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学生たちの声

天然物化学――論理とアートが融合する世界

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化学専攻 修士課程1年

いわざき しょうご

岩崎 星冴

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スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)

スイス

世界中の人を救う「ドクター」に

高校2年生のときに初めて化学を学んで、「なぜ反応が起きるのか」「なぜ色が変わるのか」といった現象を論理的に考えられる面白さに魅了されました。物理や数学も好きでしたが、化学は “変化を目で見られる” という点で格別でした。

もともとは医師を目指して医学部進学を考えていました。大学1年の有機化学の授業で、「なぜその反応がその位置で起きるのか」「起きない場合には何が起こるのか」の丁寧な説明を聴いた瞬間、頭の中で化学反応が “見える“ ような感覚になって。「化学でも人を “治す” ことができる」と気づいたのが転機でした。医師は目の前の患者を救う仕事ですが、薬を開発すれば、世界中のたくさんの人を助けることができる――。そう思って、化学の道を選びました。

芸術としての化学

有機化学は薬づくりの基礎となる分野で、その中でも天然物化学は特に可能性の大きい領域です。天然物化学では、植物や動物などに含まれる化合物を取り出し、それを市販の試薬から人工的に合成します。

最初に「どうやって作れるか」を考えてから、実際に実験で確かめる。その一連の流れが天然物の全合成です。この過程に惹かれたのは、単なる学問というより、新しい作品を生み出す芸術のように感じたからです。高校までの理科では「もう全部わかっている」と思ってしまいがちですが、実際は未知のことだらけ。天然物化学はまさに、論理と創造性の融合なんです。

研究室での挑戦 ―― 速く、手堅く、美しく

マラリア治療薬として知られるアルテミシニンは、1972年に屠呦呦(トゥ・ヨウヨウ)博士が発見し、後にノーベル賞を受賞しました。

私たちの研究室では、その構造をもとに炭素を窒素に置き換えた「6-アザ-アルテミシニン」という化合物を設計し合成しました。この物質は、線維症やがんに対して有望な生物活性を示しています。

しかし、現在の合成ルートでは大量生産に向いていません。将来的に医薬品として利用する可能性を考えると、より効率的でスケールアップ可能な合成法の開発が必要不可欠です。合成の効率を上げるには、「収率(どれだけできるか)・時間(どれくらいかかるか)・廃棄物(どれだけ出るか)」の3つを考慮することも重要です。環境への配慮も求められる時代なので、無駄を減らす工夫も欠かせません。

合成経路設計に宿る「論理」と「美しさ」

6-アザ-アルテミシニンの第一世代合成は4段階でできますが、2段階目の収率が低く、また大量の金属廃棄物が生じてしまうという課題がありました。そこで私は、思い切ってまったく新しいルートを考えることにしました。

合成経路設計には、緻密な論理が求められます。分子模型を作って立体構造を想像し、電子の配置や空間的なぶつかり合いから反応の流れを予測します。最近では、「DFT計算(密度汎関数理論)」というコンピュータ解析を使うことで、理論的な予測の精度が高まりました。でも、同じ分子を作るにも無数のルートがあり、どこで結合を切り、どこで繋ぎ直すかは化学者のセンス次第。そこに芸術の要素があると思います。だからこそ、複雑な天然物を思い描いた通りに合成できた瞬間、その構造の美しさに心が震え、ワクワクが止まらないのだと思います。

紙の上から始まるサイクル

研究はいつも、紙とペンでの設計から始まります。理論的には「こんな副生成物が出るかな」と予測できるけれど、実際の収率や反応時間はやってみないと分かりません。反応条件を決めたら、実験室で必要な試薬や溶媒を用意して実際に実験。反応が終わるまでには、反応の種類によって数時間かかることもあります。その後は生成物を分離・精製して、いろんな分析方法で確認します。

たとえば「薄層クロマトグラフィー(TLC)」では、溶媒が上がっていくと化合物のスポットが現れます。1つだけなら純粋、複数出れば不純物あり。自分の目で「反応がちゃんと起きたか」を確認できるのが楽しいところです。

さらにNMRや質量分析(MS)も使います。NMRでは分子中のプロトンの情報から構造を読み取り、MSでは分子量を測定。集めたデータを整理して議論し、次の実験プランを立てます。

こうして、設計 → 実験 → 分析 → また設計…のサイクルを何度も繰り返していくと、新しい知見がどんどん生まれるんです。この試行錯誤のプロセスが、僕は何より面白いと思っています。

第二世代合成への挑戦

私の研究テーマは、6-アザ-アルテミシニンの第二世代合成です。最初の課題はジアステレオ選択性。同じ原子の組み合わせでも立体構造が違えば性質もまったく変わります。特定の立体構造を選んで合成する必要があって、これは三次元的な立体構造を分子模型やDFT計算を活用し、いくつものパターンを想定して何度も実験を重ねることで克服できました。

もうひとつの課題は、合成ルートの最終ステップ。これが成功すれば、研究として完成します。今は、生物の中で自然に起きる反応を真似たバイオミメティック反応に挑戦中です。生体内での反応は高収率で、しかも必要な試薬が水や空気など環境に優しいものばかり。ラボでそれを再現するのは簡単ではありませんが、「自然と科学のいいとこ取り」を目指して日々実験しています。

世界へ広がる研究の舞台 ―― グローバル・サイエンス・コース

EPFLに留学した際の実験室からの景色の写真 ©岩崎星冴

実は、もともと海外の大学院に進学したいという気持ちがありました。その準備として学部時代に参加したのが、「グローバル・サイエンス・コース(GSC)」です。理学部化学科では講義はすべて英語で行われ、海外からの留学生(インバウンド)と、海外に派遣される学生(アウトバウンド)が一緒に学びます。

このプログラムを通じて、スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のJieping Zhu教授の研究室に留学する機会を得ました。天然物化学の世界的権威のもとで研究できたのは貴重な経験です。スイスで驚いたのは、研究スタイルの違い。チームを超えて議論が盛んで、ランチ中も化学の話で盛り上がる。一方、日本では一人で黙々と研究する人が多く、グループ間の交流はあまりありません。また、スイスでは勤務時間内に集中して研究し、オフの時間はしっかり休むという文化がありました。日本のように長時間働くわけではないけれど、密度が高い。どちらにも良いところがあると思います。

休日に訪れて撮影したマッターホルンの写真 ©岩崎星冴

わたしは研究が大好きなので、スイスと日本、それぞれの良いところを取り入れて、自分らしく研究を続けていきたいと思っています。そして、これからの学生たちにも、グローバル・サイエンス・コースや理学部の他のプログラムに参加して、自分の創造力を発揮し、科学に新しいアイデアを届け続けてほしいと思います。

※2025年取材時
撮影/貝塚 純一
英語取材・文:ベルタ エメシェ
文章は簡潔にするために編集されています。

化学専攻 修士課程1年
IWAZAKI Shogo
岩崎 星冴
6-アザ・アルテミシニンの第2世代合成をテーマに研究に取り組んでいる。
竹中育英会奨学金と理学部学修奨励賞を受賞するなど、その研究姿勢と成果が高く評価されている。
休日は散歩やソフトテニス、バドミントンで体を動かしたり、ギターを弾いて気分転換したりと、アクティブで多彩な趣味の持ち主。
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