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学生たちの声

一瞬の動きを凍らせて
― チャネルロドプシンが「開く瞬間」をとらえる―

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生物科学専攻 修士課程1年

おばた はな

尾幡 華奈

TO

シェフィールド大学

イギリス

科学へとつながった、ちょっと不思議な入り口

私の両親はどちらも文系分野に関わってきましたが、中学生のとき、化学の授業で「イオン」という存在を知って、なぜか強く心を惹かれました。

今思い返してみると、理科への興味はもっと前、小学生の頃からすでにあったように思います。形は少し違っていましたが。

そのきっかけの一つが、探偵小説でした。物語の中では、犯人が毒を使う場面がよく出てきますよね。その毒の種類の多さに毎回驚き、「どうしてこんな作用が起こるのだろう」「体の中では何が起きているのだろう」と考えるうちに、仕組みそのものに興味を持つようになりました。そして、物質が人の体とどのように関わるのかにも惹かれていきました。

ここで私が感じたのが、化学と生物学の違いです。化学は、反応そのものや物質自体に注目する学問です。一方で生物学は、DNAや細胞、さらには人の体といった「相手」との関係性に目を向けます。

私は、安定して止まっているものよりも、変化し、動き続けるものを調べる方がずっと面白いと感じました。そうして、化学ではなく生物学を選びました。

この選択は、大学に入ってからより確かなものになりました。学部1年生のときに履修した構造生物学の授業(今の私の専門分野です)で、あるタンパク質の生物学的な仕組みが紹介され、その精密さにすっかり魅了されました。

「将来、10億分の1メートル(オングストローム) という原子分解能の世界で、タンパク質の仕組みを解き明かせるようになるのだろうか」と思ったのを覚えています。

しかし、学部生として研究できた期間は1年しかなく、正直それでは足りませんでした。そんなとき、両親や指導教員、研究室の仲間たちが大学院進学を勧めてくれました。思い切ってその一歩を踏み出せたことを、今は本当によかったと思っています。そして、これまで支えてくれたすべての人に感謝しています。

細胞の「ドア」はどうやって開く?

構造生物学は、タンパク質やDNAといった生体分子の立体構造を明らかにし、「どうやって働いているのか」を理解しようとする分野です。

現在、私はチャネルロドプシンというタンパク質を研究しています。名前のとおり、これは細胞膜に存在するイオンチャネルです。

チャネルロドプシンの大きな特徴の一つは、光を当てるとチャネルが開くことです。タンパク質に光を当てると構造が変化し、イオン濃度の高い側から低い側へと、イオンが通れるようになります。もしチャネルロドプシンの構造をオングストローム(10億分の1メートル)レベルで明らかにできれば、「どの部分が、どのようにして開く動きを生み出しているのか」を理解することができます。

チャネルロドプシンは、すでに神経科学などの分野で使われていますが、エネルギー効率やイオンの通りやすさ、選択性など、まだ改善できる点もたくさんあります。構造を理解することは、より使いやすい分子を設計するための土台になるのです。

チャネルロドプシンの「その瞬間」をとらえる

私がこの研究対象を選んだのは、ある意味で偶然でした。構造生物学の講義で私の興味をかき立ててくれた教授が、ちょうどチャネルロドプシンを研究していたのです。

私はすでに、いくつかのチャネルロドプシンについて「閉じた状態」の構造を明らかにしてきましたが、さらに自分に新たな挑戦を課しました。それが、「開いた状態」の構造を解明することです。

しかし、これは想像以上に難しい課題でした。

というのも、チャネルロドプシンの動作はきわめて高速だからです。閉じた状態から開いた状態へと移行するまでにかかる時間は、およそ50マイクロ秒(100万分の1秒)しかありません。さらに、光照射を受けると、開いた状態からわずか10ミリ秒(1000分の1秒)以内に再び閉じてしまいます。そのため、いわば「動作の瞬間」を捉えることが非常に難しいのです。このことが、これまでに構造が決定されてきた多くのチャネルロドプシンが、主に閉じた状態の構造に限られている理由でもあります。

しかし私は、機能の本質を理解するためには、開いた状態の解明こそがより重要だと考えています。もしこの課題を達成できれば、このタイプのチャネルロドプシンが実際にどのように機能しているのか、その理解に大きく貢献できるはずです。

タンパク質の動きを「凍らせる」

幸いなことに、研究の手順自体はすでにある程度確立されています。まず、研究対象となるタンパク質のDNA配列(コンストラクト)*を用意します。現在では、さまざまな種類のDNA配列に関する情報がオンライン上に豊富にあり、必要な配列をインターネット上で注文することも可能です。
*研究目的のために人が設計したDNAの組み合わせ

次に、そのDNAをヒト腎臓由来の細胞などに導入し、細胞をタンパク質の「工場」として使います。細胞がうまく目的のタンパク質を作ってくれないこともあるので、その場合はDNAの情報を少し切り貼りして、作りやすい形に調整します。

こうして細胞がタンパク質を作り出した後、それを精製し、専用のグリッドと呼ばれる支持体の上に載せます。タンパク質の構造データの取得には、主に クライオ電子顕微鏡(cryo-EM)*を用いています。本郷キャンパスには、こうした装置が複数設置されています。
*生体分子を急速凍結し、低温下で電子線を用いて観察する構造解析手法です。結晶化を必要とせず、多数の画像から3次元構造を再構成できる点が特長です。

測定の際には、研究対象に光を照射したうえで、グリッドを100ケルビン以下という極低温まで急速に冷却し、タンパク質の動きを止めます。この方法によって、タンパク質が「開いた状態」の構造を捉えることができるのではないかと期待しています。

ノイズの中から“本物”を見つけ出す

私が集めるデータは、タンパク質の姿をかなり精密に映し出しています。ただし問題は、その中に本来見たい信号(タンパク質)だけでなく、氷やホコリなど、顕微鏡が拾ってしまうノイズも混ざっていることです。

そこで私は、このようなデータを解析するために特別に開発されたソフトウェアを用いています。目標は、密度マップと呼ばれる、タンパク質の密度分布を小さな塊として可視化した立体像を得ることです。

とはいえ、1粒子のタンパク質を観察しただけでは、正しい密度マップは作れません。何度も測定を行い、数万粒子分のシグナルを重ね合わせて強める必要があります 。そうして得られた情報を統合することで、最終的な密度マップが完成します。

私の研究に特有の難しさは、タンパク質の「開いた状態」の構造を決定するためには、データの中に「閉じた状態」と「開いた状態」が混在していてはならない点にあります。そのため、私は可能な限り「開いた状態」のタンパク質だけを選び出すよう、細心の注意を払ってデータを抽出しています。

パンデミックのさなかでの iGEM 活動

実は、光を使った研究に取り組むのは今回が初めてではありません。学部1・2年生のとき、iGEM UTokyoチームに所属していました。iGEMのポスターを見て応募し、幸運にも面接に合格したのがきっかけです。

iGEMのプロジェクトは1年単位で進められ、私が2年生のときのテーマは「光照射」と「バイオセキュリティ」でした。私たちのプロジェクトでは、細胞に光を当てることで読み出せるユニークなコードを作ることを目指しました。

当時はまだ新型コロナウイルス感染症の流行の真っただ中で、同時に研究室に入れる人数が厳しく制限されていました。研究経験がまだ多くなかった私は、まず大量の論文を読み込んで知識を補うところからスタートしました。また、バイオセキュリティ分野の研究者や関係者にインタビューする機会も得ました。

プロジェクトの最後には、チームでパリを訪れ、研究成果を発表しました。

https://igem-utokyo.web.app/ *iGEM UTokyoのHP

シェフィールド大学での留学

昨年、私は交換留学生としてイギリスに留学しました。留学先に選んだのは、イングランド中部にあるシェフィールド大学です。私の周りにはこの大学に留学した人がいなかったため、現地で日本人の交換留学生に出会えたことは意外で、少し心強く感じました。さらに、東京大学から来ていた学生2人とも仲良くなることができました。

交換留学生という立場上、実験を行うことはできませんでしたが、生物学研究で知られる大学で生化学や生物医学の講義を受けられたことは、とても新鮮な経験でした。1学期間を通して滞在したことで、日本と海外の教育・学習スタイルの違いを強く実感しました。東京大学では、生化学や生物物理学の基礎を学んだうえで、教員が自身の研究や最新の研究論文を紹介し、分野全体の流れを理解することに重点が置かれています。一方、シェフィールド大学の講義はディスカッションが中心で、教員が学生に問いかける場面が多くありました。すでに知られている知識について「それはどんな意味を持つのか」を考える良い機会だったと思います。

また、日本では午後に毎日実験実習があったため受講できなかった「倫理」に関する講義も履修しました。東京大学で受講した必修の研究倫理の授業で得た知識を、より広い視点から考え直す貴重な経験になりました。

新しいことに、ためらわないで

正直に言うと、海外に行くことには不安もありました。出発前は、オンライン英会話を受講したり、BBCのポッドキャストを聞いたり、英語の論文を読んだりして準備をしていました。

でも実際に行ってみると、シェフィールド大学は多くの留学生を受け入れている大学で、サポート体制がとても整っていました。講義の録画を字幕付きで見返すことができたため、授業中に聞き取れなかった部分も、後からしっかり理解することができました。

また、現地では本当にたくさんの親切な人たちに出会いました。

新しいことに挑戦するのは勇気がいりますが、実際には多くの人が支えてくれます。うまくいかなかった経験でさえも、私の人生を豊かにしてくれたと感じています。だからこそ、新しいことに挑戦することを恐れないでください。

※2025年取材時
撮影/貝塚 純一
英語取材・文:ベルタ エメシェ
文章は簡潔にするために編集されています。

生物科学専攻 修士課程1年
OBATA Hana
尾幡 華奈
東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 修士課程在学。
特定のチャネルロドプシンにおける開状態の構造解明をテーマとして研究に取り組んでいる。学部1・2年次に iGEM UTokyoチームに所属。
趣味は、読書。推理小説を中心に読んでおり、大学入学後はSF作品にも親しんでいる。
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