2020年12月、近地球型小惑星リュウグウで取得した粒子サンプルを無事地球に帰還させ、世界中を興奮させた「はやぶさ2」。日本の研究チームは、世界に先駆けて初号機「はやぶさ」と合わせ2回、小惑星からのサンプルリターンを成功させました。
惑星にまで成長しなかった小惑星は、45.6億年前に誕生した太陽系初期の物質の性質を残していると考えられています。そのため、2回の着陸で採取されたサンプルは、地球上の水や生命の材料の起源、ひいては太陽系の進化の歴史を知るのに大きなヒントを与えてくれると期待されています。
約10年間、「はやぶさ2」プロジェクトに関わってきた東京大学大学院理学系研究科の杉田精司教授と橘省吾教授は、子どもの頃から、地球や太陽系惑星の成り立ちに純粋な興味があったと話します。そんな二人が世界最先端のプロジェクトにどう貢献をし、これから、何を明らかにしようとしているのか。リュウグウから持ち帰ったサンプルの初期分析が6月から始まったのを機に、お二人に話を聞きました。
石のストーリーに取りつかれて
静岡県出身の杉田先生は、小学校6年のとき、地元の「浜北少年科学クラブ」で初めて「石」のストーリーを聞き、それ以来、ずっと石に取りつかれてきました。近くの高校の地学の先生が週末に開いていた科学教室のフィールド活動で聞いた「石の一生」の話に衝撃を受けたと振り返ります。
石の一生の話とは、火山でマグマが噴出し、固まって石になり、川に流れて砂になり、それが堆積すると砂岩になり、地球の内部に入って変成岩に変身し、また大地の動きで地上に上がってきて外に出て砂になる、という長い年月をかけた一連の変化のこと。その先生は、拾ってきた砂岩を見せながら、「地面というのはそういう悠久の流れで営まれていて、ほら、よく見るとちっちゃな玄武岩のかけらが入ってる。ちょっと見ただけで入っているのが分かる」というふうに話をしてくれたそうです。「それを聞いて、え、そんなことがあるのか、と。自分たちが立っている地面の上というのはただの平らな場所だと思っていたけれども、そんなストーリーがあって、証拠がある、本物だ、と感動しました。今から思い返せば、地球の物質循環の基礎を平易な言葉で教えてもらっていたのですね」
杉田先生はその後、東京大学理学部に進学し、月の地形の進化について数値シミュレーションした論文で修士号を取得した後、米国ブラウン大学に進学。NASAで高速天体衝突シミュレーション装置を使った実験に従事し、博士号を取得します。「はやぶさ2」には東大着任後の2011年から参加し、光学航法カメラ(ONC)という、「はやぶさ2」の「眼」となる重要な機器の開発に携わりました。
「(「はやぶさ2」のカメラは)初号機の「はやぶさ」搭載のものと構造はほとんど同じなのですが、測りに行く小惑星が違うので、どの波長を中心に見るかという細かいスペックを選び直しました」と語る杉田先生。リュウグウは炭素を多く含むC型と呼ばれる小惑星の一つで、反射率が非常に低く、黒っぽい星だということが分かっていました。そのため、観測に必要な性能は圧倒的に厳しくなりました。「打ち上げてから到着する前に、さんざん性能出しの観測をして、感度の分布を徹底的に洗い出しました。そこが作る側で一番苦心したことですね」
7色のバンドに光を分ける機能を持つ望遠カメラと、向きの異なる広角カメラ2つの合計3つで構成されているONC。「性能出し」とは、探査機がすでにリュウグウに向かっている間に、このカメラを遠隔操作して月、火星やその他の星を観測し、どういうスペクトル(光の分布)になっているか調べ、既存のデータに示されたスペクトルとのずれを確認し調整する「校正」と呼ばれる作業のことです。この校正をどこまで精度良く追い込めるかで、観測データの価値は大きく変わります。また、タッチダウン地点選定を行うために使える時間は限られています。リュウグウ到着後に校正をやり直している暇はありません。杉田先生らのチームはこの作業を2014年12月の打ち上げ直後から2018年6月のリュウグウ上空到着の前日まで続けました。
カメラが捉えたリュウグウの地質活動
ONCは「はやぶさ2」をリュウグウに誘導するために使われたほか、リュウグウ到着後の科学観察でも大活躍しました。2018年6月、カメラが近距離で初めて捉えたリュウグウのコマ型でごつごつとした岩に覆われた姿は、多くの研究者と同様に杉田先生を驚かせました。ただ、杉田先生自身の科学者としての興奮はもっと「マニアック」な、リュウグウの表面上のあるクレーターの縁に盛り上がりを確認できたことにあったと話します。
「縁が盛り上がっているクレーターが、小惑星で初めて見つかったんです。重力が小さいので、普通は(何か天体が)ぶつかったら、衝突の破片は飛び散って近くに堆積しないので、縁まで平らなんですね。縁が盛り上がっているのは、破片が堆積して残っている証拠。周囲に堆積を伴うクレーターだと分かると月のクレーターと同じような解析ができます。表面の古いところにクレーターがたくさんあって、そうじゃないところにクレーターが少なくて、というクレーター年代学が成立する。このクレーターの形を見て、リュウグウは進化の歴史を調べられる天体なんだ、との直感が湧いたんです」
クレーターの特徴や他の研究結果から、リュウグウの歴史に関するダイナミックな「ストーリー」が見えてきたと熱く語ります。つまり、リュウグウは、直径約100キロの母天体が壊れて出来た破片が集まったもので、元の母天体は内部でいったん氷が解け水となり、周りの岩石と反応して粘土鉱物のような状態になったと考えられるそうです。このこの粘土鉱物が作られる時かその直後に比較的高い温度まで加熱されて、その時に炭素の反応も進んで真っ黒になったと推定されます。その後、別の天体に衝突されて小さく割れたり、金星や水星に近いところまで行ってまた戻ってきたり、自転速度の増減を経験したりした結果、現在の色の分布と形になったのでは、というのです。
「(その証拠が)おそらくサンプルに入っていますよ。そのかけらが見つかったら大発見です」
そのようなストーリーを証明するために始まるのが、これから1年間かけて行われる試料の「初期分析」です。橘先生は、14ヵ国、109の大学と研究機関に所属する総勢269名の研究者からなる初期分析チームのリーダーとして、全体を統括する重責を担います。
「玉手箱」を開ける
橘先生は、石川県出身。小学生の頃に太陽系の惑星の写真を見ながら絵を描いていて、「惑星は色がいっぱいあって楽しい」と感じ、その色の違いは何から来るのか疑問に思ったことが現在の研究に繋がっていると話します。大阪大学理学部に創設されたばかりの宇宙地球科学科に一期生として入学し、同大学院で博士号取得後、アリゾナ州立大学、東大や北海道大学での研究を経て、2017年に理学系研究科に教授として着任しました。「はやぶさ2」にはプロジェクトが立ち上がる前からサンプル採取機構(サンプラー)開発の理学の責任者として関わり、地球に帰還したカプセルの回収のために豪州にも出かけ、サンプルが入ったコンテナの開封作業にも携わりました。「はやぶさ2」はこれまで、行って帰ってくるという探査の冒険的側面に注目が集まりがちでしたが、これから始まるサンプル分析こそ、地球や太陽系惑星の成り立ちの謎を解くために重要な作業で、今はまさに「玉手箱」を開けた瞬間だと橘先生は強調します。
「リュウグウが何を語るか、というのはまだ本当のところは僕らもわかっていなくて」と話す橘先生。「けれども、水や有機物が含まれていそうだということはわかっていて、地球の海がどこから来たのか、生命の材料が一体どういう状態で運ばれてきたのか、というまだわかっていない問題や、太陽系の成り立ちについて何かしらの情報を与えてくれると思います」
6つの分析チーム
初期分析チームは、6つのチームに分けられ、それぞれ異なる研究対象を様々な手法で分析します。化学分析チームは、リュウグウのサンプルの化学的特徴を調べ、同位体(陽子数は同じだが中性子の数が違うため重さがわずかに異なる元素)を分析する同位体顕微鏡などを使って地球に降り注ぐ隕石の種類との違いや関係を明らかにします。石の物質分析チームは、およそ1㎜以上の物質について、放射光や電子顕微鏡などを使って内部の組織観察などを行います。
砂の物質分析チームは、石より細かい粒子を調べます。リュウグウの表面は太陽からのプラズマや非常に小さな隕石が衝突していると考えられるので、その影響などを分析。揮発性成分分析チームは、水素、窒素、酸素、希ガスなどの揮発性物資を分析します。固体有機物分析チームは、石炭のように真っ黒で、分子構造が複雑な固体有機物に注目し、その構造や分布を明らかにする予定です。そして、可溶性有機物分析チームは、水やアルコールなどに有機分子を溶け込ませ、その中にある分子の構造、種類、数を特定することで、リュウグウの特徴を見出したいとしています。
それぞれのチームは国際チームで、海外の研究メンバーと緊密に連携していて、コロナ禍で来日が難しくなった研究者とは、オンラインで連絡を取りながら研究を進める予定です。
杉田先生も、サンプル分析に関わる予定で、分析から得られる知見に大きな期待を寄せています。日本は米国に宇宙科学研究の予算規模では圧倒されていますが、サンプルリターン探査では世界に先駆けてC型小惑星からサンプルを持ち帰り、優位な立場にあります。
そして、学生にもぜひ、世界水準の仕事をすることの楽しさや醍醐味を味わってほしい、と続けます。
「日本は宇宙科学に限らず全般的に科学研究では世界の最先端のトップランナーのグループにいる。そういうところに入って頑張っていると、本当に世界のトップの人たちと高いレベルの国際交流を含めたやり取りができます。留学生も日本に来てくれて頑張ってくれたらそういう体験ができるので、ぜひ頑張ってほしいと思います」
橘先生は、理学に興味を持つ学生へのメッセージとして、理科以外の科目の重要性も指摘します。
「本当に研究をやろうと思ったら、国語も社会も全部重要で、学校で勉強するもので無駄なものはないと思います。自然を理解しようという地球惑星科学分野の研究者は特に、総合力が重要だと思います。あと、研究は勉強とは違うので、楽しまなきゃ。いかに楽しく続けられるかは大事な要素だと思います」
なお、本記事は、東京大学ホームページ UTokyo FOCUSのFEATURESでも紹介しています。https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/z0508_00025.html
※2021年取材時 文/小竹朝子、写真/貝塚純一