新しい天文学、アストロケミストリー
ビッグバンはおよそ138億年前という気が遠くなるほどの時の彼方の出来事。そこから、私たちが生きている今この日まで、宇宙はいったいどんなふうに進化してきたのか。野津はアストロケミストリーという新しい天文学によってこの謎に挑む。ターゲットとするのは、多種多様な惑星はどのようにして生まれたのか、そして生命の源となるような複雑な有機分子はどこで生まれたのか、この二つだ。
「1970年代には電波望遠鏡による星間分子の本格的な観測が始まり、1980年代には日本の野辺山に直径45メートルの電波望遠鏡ができました。21世紀になると『はやぶさ』が、そして『はやぶさ2』が小惑星を探査し、そしてチリのアタカマ砂漠には、昆虫の複眼のように66台もの電波望遠鏡からなる巨大なアルマ望遠鏡ができました。そんなふうに宇宙を見る人類の『視力』が技術革新によって飛躍的によくなると、太陽系から遠く離れた宇宙で新しく惑星が形成されている現場を詳細に観測できるようになり、そこに存在する水や有機分子なども分析できるようになりつつあります。そういった背景から生まれたのが『アストロケミストリー』なのです」
天文学はアストロノミー、化学はケミストリー。つまり、アストロケミストリーとは宇宙空間に存在する物質の起源やその振る舞い、進化について化学的に探査、解明することを目指すもの。用語として広く使われるようになったのは、比較的最近のことだ。
「アルマ望遠鏡が2011年に観測を開始したことで、いわば星の赤ちゃんを取り囲むガスと塵である原始惑星系円盤と、そこに存在する有機分子を詳細に観測できるようになってきました。水や有機分子が宇宙空間でどんなふうに化学進化していくのか、それらの分子が地球にやってきたのはいつか、そしてそれは生命誕生にどうつながっていくのか。それが私の解明したいことです。子どものころの私は社会の授業が好きで、なかでも歴史にとても興味があったのですが、気がつくと、考古学とかもすっ飛ばして、惑星誕生というとんでもないほどはるか昔の歴史の研究になってしまいました(笑)」
“ホットジュピター”の謎
太陽系では、太陽に近い内側に地球のような岩石を主体とした惑星があり、その外側に木星と土星という巨大ガス惑星がある。そしてさらに外側にあるのが天王星、海王星という巨大氷惑星である。なぜこのような形に惑星は並んでいるのか。
「実はこの分野は日本が強く、1980年代に京都大学の林忠四郎先生を中心としたグループの研究による『京都モデル』が標準となっています。誕生直後の星の回りに99%のガスと1%の塵からなる原始惑星系円盤ができ、その円盤の中で惑星ができていったというものですが、このとき、円盤の内側のほう(星に近いほう)は温度が高いので水は気体になってしまい、そのために岩石からなるダスト(塵)が合体成長して微惑星を作り、その後衝突合体を繰り返して最終的に地球のような惑星ができる。一方で、外側のほうでは水が岩石のように凍ることで、岩石と氷からなるより大きな原始惑星ができる。すると重力でまわりのガスを集めてどんどん太っていき、木星のような巨大ガス惑星ができる。さらに外側の天王星などの巨大氷惑星は、太陽から遠いために原始惑星の成長に時間がかかり、円盤のガスがなくなるまでに太ることができなかったもの。そういったシナリオが京都モデルです」
“地球のような岩石惑星の形成領域と、木星のような巨大ガス惑星の形成領域の境界のことをスノーラインと呼ぶ。つまりこのスノーラインの内側と外側とで惑星のでき方が違ってくることを数式なども用いて明らかにしたのが京都モデルだ。だが、これを揺るがすような大事件が起きたのである。
「1995年、太陽以外の恒星の周りで初めて惑星 (太陽系外惑星) が見つかりました。それは太陽系で言えば水星より内側の、中心星にとても近い位置にあったのですが、実はこれが巨大ガス惑星だったのです。そのためにホットジュピターと呼ばれることになったのですが、これは従来の京都モデルでは説明できないものでした。京都モデルでは、大きなガス惑星は円盤の外側のほうで作られなくてはならないのですから」
これがきっかけとなり、多様な太陽系外惑星の分布・構造も説明できるより一般的な惑星形成モデルに拡張するための理論研究が始まり、それが観測された原始惑星系円盤の特徴と一致しているかどうかといった、理論と観測との両面からの研究が積極的におこなわれるようになる。同時に、可視光や近赤外線望遠鏡の観測で太陽系から遠く離れた宇宙に存在する太陽系外惑星の発見も進み、いまではなんとおよそ6,000個もの惑星が見つかっているのだ。それにしても、何十光年も、何百光年も離れた宇宙空間に浮かぶちっぽけな惑星を見つけるなんて、いったいどうやったら可能なのだろうか?
「一つはドップラー法という手法を用います。惑星にも重力がありますので、惑星が回ると中心星(恒星)もわずかに動きます。このときに中心星から出るスペクトル線(原子や分子が出す、特定の波長でのみ強度が変化する明るい線や暗い線)の波長がドップラー効果によって微妙にズレていきます。そのズレは速度で言うとわずか毎秒数メートルから数十メートルほどなのですが、それを観測で調べることでそこに惑星があるかどうか推定するわけです。最近よく使われるのはトランジット法で、公転している惑星が中心星の前を通るときに星の光がわずかに暗くなる。この現象を観測することで惑星の存在の有無だけでなく、その半径や大気の組成なども知ることができるのです」
しかし、なんと驚異的な天文学の「視力」なのだろうか!!
オリオン座V883星は惑星形成の現場
アルマ望遠鏡ではそれ以前の電波望遠鏡と比べ、およそ100倍ほども解像度が向上し、原始惑星系円盤の観測でも中心が明るく外側は暗いということがわかる程度だったのが、いまでは誕生した巨大ガス惑星が円盤内に作るギャップ (溝)や、巨大ガス惑星の周りにできる円盤といった構造までわかるようになった。野津は「惑星形成の現場が見えるようになった」と言う。半導体の技術革新は微弱な電波も波長方向に細かく見ることを可能にし、惑星形成の現場にあるダストやガスの温度、量、回転速度、中心星からの位置などを詳しく知ることができるのだ。
「そんなアルマ望遠鏡に観測提案をして、得られたデータをもとに理論モデルを考えたり、こういう観測をしたらこんなことがわかるのではないかというアイデア論文を書いたり、理論モデルと観測を組み合わせるといったことが、私の第一の仕事です。最近では、2030年代の打ち上げを目指す日本の赤外線天文衛星GREX-PLUSや、NASAの遠赤外線宇宙望遠鏡のPRIMA(2032年打ち上げ予定)といった計画に対して、スノーラインの研究についてこんな観測をしたいといった提案もしています」
野津が研究対象とする「惑星形成の現場」は、地球からおよそ100光年から数千光年離れたところにまで及ぶ。たとえばオリオン座分子雲は地球からおよそ1,300光年の距離にあり、アルマ望遠鏡の観測でここにたくさんの原始惑星系円盤が見つかっている。なお、分子雲とは、宇宙空間に漂う分子ガスやダストが集まってできた非常に冷たい巨大な雲のようなもののことだ。
「いま注目されている天体の一つはオリオン座V883星で、若い星のまわりにできたてホヤホヤのガスとダストの円盤があり、そこは円盤の外側からガスとダストが降り注いでいる惑星形成の現場です。このオリオン座V883星から届く光をアルマ望遠鏡で観測することで、普通は太陽と地球の距離の数倍から10倍程度の位置にあるスノーラインが、ここでは80倍も遠くにあることもわかってきました。中心の原始星が急激に明るくなることで周囲の円盤の温度が上がって氷が昇華し、スノーラインが外側へ移動したのです。その結果、多量の⽔や有機分⼦が氷表面からガス中に出てきていることもわかりました」
生命誕生の材料物質はどこからやって来た?
オリオン座V883星のアルマ望遠鏡による観測では、メタノール、アセトアルデヒド、ギ酸メチルなどの多くの有機分子がそこで発見されている。これらの複雑な有機分子へと至る進化のシナリオを野津はこう考える。
「分子雲の中に多量に存在する一酸化炭素(CO)がダスト表面に凍結し、水素原子が付加する反応が起き、まずホルムアルデヒドやメタノールができる。その分子雲から原始惑星系円盤ができると徐々に温度が上がっていきます。その環境内でダストが合体成長し、円盤の構造が成長するとともに、さらなる化学反応が促進されてアセトアルデヒドやギ酸メチルといった複雑な有機分子ができていったのではないか。こういった化学反応の過程は、北海道大学の研究グループなどを中心に研究されてきた歴史があり、協力して研究を進めていくことがとても重要です」
2014年、ヨーロッパの探査機ロゼッタが太陽系内を周回するチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の彗星核に着陸し、その物質構成と構造を調べることに成功した。この彗星の有機分子量とオリオン座V883星のそれを比較してみると、とてもよく似ていることがわかったのである。しかも、この彗星では生命に関係するアミノ酸であるグリシンも見つかったのだ。
「惑星形成の現場での有機分子の化学進化についての情報は、そのまま彗星に引き継がれていたということなのです。太陽系の起源を探るための物質の研究と、原始惑星系円盤の研究はしっかりとつながっていると確信しました」
惑星形成についてダイナミックな理論モデル研究をしながら、同時に惑星形成現場に存在する分子のスペクトル線を多くの円盤で観測し、調べていく。そういった地道な作業がゴールに到達するには必須だと野津は言う。
「生命誕生の材料物質となるものが、原始惑星系円盤の中でどこまで作られるのか。そして、それが最終的に地球に届くのは隕石によってなのか、それとも地球誕生の時に一緒に取り込まれるのか。すべてを完全に明らかにするのは簡単ではないですが、アルマ望遠鏡観測などによる研究の進展で、その謎は一歩ずつ明らかになっていくと確信しています」
謎の解明には、理論、観測だけでなく分析、実験、探査といった異なる領域の研究者の方々とも議論を交えたり、さまざまに教えを請うことが大事と野津は言う。
「アストロケミストリーは天文学の中でも異なる研究分野との連携が欠かせないものでもあり、まだまだわかっていないことも必要とされる知識も多く、そのぶん日々勉強を続けなければなりません。でも、むしろそれは研究者としては楽しいことでもあり、いろいろな分野の人と連携して研究をするからこその面白さはぜひ強調したいです」
オランダでのポスドク生活──研究と文化体験
野津が研究者になろうと思ったきっかけの一つが、高校生の時に参加した日本とイギリスの高校生たちによる共同科学研究体験のプログラムだった。
「1週間、イギリスの高校生と一緒に講義を受けたり、実験をしたりするのですが、使われる言葉はぜんぶ英語でした。授業で学ぶものにすぎなかった英語を使って勉強や研究をすることに驚き、そして研究者という職業は英語を使って海外で仕事ができるのかと、あこがれのようなものが芽生えました」
海外での研究者生活のチャンスは、博士号を取得してすぐに訪れる。オランダのライデン大学での海外特別研究員として1年間の仕事につくことができたのだ。ライデン大学は1575年に設立されたオランダ最古の大学である。
「実はオランダは、惑星形成研究やアストロケミストリー研究の分野において、ヨーロッパでの一大拠点になっています。そのため、世界各国の優秀な研究者が毎週のように議論をしにやって来ていました。そんな恵まれた環境の中、多くの研究者の方々と知り合いになれ、その後も共同研究をさせていただき、とてもよかったと思います。研究室合宿のオランダ版みたいなものも体験できて、それもすごく楽しかったです。研究者同士の横のつながりもとてもフランクでした」
とくに研究グループの院生の博士学位論文の公聴会に参加したときは、それが荘重な儀式のようだったことに感銘を受けたという。
「日本と違って審査は事前に終わっていて、大学本部にある、15世紀に修道院として建てられた建物で行われる最後の公聴会はほぼ式典なので、審査を受ける学生はモーニングに蝶ネクタイという正装です。先生たちも皆、ハリー・ポッターの映画に出てくるようなローブを着ています。質疑応答が終わると、まさに魔法使いみたいな伝統的な服装をした儀官と呼ばれる方が入ってきて審査する先生たちを退場させます。するとこんどは巻物のようなものを持った先生たちが部屋に戻ってきて、『汝に博士号を授与する』といった古めかしい文章を読み上げます。歴史好きの私にとっては、たまらない経験でした(笑)。海外でのポスドク生活は大変な面もありますが、研究の幅が広がるだけでなく、異なる文化を体験できる点でも、ぜひおすすめしたいです」
高校時代は陸上競技部で5,000メートル・3,000メートル障害の選手だった野津。オランダでも同僚たちとはスポーツの話題で楽しくコミュニケーションができたという。そんな野津が、これから研究者を目指そうという若者たちに、こんなアドバイスを話してくれた。
「皆さんはこれからいろいろな経験をすると思いますが、その一つ一つをしっかり楽しんでほしいです。本を読むこともそうかもしれないし、部活もそうかもしれません。必ずしもそれが将来の進路に直接つながるとは限りませんが、目の前のことを全力で楽しみ、何か自分の気持ちに引っかかるものがあればそのつど深く調べてみるとよいと思います。それが将来、進路を考える時に役に立つ財産になるはずですから。
※2025年取材時
取材・文/太田 穣
写真/貝塚 純一


