて飛んで行き、それぞれ同じ距離だけ離れているサファイアでできた鏡(エンド鏡)に反射して戻ってきます。それを光検出器で電気信号に変換します。この時、二つに分かれたレーザー光が同じ距離を往復したのなら、光検出器で合体したときには双方の光の波の山と谷が打ち消し合い強度の小さな光になります。そのとき、距離の違いが生じると、双方の山と谷が少しズレて、光は強め合うようになり、光検出器に光がもれてきます。この原理を重力波の検出に用いるのです」

つまり、こういうことだ。もしも重力波が到達すればKAGRAがある場所の時空が歪む。それは片方のアームが縮み、もう片方のアームが伸びることを意味する。すると、二方向に分かれたレーザー光の進む距離は異なってくる。その結果、光検出器が受け取った二つの光は干渉を起こして弱い光となる、すなわち重力波を検出したということだ。こう書くとシンプルだが、装置そのものは精緻を極め、非常に複雑なのだ。

「私がおこなったのは基本的なレーザー干渉計(アームを含めたシステム全体のこと)のデザインです。どんな鏡をどう配置すれば最適感度が出るかという光学系の設計。それから、熱や振動の影響を受けないようにするための防振系の設計。取りかかったのはまだ30代になったばかりのころでした」

KAGRAがLIGOやVirgoと違うのは、装置が地下に設置されていることだ。

「これは地面からの振動の影響を減らすためなのです。鏡自体も揺れないように、振り子のような機構で上から吊します。もう一つの雑音の元が熱です。鏡が熱振動といって分子レベルで勝手に振動してしまい、誤差の原因となる。それを防ぐために鏡自体をおよそマイナス253℃まで冷却する装置をKAGRAは備えています」

KAGRAは2020年、観測を開始した。だが、重力波まだ捉えていない。

岐阜県飛騨市神岡町にあるKAGRAの坑内

重力波観測衛星打ち上げ計画

実はすでに世界初の重力波検出は2016年、アメリカのLIGOによって達成された。それは、連星になっている二つのブラックホールが合体したときの重力波だった。

「現在、KAGRAはLIGOとVirgoとデータを共有して一緒に観測運転をしています。そのため、LIGOかVirgoが重力波信号を捕まえた場合、KAGRAではその信号がノイズに埋もれていても見つけやすくなります。これを統計的に積み重ねていけば、重力波信号の兆候をうまく見つけ出せるようになれるのではないかと思います。ですから、今年(2025年)の夏、秋の観測運転の時に、ひょっとしたらKAGRAによる重力波検出という歴史的な場面に立ち会えるかもしれませんね」

そんなふうに、安東は心血を注いできたとも言えるKAGRAの重力波観測成功を心待ちにしているが、一方で壮大な計画の実現に向けて動き始めてもいる。それは、重力波観測衛星の打ち上げである。

「誕生してから10の-24乗秒後の宇宙を観測するには、実はKAGRAでは力不足なのですね。地球上だと、どうしても地面振動など雑音が多く、低い周波数帯での観測が制限されてしまうのです。宇宙に行けば地面振動はありませんし、しかもアームの長さを地上とは比較にならないほど長くでき、感度を飛躍的に高めることができます。ちなみに、いま私たちが提案しているDECIGO(デサイゴ)という計画では、アームの長さは1000kmになります」

なんと、1000kmは東京から九州・熊本までの直線距離に匹敵する。そんなにも長大なアームをどうやって実現するのだろうか。実際にはKAGRAのようなトンネル(チューブ)状のものは真空かつ無重力の宇宙では必要ない。鏡を備えた3基の衛星を正確に軌道上に配置し、レーザー光をその鏡に向けて発射して観測を行うのだ。

「現在はDECIGOの一つ前の段階の、アームの長さが100kmの重力波観測衛星打ち上げを目指しています。目標は2030年代です。DECIGOのほうの実現は2040年代から2050年代になるでしょうね。他国も重力波を観測衛星の打ち上げを計画していますが、宇宙誕生の瞬間を観測できる感度を持ったミッションとしては、このDECIGOがいまはほぼ唯一です。そのころまだ私がミッションに関わっているというのは年齢的に無理な気がしますので、最初の礎ぐらいになればいいかなと思っています。これは人類の夢ですので、必ずいつか実現すると信じています」

若者よ、ワイルドであれ

安東はレーザー干渉計型とは異なる発想の重力波検出装置の開発にも取り組んでいる。その装置の名を、ねじれ型重力波検出器「TOBA (とーば)」という。

「重力波の影響を受けやすいテストマスという2本の棒が、重力波の潮汐力によってねじれる動きを読み取って検出します。比較的コンパクトでもよい感度が出せるというのがメリットですが、レーザーを使って2本の棒の間の角度を非常に精密に測らないといけません」

現在、完成しているプロトタイプは高さが2メートルほど、畳2畳分くらいの大きさである。安東はこのTOBAを重力波の観測以外の目的で利用することも考えている。その一つが地震アラートだ。

「地震が起きた瞬間は断層が破壊されて大地が大きく動きます。すると重力波は出ませんが、重力場が変化し、それが光の速度で伝わるのです。それをこのTOBAで捕まえれば、いまよりも早くアラートを出すことができます。10秒早くアラートが出せれば、その時間を使ってクルマを停めたり、手術を止めたり、エレベーターを止めたりすることができる。10秒というのはとても貴重なのです」

重力波観測の世界的研究者であると同時に、大学の学部生だったころからレーザー研究に打ち込んできた安東は、量子光学と呼ばれる分野のパイオニアでもある。

「レーザーを使って精密にものを測る、その究極の性能を究めていくと、量子的にものが揺らぐという限界に突き当たります。でも、さまざまに工夫することでその限界を超えることができる。その方法のことを量子オプトメカニクスと言います。もう一つは光量子コンピューターですね。量子雑音をどれだけコントロールできるかということが盛んに研究されています。このあたりが、いまの光の分野におけるフロンティアです。私にとっては、重力波を捉えることもそうですが、この光の分野自体もとても面白い研究対象なのです」

安東が物理学をやろうと心に決めたのは高三の時。大好きだったSF小説の影響が大きいという。

「カール・セーガンの『コンタクト』という作品で、ジョディ・フォスター主演で映画化もされました。宇宙からやって来た謎の電波を解読すると、それは円周率だったというのが小説の結末でした。その影響からか、宇宙を支配する基本的な法則ってなんだろうとか、そういうことを考えるような高校生になって(笑)。それがきっかけかなと思います」と、安東は懐かしそうに、そして嬉しそうに話してくれた。まさに宇宙の果てからやって来る重力波とそのイメージは二重写しになるかのようだ。

理学の研究者としての喜びとは何かという質問への答えも、そんな安東らしいもの。

「人類の枠を広げていることだと思います。自分がしていることはほんの小さなことかもしれませんが、人類の文明の進化には確かに貢献している──そんな繫がりが見えてくると、とてもワクワクした気持ちになります。たとえ書き上げた論文が多くの人には読まれなかったとしても、論文を書いた事実は残り、わずかであっても、その研究の積み重ねによって文明は進んでいくのです。それが理学を研究する者の喜びではないかと思います」

若者たちに、そんな喜びに満ちた生き方をしてほしいと安東は願う。

「決まった路線を進むのではなく、自分はこれでいいのだろうかと、自分のやりたいことは何なのだろうかということを突き詰めてほしいですね。若い人たちは、もっともっとワイルドであっていいと私は思います」

※2025年取材時
取材・文/太田 穣
写真/貝塚 純一

物理学専攻 教授
ANDO Masaki
安東 正樹
1994年、京都大学理学部卒業。1999年、東京大学大学院理学系研究科助手。2007年、東京大学大学院理学系研究科助教。2009年、京都大学理学研究科特定准教授。2012年、国立天文台重力波プロジェクト推進室准教授。2013年、東京大学理学系研究科准教授。2025年、東京大学大学院理学系研究科教授。 
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