宇宙のどこかで、星はいまも静かに生まれている。
しかし星の誕生の瞬間は、あまりにも短く、あまりにも深い暗闇のなかにあるため、とらえるのが難しい。
星の誕生を「起こったあと」ではなく、「いま起こっていること」として捉えること。それは宇宙の進化を知るために欠かせないものであり、天文学に残された“宿題”のひとつだ。
宇宙のエンジン
「今日の天文学において、大質量星形成は研究フロンティアとしてどこに位置づけられるのでしょうか?」そう尋ねられたとき、サンウェサ パトリシオ准教授の答えは、驚くほど簡潔で、しかし核心をついていた。
「大質量星の研究は、宇宙がどのように進化してきたのかを理解するための鍵なのです」
天文学では、大質量星とは太陽の8倍以上の質量をもつ星を指す。こうした星は、宇宙のエンジンのように誕生し、激しく輝き、周囲の環境を一変させ、やがて壮大な爆発を迎える。そこで生まれる重元素は、惑星を、さらには生命を形づくる材料となる。そして、この星々の影響は、天文学のほぼ全ての分野に及ぶ。超新星そのものが一つの研究領域を構成し、その残骸である中性子星やブラックホールは別の分野を形づくる。いま現代天文学を書き替えつつある重力波──アインシュタインが一般相対性理論で予測した──でさえ、その起源をたどれば大質量星の最終段階に行き着くとされる。
だからこそ、大質量星形成は常に天文学の中心的な研究フロンティアであり続ける。そこには、宇宙進化、銀河の生態系、生命の起源が交差する場所があるからだ。これらの星は銀河の成り立ちを支配しているが、最初期の姿を観測することが最も難しい。つまり、星の光が生まれる前、核融合が始まる前の、暗く隠された星の時代にこそ、宇宙の本質が潜んでいる。サンウェサはまさにその最前線に立つ研究者だ。
大質量星形成の未来を左右する「3つの問い」
大質量星形成には、長いあいだ決着のついていない重要な問題がある。「未解決の課題は何ですか」と尋ねると、サンウェサはその核心をなす「3つの問い」を挙げた。
大質量星形成は小質量星と同じメカニズムで形成されるのか。
磁場は巨大な星の重力崩壊と成長をどのように調整しているのか。
そして、星が点火する前に、どのような物理的・化学的初期条件が存在するのか。
これらは、いずれも未解決のまま残されてきた。しかし今、アルマ望遠鏡(ALMA:アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計)や次世代望遠鏡の登場によって、ようやく解決の糸口が見えつつある。アルマ望遠鏡は、従来では考えらなかったスケールで星形成領域を観測できる。66台の高精度アンテナを結合した干渉計として機能し、微弱なミリ・サブミリ電磁波をハッブル宇宙望遠鏡(Hubble Space Telescope, HST: 1990年に打ち上げられた地球周回軌道上の宇宙望遠鏡)を超える空間分解能で捉える。これにより、かつては不可能だった大質量の原始星のコンパクトな「降着円盤」の撮像、濃密ガス流のマッピング、原始星ジェットの起源の追跡が可能になった。
この1つ目の問いは、大質量星が小質量星と同じプロセス、すなわち「降着円盤」で形成されるのか、というものだ。数十年にわたり、小質量星の形成は、回転する円盤が成長中の原始星へ物質を供給するという図式で理解されてきた。「しかし大質量星は希少で、はるかに遠く、長いあいだ円盤を良い分解能で観測することができなかった」とサンウェサは言う。アルマ望遠鏡の分解能によってようやく、大質量原始星の周囲に従来よりはるかに小さな円盤が検出され始め、理論予測と一致し始めたのだ。
もし大質量星が本当に降着円盤で成長するのだとすれば、それらが自身の強烈な放射圧をどのように克服するのかという長年の未解決問題が解けるという。高密度で薄い円盤は、星からの強烈な放射を極方向へ逃がしながら、ガスを内側へと導く〝巧妙な構造〟になっているのだ。これが普遍的なメカニズムなのかどうかは、いまもなお分野において重要な問いである。
2つ目の問いは、磁場の役割だ。星形成とは、重力・乱流・磁場の〝力の競争〟として理解される。重力が内側へ引き寄せ、乱流と磁場がそれに抗う。乱流は長いあいだ測定可能であり、重力はある意味で自明だ。しかし磁場だけは三次元的で繊細、しかも非常に微弱なため、これまで長く正体がつかめなかった。
アルマ望遠鏡によって初めて、天文学者は高質量星形成領域の高密度のかたまり(クランプ)における磁場を間接的に探ることが可能になり、重力・乱流・磁場という三つのエネルギー成分を直接比較できる時代が到来した。これにより、高質量星が急速に形成されるのか、それともゆっくり調整されながら成長するのか、この分野の主要な競合シナリオを分ける核心的な違いが明らかになりつつある。
ALMA-UNICプロジェクト:
大質量星形成の「最初の瞬間」を書き換える
3つ目の問いは、大質量星が生まれるごく初期、もっとも冷たく暗い段階に関わるものだ。
大質量星が核融合を起こす以前、それは分子雲(molecular cloud。宇宙で星が生まれる前の段階にあるガスと塵の雲)の奥深くに、極めて高密度で冷たい核として存在している。温度はおよそ10ケルビン(K: 1ケルビンは、摂氏マイナス272.15度)。この段階の前駆天体はほとんど光を発しないため、長らく観測が困難だった。国際プロジェクト ALMA-UNIC は、このフロンティアの再定義に挑んでいる。
サンウェサは、ALMA-UNICの発端はイタリアにあると説明する。ステファノ・ボヴィーノとエレナ・レダエッリという、アストロケミストリーと数値シミュレーションの専門家が、大質量星形成の最初期に特化した初のALMA大型プロジェクトを構想したことが出発点だった。彼らの目標は、星が誕生する〝前〟の状態、つまり質量、運動、電離状態、初期化学組成を正確に理解することだった。
そのためには、ALMAを熟知し、かつ大質量星の前駆天体に精通した観測者が必要だった。「そこで私が招かれたのです」とサンウェサは語る。彼の以前のプロジェクト ASHES は、すでにこの分野の最前線で評価されていた。
現在、このプロジェクトは互いに補完し合う技術を持つ研究者たちを結集し、一つの科学的挑戦に向かっている。すなわち、「大質量星形成の真の初期条件とは何か?」という問いに実測値で答えることである。
この問題は数十年にわたり未解決のままだった。競合する理論の一方は「急速な崩壊」を、もう一方は「ゆっくりとした成長」を予測している。しかしその違いを見極めるには、星が存在する前の段階で、質量・密度・温度・乱流・磁場といった物理量を精密に測定する必要がある。ALMA-UNICはまさにそのデータを提供しようとしているのである。
プロジェクトの第二の核心は化学にある。すなわち、高質量星が核融合をはじめる前、密集した分子雲内部で働く「宇宙線電離率(cosmic-ray ionization rate)」を決定することだ。紫外線やX線の光子は、こうした不透明な領域の内部まで到達できない。分子雲の深部で分子を電離できるのは、相対論的な陽子やアルファ粒子を主成分とする宇宙線だけである。電離は、雲の進化を支配する化学反応ネットワークを始動させるが、その実際の電離率はいまだほとんど分かっていない。
「化学者たちはもっともらしい推定値を入れているにすぎません」とサンウェサは言う。「しかし、高質量星が形成されるような極端に高密度な環境で、実測に基づく値を得たことはこれまでありませんでした」。ALMA UNICが用いる化学トレーサー、とりわけH₂D⁺は、これまで捉えがたかったエネルギー源かつ電離源を定量化するための、きわめて稀有な手がかりを提供する。
H₂D⁺の検出は核融合直前の瞬間を可視化するうえで決定的な役割を果たす。この分子は極低温・高密度のガスにしか存在できず、温度が少しでも上昇し、星形成が始まるとH₂D⁺はすぐに消える。つまりH₂D⁺は、最初期段階の「証人」になるのだ。これまでの検出例は世界で2〜3件のみで、いずれもALMA-UNICのメンバーによるものだった。ALMA-UNICはこれを体系的な調査へとひろげ、数十個のコアの構造や物理状態をマッピングすることを目指している。
最終的にALMA-UNICは、高質量星形成を、雲塊から星団へ、さらに高密度コアへと至るマルチスケールな過程として捉えることを可能にするだろう。その基盤にあるのは理論先行の仮定ではなく観測であり、原始星の円盤が最終的に形成されるための条件を、実測に基づいて提供するものである。「これからは実際の値を提供できるのです」とサンウェサは言う。これにより、シミュレーションが実測値に基づいて校正され、大質量星──銀河で最も影響力のある星々──がどのように誕生するかについて、初めて物理的に整合したモデルへの道が開かれる可能性があるのだ。
良い研究テーマを見つける方法:
好奇心と戦略が出会う場所
「天文学者になったのはとある先生のせいなんです」と彼は笑う。サンウェサが天文学者を志したのは、中学2年生のときに遡る。当時の教室にはコンピューターなどなく、黒板とスライド投影機だけがあった。ある日、物理の先生がそのスライドを使って、銀河や分子雲、ブラックホールの話をした。「あれが一瞬で僕をつかんだんです」と彼は振り返る。物理が好きになった理由は、授業が毎回スリリングだったからではなく、そこに「これを理解できたら、宇宙を理解できるかもしれない」という直感があったからだという。
「どのようにして良い研究テーマを選ぶのか」と尋ねてみると、サンウェサは「研究で最も難しい問いのひとつだ」と言って笑みを浮かべた。すなわち、戦略的思考と純粋な好奇心をどう両立させるか。プロジェクトは、注目や論文、被引用数を約束するかもしれない。しかし、もしその問いに研究者自身の心が惹かれなかったら?
「私の場合、まず好奇心がありました」彼はゆっくりと、言葉を慎重に選びながら答える。「偶然なのか意図的なのか分からないけれど、今取り組んでいるプロジェクトはすべて、本当に興味を持てるものなんです。」彼にとって情熱は必須だ。情熱がなければ、プロジェクト自体は遂行できるものの、仕事は退屈で機械的になってしまう。「私は自分のやることを楽しみたい」と彼は言う。「好奇心があるからこそ、答えを見つけることが楽しくなるんです。」
研究者としての自分の情熱を反映するように、サンウェサは学生たちが「難しくて楽しい」テーマにたどり着けるよう深く考えている。
彼は新しい学生に、まず小さく明確に定義された第一プロジェクトを与える。それは意図的に取り組みやすいものになっている。すでに科学解析の準備が整ったデータセットがあり、面倒なデータ還元作業はない。必要なスキル──論文を読む、コードを書く、ツールを学ぶ──という研究の基礎が確実に身につくように設計されている。
狙いは、訓練だけではなく「勢い」をつくることにある。「最初のプロジェクトで、できるだけ早く最初の論文が出るようにするのが私の考えです」と彼は説明する。最初の論文は、学生がJSPSフェローシップなどの研究資金に応募する助けにもなり、早い段階で自信をつける機会にもなる。この段階のあと、彼は徐々に責任を学生自身へ移していく。
「基礎を身につけたら、次に何をしたいかは学生に選ばせます」と彼は言う。第2のプロジェクトは、彼が既に持っているデータセットを使うことが多い。しかし最終的に論文を形作る3つ目のプロジェクトは、完全に学生自身のものになるべきだと考えている。「理想的には、学生が100パーセント自分で設計したテーマであるべきです。自分で観測時間を獲得し、どの天文台が最適か考え、本当にやりたいことを決める。そこが重要なんです。」
星形成研究の未来:
これからの10年で見えてくるもの
星形成研究が今後5年、10年でどこへ向かうのかと尋ねられると、サンウェサはためらわず「これまでずっと“見えなかったもの”をいよいよ直接見ることになる」と答えた。
このシンプルで大きな転換の中心にあるのは2つの装置だ。ひとつはALMA2として進められている次世代アルマ望遠鏡の機能強化計画だ。現在のアレイの能力を大幅に拡張するアップグレード版である。もうひとつはngVLA(next generation Very Large Array: 次世代大型電波干渉計)だ。日本が重要な役割を担うことが見込まれている、野心的な米国主導のプロジェクトである。これら2つがそろうことで、観測能力は飛躍的に進化する。
ngVLAの強みは、その数とスケールにある。現在のVLAが約25台のアンテナで稼働しているのに対し、次世代システムは100台以上を、はるかに広い基線に配置する予定だ。これにより角分解能は天文単位(AU)スケール、つまり地球と太陽の距離に匹敵する領域へと到達し、大質量星がまさに形成されつつある至近環境を直接探ることが可能になる。
「ngVLAは、ものすごく小さなスケールにズームインしながら、その内部構造を見通せるようにしてくれるんです。これは大きなアドバンテージです」と彼は言う。
その科学的意味は深い。これまで観測不能だった領域──降着円盤の最内部、落ち込むガスのねじれた構造、磁気圧と重力がせめぎ合う局所環境──がついに観測可能な領域へと入ってくる。大質量星形成の理論は、こうした「見えない細部」の上に築かれている。今後、それらは実測へと変わる。
サンウェサには、少し遊び心を含んだ願いもある。それは、大質量星のまわりで惑星が形成される瞬間を目撃することだ。
理論的には、これは起こらないとされてきた。形成に必要な時間が短すぎ、フィードバックが激しすぎるからだ。しかしALMAがとらえた象徴的なリング構造の円盤や、最近撮影された「形成途中の惑星」は、従来の前提をすでに揺さぶっている。
「たとえその惑星が生命を宿す可能性がなくても──最終的には大質量星によって破壊されるとしても──その誕生を目の当たりにできたら驚異的ですよ」と彼は言う。
つまり、これからの10年が約束するのは、単なる技術的な「少しの改善」ではない。天文学者が知ることができるものの〝質〟そのものが変わるということだ。長いあいだ推測され、シミュレーションされ、議論されてきた大質量星の誕生が、ついに「直接観測できる現象」へと変わろうとしているのである。
「本当にエキサイティングな時代ですよ」とサンウェサは締めくくる。「とくに、いよいよあの“小さなディテール”を見ることができるようになるのですから」
※2025年取材時
取材/文:森旭彦
写真:貝塚純一


