北極や南極の上空では、特定季節にある条件下で、虹色の雲が輝く。
それは、オゾンホールの形成や気候変動の指標にもなりうるものだった――
大気物理学は、大気の構造や運動、大気中で起こる諸現象を、物理的手法によって解明する学問分野である。日々の天気予報も、大気物理学や気象学の賜物のひとつだ。
気象現象のなかで、目に見えて分かりやすいものの一つが雲だろう。高麗助教は、北極・南極の極域の成層圏にできる「極成層圏雲」について研究している。
「私たちが普段目にするのは、大気の最下層である対流圏の雲です。対流圏は海に近いため水蒸気量が多く、雲ができやすい。雲ができたり雨が降ったりという気象現象のほとんどは、対流圏内で起こります。一方、対流圏の上にある成層圏では、水蒸気量が対流圏の100分の1以下で、雲はほとんどできません。しかし冬季の極域は極夜となり、成層圏はマイナス80℃以下に冷えます。わずかな水蒸気も相変化して雲粒が形成され、極成層圏雲ができます」
淡い虹色に輝く様子から「真珠母(しんじゅぼ)雲(うん)」とも呼ばれる美しい極成層圏雲は、オゾン層破壊に深く関わる。フロン等の人為起源の塩素化合物が対流圏で放出されると、熱帯の上空から成層圏に入って両極に運ばれ、その間に安定な化合物(レザボア)に変化する。このままなら問題ないのだが、極成層圏雲が存在すると、レザボアが雲粒の表面で化学反応を起こし、塩素分子が生成される。春季に日光が当たると、塩素分子が光化学反応によって一酸化塩素となり、これが触媒となって成層圏オゾンが壊されオゾンホールが形成されるのだ。
「フロンの排出規制等の対策が進み、南極上空のオゾンホールは縮小傾向にあります。今後、問題の最終解決へ向けてオゾンホールの将来予測や季節予測等を行うには、極成層圏雲が出現するメカニズムを正確に理解することが必要です。私は博士課程のときに、人工衛星のデータを元にして南極域の大気の力学的研究を行いました。その結果、南極上空の対流圏で起こるブロッキング高気圧という気象現象が、極成層圏雲出現の要因となることを突き止めました」
高麗助教は、成層圏よりさらに上空の中間圏に出現する「極中間圏雲」の研究にも取り組む。極域の夏季に出現するこの雲は、対流圏で起こる気候変動やCO2の量の指標になると考えられ、注目を集めている。
気象学においては、観測データとコンピュータ・シミュレーションが大きな武器になるが、高麗助教は、南極地域観測隊の越冬隊員を1年半ほど務めた経験を持つ。昭和基地に設置されている南極大気大型レーダーの運用支援のほか、気球を使って高層大気の気温や湿度などを観測した。
「研究者が利用している大気のデータを取得するため、どれだけ多くの人が知恵を絞り、汗を流してきたのか。それを実感できたことが、今も糧になっています」
大気や気象と向き合う高麗助教の研究のモチベーションは「理学の心」にある。
「大気の諸現象や大気の力学の“本質”を見極めたいと思っています。大気や気象という現象を簡単化・モデル化して、その本質を理解することが理学的だと感じます。研究で得られた知見が、日々の天気予報や気候変動の解明に役立つことも研究を進める原動力になっています」
※2020年理学部パンフレット(2019年取材時)
文/萱原正嗣、写真/貝塚純一