大学に入学する前から、物事の根源にある仕組みを解き明かそうとする物理に興味がありました。高校生のときに、物理オリンピック日本委員会の物理チャレンジに出場したことがきっかけです。駒場では物理に限らず「おもしろそう」と思える授業を幅広くとりましたが、やはり物理がやりたくて物理学科に進みました。
3年生の夏、理学部の学生国際派遣プログラム(SVAP*)を利用して、スイス・ジュネーブにある欧州原子核研究機構(CERN)で2か月間学ぶ機会を得ました。物理を学ぶ人にとってCERNは「聖地」の一つです。高校時代から「いつかそこで研究してみたい」と思っていました。たまたま参加した物理学科のコロキウムで、CERNで研究されているドイツのマックスプランク量子光学研究所の堀正樹氏の講演を聞いて、大変興味を持ちました。すぐに堀氏に相談をしたところ、滞在に快諾してくださり、SVAPに応募しました。滞在先のアポイントがとれれば、訪問先を自分で選べるのSVAPの大きな特徴です。
CERNでは、「反陽子減速器」という世界でもここにしかない施設を用いた反陽子ヘリウムのレーザー分光実験に参加しました。実験の目的は、「CPT対称性」と呼ばれる基本原理の「破れ」を探索することです。翌年の冬にも、理学部の学生海外研究プログラム(UGRASP**)で再度CERNに2か月ほど滞在しました。ちょうど実験のアップグレードの時期にあたり、高強度レーザー装置の開発に参加しました。2度のCERNでの滞在で、実験装置の運用と開発に携わることができました。学部生の段階から、物理学の聖地で、最先端の実験を経験できたことは、研究を目指すモチベーションに繋がりました。
修士課程からは、横山将志教授のもとで、岐阜県飛騨市神岡町にあるスーパーカミオカンデを用いた「陽子崩壊」の探索に取り組んでいます。神岡では、二度のノーベル物理学賞が生まれています。2002年には、小柴昌俊名誉教授が前身のカミオカンデにおける宇宙ニュートリノの観測で、2015年には、梶田隆章教授がスーパーカミオカンデを用いたニュートリノ振動の観測で、それぞれ受賞されています。
そのため、スーパーカミオカンデはニュートリノ観測で有名ですが、陽子崩壊の観測も、実験開始当初からの重要な目的です。素粒子の標準理論では、陽子は安定で崩壊しません。しかし、標準理論は完全ではなく、標準理論を超える新理論が探索されています。その候補である大統一理論において、陽子が別の粒子に崩壊することが予想されています。
とはいえ、陽子崩壊は存在するとしても極めて稀な事象であるため、まだ観測が報告されていません。理論によってさまざまな崩壊形式が提唱されていて、私はそのなかでも、まだほぼ誰も取り組んでいないモードで探索し、前人未到の成果を出したいと考えています。
2020年代後半には、スーパーカミオカンデよりも高感度なハイパーカミオカンデの運転も計画されています。新物理の発見を目指して最先端の研究に挑み続けていきたいと思います。
*Study and Visit Abroad Program
**Undergraduate Research Abroad in Science Program
※2020年理学部パンフレット(2019年取材時)
文/萱原正嗣、写真/貝塚純一