オリンピアンとは、オリンピック出場選手のことだ。理学部・理学系研究科には、国際生物学オリンピックに出場し、メダリストになった学生が集まっている。
◎生物だけでなく、化学も物理も
――まずは自己紹介からお願いします。
大塚 生物学科から生物科学専攻に進み、塚谷先生の発生進化研究室で植物の研究をしています。葉っぱが光の方を向くときに、ねじれ運動をします。そのメカニズムを研究しています。
栗原 生物情報科学科から生物科学専攻に進み、岩崎研究室でヘビの左右非対称性について調べています。岩崎研のテーマはバイオインフォマティクス(生物情報科学)です。テーマは学生がかなり自由に選べます。私はヘビが大好きなので(笑)。
三上 僕も栗原さんと同じルートで研究室も同じです。進化のメカニズムに興味って、コンピュータを使って生物の形態がどう進化してきたかを解析しています。僕は化石が大好きなので、化石も生物の形態解析の題材にしています。
依田 生物学科から生物科学専攻に進んで、今は上村研究室所属です。上村研の正式名は「1分子遺伝学研究室」。1分子や1細胞の挙動を、顕微鏡などの計測技術を使って調べるのが大きなテーマです。僕は免疫細胞の振る舞いを研究しています。
――みなさんオリンピックに出られたのはいつですか?
三上 2010年の韓国(第21回)は栗原さんと、次の台湾(第22回)は大塚くんと一緒に出ました。2人は金メダルでしたが、僕は2回連続で銀メダル……。悔しい!
依田 僕は2012年のシンガポール(第23回)、僕も銀メダルです。このときはアジアでの開催が続きました。2009年の第20回大会は筑波での開催でした。
大塚 2020年は長崎での開催が決まっています。東京オリンピック・パラリンピックと同じ年に、生物学オリンピックも日本で開催されます。栗原さんは、国際化学オリンピックにも出てたよね。たしか物理も国際大会の候補までいったんじゃなかった?
栗原 2011年にトルコで開催された国際化学オリンピックに出ました。こっちは銀メダルでした。物理も国内の最終選考まで残りましたが、化学と最終選考日程が重なって、化学の方を選びました。
――何でもできちゃうんですね。すごい。
◎世界の高校生と競い、親睦を深める
――あらためて伺いますが、国際生物学オリンピックってどんな大会なのですか?
大塚 世界から生物好きの高校生が集まって、生物学の理論と実験技術を競い合います。動物・植物・分子生物学・生態学と生物学全般から幅広く出題されます。
三上 実験では実技の良し悪しのほか、計画を立てて効率的に進められるかや、実験結果をどう考察するかも評価されます。クモやカエルを解剖したり、植物と昆虫の標本を分類したり、分子生物学の実験をしたり……。広い知識と技術が問われます。
――大会の参加国や人数は……?
栗原 韓国大会には、58の国と地域 が参加しました。国際大会に参加できるのは一つの国と地域から4名。最近は参加国・地域がさらに増えて70近く、250名を超える高校生が一同に集まります 。各国・地域ごとに引率の先生がいらっしゃるので、かなり大規模になります。
三上 国際大会に出るには、地域ごとに行われる予選と、本選・代表選抜試験の3段階の国内予選があります。僕らが高校生だった2010年前後の受験者数は2,000名超。毎年受験者が増えていて、今では3,500名ぐらいになっているみたいです。
――国際大会の問題は英語ですか?
依田 元の問題は英語ですが、各国語に翻訳され、回答は記号で選ぶなど言語によらないように工夫されています。英語力の差が成績に影響しないようにするためです。
――国際大会に出場して、得たこと・感じたことを教えてください。
三上 オリンピックのもうひとつの大きな趣旨は、同世代の科学を志す高校生どうしの交流をつくることです。国内大会で4日間、国際大会だと10日間ぐらいあるので交流が生まれます。特に国際大会だと問題を翻訳するのに時間がかかるので、その間に生徒は観光に行き、夜にはトランプやゲームで遊んで親睦を深めました。
栗原 いっぱい遊んだよね。化学オリンピックでもたくさん遊びました。
依田 拙いながら英語で一緒に遊んだのが楽しい思い出です。でも、もっと英語で喋れたらなと痛感しました。アジアを含めてノンネイティブの人たちもみんな喋れて「やばい!」と思いました。
◎メダリストたちは、なぜ東大理学部へ
――国際大会で、世界トップクラスの高校生たちと触れ合った印象は?
栗原 国際大会というよりもむしろ、国内大会でレベルの高さを感じました。私は北海道出身で(北海道札幌西高校)、地方でサイエンスを趣味にしていると深く話せる人が周りに全然いなくて孤独を味わってました(笑)。予選通過者80人が本選で東京に集まったときに、「生物の話をできる人がこんなにいる!」という感激と、「自分より生物に詳しい人がいる」ことの驚きの両方がありました。
大塚 同類を見つけた嬉しさみたいなものだよね。僕は千葉の県立船橋高校出身で、三上くんのラ・サールや依田くんの筑波大附属駒場高校、開成みたいな名門校に通っている人たちは手の届かない人たちだと思っていたんですけど……。
三上 実際はそうでもなかった?(笑)
大塚 そう言うと語弊がありますが、同じ高校生なんだと思えたのはすごく大きかったと思います。東大を目指そうと思ったのも生物オリンピックがきっかけですし。
――その話の流れで、みなさんが東大を目指された理由を教えてください。世界の同年代を間近で見て、海外を目指す選択肢もありえたと思うのですが……。
依田 たしかに、オリンピックに出た人が留学するのはよくある流れです。一緒にシンガポール大会に出場した同期3人のうち、2人は海外の大学に行きました。特に米国の大学は入学審査で課外活動を重視するので、オリンピックのメダルは大きい。僕も留学を考えましたが、英語力を含めて準備不足で断念しました。基礎研究志望だったので、国内で行くなら東大だろうと。
三上 僕も生物の基礎研究志望でしたが、周りに同類がほとんどいなくて、僕も孤独を感じていました(笑)。ラ・サールから東大に行く人自体は多いんですが、理系だと工学部か医学部志望の人が多くて研究者志望の人は少ない。オリンピックを通じて同じ生物学好きの友達ができたのはかけがえのない財産です。大学を選ぶ際には、「オリンピックで仲良くなった人たちと一緒に生物学を学びたい」を一番に考え、それなら東大だと。進振りで生物情報科学科を選んだのは、コンピュータが好きで趣味でプログラミングをやっていたのと、これからの時代、コンピュータを使いこなせた方が絶対いいと思ってのことです。オリンピックの準備で生物学の基礎はかなり勉強していたので、別のアプローチも身に着けておきたい気持ちもありました。
大塚 留学はまったく考えませんでしたが、研究者になりたい思いは当時からありました。進路についていろんな人に相談したら、「それなら東大に行っておいた方がいい」と。オリンピックの推薦で行ける大学もありましたが、オリンピックで同級生から刺激を受けたこともあり、半ば浪人覚悟で東大を目指しました。生物系の学部・学科をいろいろ見たうえで、自分と雰囲気が合いそうな生物学科に決めました。
栗原 私もオリンピックに出るまでは、地元の大学に進学するつもりでした。オリンピックで日本と世界の同年代と触れ合って、自分の視野の狭さに気付きました。生物だけでなく、化学や物理のオリンピックの先輩たちが東大にたくさんいると聞き、それなら東大に行って東京ライフを満喫してみようと(笑)。生物が好きだったし、プログラミングを深く学べるのが魅力で生物情報科学科を選びました。
◎「研究者なら東大」を実感する日々
――授業や研究を通じてどんなことを感じていますか?
栗原 駒場の1・2年でベースになる学問を体系的に学べるところがいいですね。学科を決めて研究が始まると、専門以外のことに時間を割けなくなってしまうので。素晴らしいシステムだと思います。
大塚 大学院で本格的に研究を始めてから、「研究者なら東大」の意味を噛み締めています。研究費に恵まれているので研究設備や日々の実習が充実していますし、先生方も研究者を育てるつもりで接してくださいます。周りに研究者志望の人が多いのも励みになります。学会やサマースクールなどで他大学の人と話すと、自分がいかに恵まれた環境にいるかを強く感じます。理学部は他の学科の授業も単位に認められるので、その点もよかったなと思います。
三上 オリンピックでつながった友人たちと、今も仲良くできているのが嬉しい限りです。今では互いの研究について語り合い、刺激を与え合える関係を築けています。生物情報科学科のカリキュラムは、情報科学科と生物化学科のいいとこどりで充実の内容でした。情報系の授業は情報科学科、生物系の授業は生物化学科の人たちと一緒に受けます。情報系の授業では、課題が一見つまらなそうに感じましたが、解いていくと必要なことがきちんと身につくようにできている。すごい授業を受けさせてもらっているなと思いました。
依田 今は顕微鏡で1分子や1細胞を見ていますが、生物学科で個体レベルの生物にたくさん触れる機会があったのは貴重な体験でした。個体レベルの解剖実験をしたり、臨海実習やフィールドワークに連れて行ってもらえたり……。学科では、多階層にわたる生物学をくまなく学ぶことができました。
◎進む分野融合求められる広い知識
――今後の進路の見通しを教えてください。
三上 僕は断然、研究者です。進化のメカニズムに迫っていきたいです。
大塚 僕も研究者志望ですが、分野は必ずしも生物学ではないかもしれません……。
――どういうことでしょうか?
大塚 僕がそもそも研究を志したのは、「分からなかったことが分かる」ことが楽しいからです。日々の研究は充実していますが、そこから分かることには限りがあります。葉っぱがねじれるメカニズムが分かるのも新しい発見ですが、それで世界の見え方がガラリと変わるわけではない。それよりも、たとえば哲学的なアプローチで世界の見方そのものを変えられるかもしれない。そんなことも考え始めています。博士課程で見習いとして研究に取り組むうち、野望が大 きくなってしまったということです(笑)。
栗原 私は修士を終えたら就職します。生き物は大好きですが、研究対象とするよりも、仕事をしつつ生き物を飼うほうが自分に向いているなと。就職先はIT企業です。研究で使っていた分析手法のノウハウを活かしていきたいと思っています。
依田 僕は博士号までは取ろうと考えています。アカデミアで基礎研究者になりたい思いはありますが、どの分野でどういう研究者を目指すのか、具体的なところはまだこれからです。
――就職は考えませんでしたか?
依田 社会勉強も兼ねてインターンに行ったりはしました。知りもせずに選択肢から排除するのは違うなと。いくつか会社をまわって、自分はやっぱり研究者だなと気持ちを固めました。
――最後に、これから進路選択を控えた学生さんにメッセージを。
栗原 数学と物理の基礎は駒場できちんと身に付けておくべきですね。どちらも時間をかけないと勉強できないので。
大塚 同感です。生物は数学が要らないと誤解されがちですが、実際には使う場面が多いので、食わず嫌いせず勉強しておくべきです。たとえば線形代数。非常に抽象的で、これが何の役に立つのかと思っていましたが、微分方程式を解くために線形代数を使う必要があったり、統計の教科書が線形代数の言葉で書かれていたり……。生物が好きだからと生物しか勉強していないと後で大変な目に遭うはずです。
三上 僕も同感です。今は分野融合も進んでいますし、自分の研究に関係しそうな分野を幅広く勉強しておくのがいいのかなと。
依田 英語も重要ですね。絶対に、早いうちからやっておいた方がいい。あとは、自分の思い込みで選択肢を狭めてしまわないことですね。博士に進もうと思っていた僕が就職活動もしてみたように。選択肢を全部並べて選ぶと、自分の選択により責任を持てるはずです。
――どうもありがとうございました。
※2019年理学部パンフレット(2018年取材時)
文/萱原正嗣、写真/貝塚純一