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理学のフロンティア

中性子星のミニチュアを地上に作る

物理学専攻 教授/クォーク・核物理研究機構 機構長

中村 哲

July 1, 2024

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すべては湯川秀樹博士の伝記から始まった

小学生だった中村が、将来は物理学者になるんだと心に決めたのは、たまたま図書館で借りた湯川秀樹の伝記がきっかけだった。

「読んだのは3、4年生のときだと思いますが、陽子と中性子の間で働く力がπ中間子のキャッチボールで起こるということを夢の中で思いついたというエピソードが、とても印象に残りました。この伝記がとても面白くて、湯川博士のような物理学者になりたいと思ったのですね。卒業文集にも書きました、物理学者になりたいと」

そのころからすでに科学が大好きで、なんと、自宅で水素を作っていたという!!

「水酸化ナトリウムを父親が買ってきてくれて、それで家にあったガラスの器の中で模型用のアルミニウムをブクブク溶かして、できた水素ガスを風船にどんどん詰めていきました。でも、せっかく詰めたのに手を離した瞬間、飛んでっちゃいまして(笑)。楽しかったですね」

物理学者へのあこがれは膨らむばかり。高校に入学したときにはすでに「理科一類に入るんだ」と心に決めていたという。

「社会などの他の科目だと答えが曖昧なところがいっぱいあるのに、物理と数学は論理的に考えると答えがユニークに決まるし、考えれば必ず正解にたどり着けるというところが好きだったのです」

そんなふうに一直線に歩みを進めた中村は、まさに湯川博士が切り拓いた地平のさらにその先で「陽子と中性子の間で働く力」だけでなく、フェムトメートル(10の−15乗メートルの単位。陽子の半径が1フェムトメートル弱)のスケールの世界で、さまざまな粒子の間で複雑に絡み合う〝力〟の探究に挑んでいる。

「近代的な原子核物理というのは、原子核だけを対象としているのではありません。それはフェムトメートルのスケールでの多体系の物理なのです。素粒子という1個の粒子の性質を究めるのではなく、粒子が2個以上あるもの、つまり〝多体〟系の物理なのです。粒子が2個になり、3個になり、100個になり、アボガドロ数ほどは大きくはありませんが、そういう多くの粒子の間に働く力、それが湯川先生由来の核力だったり、その核力を拡張したバリオン*力(クォークを含む多体系の間に働く力)だったりするわけです。そういう粒子の組合せの物性を研究するのが、いまの原子核物理なのです」

*バリオンとは、三つのクォークからなる粒子のこと。核子と呼ばれる陽子と中性子、およびラムダ粒子、シグマ粒子、グザイ粒子などがある。

強い相互作用の不思議を解く

宇宙には四つの力がある。強い相互作用(強い力)、弱い相互作用(弱い力)、重力、電磁気力である。中村が取り組んでいる〝力〟は、このうちの強い相互作用である。それは陽子と中性子の間に働いて原子核を安定させる核力であり、そしてその陽子や中性子を構成するクォークを捕まえて結びつける力でもあり、四つの力のうちではもっとも強い力である。

「実は強い相互作用については、その仕組みがまだよくわかっていないのです。重力なら巨視的には相対論があります。電磁気力なら、マクスウェル方程式とか、量子電磁力学などで解明されている。弱い相互作用も電磁気相互作用と統一されてとてもよくわかってきている。でも、強い相互作用には巨視的な理論がなく、微視的にもまだ完全には理解できていないのです」

強い相互作用がなければ原子核は存在しない。つまり、我々も存在しない。それはとても重要な力だ。

「ものの重さなども強い相互作用から作られています。ヒッグス粒子が粒子に質量を与えているとされますが、その部分は1%以下で、たとえば我々の身体なら数100グラムです。残る99%以上は、強い相互作用が複雑な多体系のダイナミクスから作り出している質量なのです。その質量はどうやってできてくるのか。それを知るには2個以上の粒子を、つまり多体系を研究しなければいけません。そこが面白いところでもあり、困難なところでもありますが、私たちは粒子の新しい組合せから新しい発見をし、質量とは何であるかといった根本的な問いに答えることをしたいのです」

強い相互作用での力のふるまいはとても奇妙だ。複数の粒子が原子核の大きさ程度の距離にあれば、それらはひじょうに強い力で引き合う。反対に、それ以上に粒子同士が近づくと、こんどは一転して反発しあう斥力(せきりょく)が働く。粒子間の距離によって引力にもなり、斥力にもなる、この不思議な力のふるまいを、科学はまだ完全に説明することができていないというわけである。

「量子色力学(QCD)という完成された理論によって、エネルギーの高いところ(極めて近い距離)でのふるまいは解くことができます。でも、エネルギーの低いところ(核子の大きさのスケールかそれ以上)は、QCDでは解くことができないのですね。そのため、湯川博士はπ中間子が力を媒介するというモデルを考え、核力の性質を説明したのです。私たちは、湯川博士に由来する核力モデルと、高エネルギーのところでは正しく説明できるQCDという理論とを、どこかでつなぎたいのです。そうすることで、強い相互作用というものがはじめて理解できるようになる。そのために注目しているのが、ストレンジクォークが入っているハイペロンというタイプの粒子なのです」

陽子や中性子はクォークからなるが、そのクォークには6種のタイプがある。陽子や中性子は、アップクォークとダウンクォークの2種から構成されているが、そこに普通は自然界に存在していないストレンジクォークというクォークが含まれたものをハイペロンという。そして、陽子、中性子、ハイペロンの3種の粒子からできている原子核をハイパー原子核と呼ぶ。強い相互作用の謎をめぐる中村の挑戦とは、まずはこのハイパー原子核を作り出し、ブラックホールと同様の極限天体である中性子星のミニチュアを地上で作り出すことにあるという。だが、いったい、なぜ中性子星なのだろう?

中性子星はなぜつぶれない?

中性子星は宇宙でもっとも密度の高い星で、半径がわずか10キロメートルほどなのに、その重さは太陽をしのぎ、1立方センチメートルの質量は2億トン以上もある。つまり、これ以上密度が高くなるとつぶれてブラックホールになってしまうような星なのである。そのため、星全体がまるで一個の原子核のようになっていて、そのほとんどが中性子だとされる。

「中性子星は天体物理、宇宙物理の研究者が、いろんな観測をして巨視的な性質を調べています。中性子星は重くなりすぎると、自重で豆腐みたいにぐちゃっとつぶれてしまうのですが、では、どれくらいの重さまでならつぶれないのか。一昔前は太陽の1.5〜1.6倍までなら大丈夫だろうと言われていたのが、ここ10年くらいのあいだに太陽の2倍の重さの中性子星が見つかりました。要は、私たちが思うよりもずっと、中性子星というのは硬かったのです」

中村は、そんな中性子星の内部には、アップ、ダウンクォーク3つで構成される通常の核子(陽子、中性子)などとは違う、ストレンジクォークを含む粒子であるハイペロンも「自然に湧いてきていて」、ハイパー原子核に似た状態になっているのではないかと考えている。

「中性子星に行って調べるわけにはいかないので、それのミニチュア版であるハイパー原子核を作って中性子星の状態を地上に再現し、その中で働く力を調べ、中性子星がなぜそんなに硬いのか、その理由を探りたいのです」

この「中で働く力」こそが強い相互作用なのである。

「陽子と中性子のバランスが極端に崩れ、中性子だけになっているので中性子星と呼ばれるわけです。もしも、核子2つ(陽子もしくは中性子)とラムダ粒子からなる3体系があって、そこで三つの粒子があることで初めて働くような斥力(反発する力)があれば、その中性子星は硬くなることができます。これまでの知見ではやわらかくなってつぶれてしまうのに、つぶれずにいるのには何らかの硬くするメカニズムがあるはずです。私たちが見落としてきたそのメカニズムの、その有力な候補が、このラムダ粒子を含んだ3体の斥力なのではないかと考えているのです」

ハイパー原子核を作ることの困難

実験はアメリカのジェファーソン研究所(Jefferson Lab)をメインに、ドイツのマインツ大学(Johannes Gutenberg-Universität Mainz)や日本の茨城県東海村のJ-PARC、東北大学の先端量子ビーム科学研究センター(旧 電子光理学研究センター)などの加速器を組み合わせながら行われる。

「実験では、電子を加速器で加速し、その電子ビームを標的にぶつけます。すると電磁相互作用によって、仮想光子が原子核の中の陽子と反応し、ストレンジクォークと反ストレンジクォークを対生成します。陽子の中のアップクォークの1個と反ストレンジクォークはK中間子となって飛び出し、一方のストレンジクォークは原子核の中に残ってラムダ粒子(アップクォーク、ダウンクォーク、ストレンジクォークで構成)になり、ハイパー原子核ができあがるのです」

このハイパー原子核は生成することも難しいが、寿命が短いので観測もまた難しい。それがハイパー原子核の研究を困難にしてきたが、中村たちは散乱された電子の運動量や、出てきたK中間子の運動量を正確に測定することで、ハイパー原子核のエネルギー状態などを精密に知ろうと努力を重ねてきた。そのための特別な検出器を開発、製作するのもまた中村たちの重要な仕事である。なお、検出器には貨物コンテナなどよりずっと巨大な、重さが200トンのものもある。

「一つ作るのに2年くらいかかります。設計も含めたらもっとですね。まずコンピュータ内で検出器をモデル化してシミュレーションをします。たいてい、不都合があるのですが、何度も修正してよい性能を発揮することが確かめられたら、それを実際に作ります。日本でテストして予想通りの性能であれば、分解してアメリカに送り、向こうで組み立てて実験するのです」

そのため、中村研究室の学生たちは頻繁にアメリカやドイツに行っては準備と実験に取り組む。

「加速器にはそれぞれの実験への向き不向きがあるので、そのすべてのタイプの加速器を日本に作るというのは難しいのです。そのため、人間が最適な加速器がある場所に移動するほうが安上がりなのです。だから必然的に国際共同研究となり、世界中に出かけていくことになります。私自身は最近なかなか海外へ行けないので、学生のみなさんに頑張ってもらっています。本当はもっと行きたいのですけど(笑)」

一つ謎がわかると、二つ謎が生まれる

ハイパー原子核の中村たちの探究は、中性子星を対象にしたものにとどまらない。それほど強い相互作用は謎に満ちているということでもある。

「ハイパー原子核のいちばん簡単なものは3体系、つまり3つの粒子からなるシステムなのです。つまり、陽子、中性子、そしてストレンジクォークを含んだラムダ粒子の組合せがもっとも簡単で軽く、これは三重水素ラムダハイパー核と呼ばれています。でも、このいちばん簡単なものの質量と寿命がなぜか同時に理解できていないのです」

この3つの粒子は、不思議なことに、バラバラになる寸前で、かろうじてくっついているのだという。中村の言葉を借りれば、「ブヨブヨの状態」で、粒子としての広がりもひじょうに大きいという。こういうブヨブヨでスカスカの状態であるのなら、このハイパー核の中にあるラムダ粒子は真空中に単独で存在しているときと同じ程度の寿命になるだろうと思われていたが、必ずしもそうは言えず、思っていたよりも寿命が短いかもしれないということが最近わかってきたのだ。

「もしもギューッと三つの粒子が固まっているのであれば、寿命が真空中とは違って短くなってもいいのですが、かろうじてくっついている状態なのになぜ自由なラムダ粒子と寿命が異なるのか、これがまったくわかっていない。寿命の測定と質量の測定のどちらかに問題があるのか、ひょっとしたらどちらも問題があるのか、これについても、いま実験を進めているところで、これはドイツのマインツ大学で行っています」

謎はまだある。

「陽子が中性子に変わり、中性子、中性子、ラムダ粒子という組合せの原子核があるかどうかという問題があります。普通は、こういう電荷をもたない原子核は存在しないと信じられてきたのですが、これを発見したという研究者がドイツにいるのです。理論的にはありえないことなのですが、私たちはこれをジェファーソン研究所でこういう状態を作り出せるかどうか、実験に取り組んでいるところです」

他にも多くの難題に中村は取り組んでいるのだが、つまり、こういうことだと中村が言う。

「もう、わかんないことだらけなのです。だからこそ楽しいのです」

クォーク多体系間に働くバリオン力については、その力の働き方それ自体もよくわかっていないのだという。強い相互作用については、多体系という複数の粒子が複雑にからみあうシステムであることの難しさに加えて、肝心の〝力〟自体がよくわからない。

「二重にわからない。もう、めちゃくちゃ難しいです(笑)。すっきりしない学問と批判する人もいますが、複雑だからと避けていたら、物理は前に進みません。わたしは、多面的に調べ、泥くさい作業を続けながらも、少しずつすこしずつ前進させたいと思っています。とにかく、何かがわかると謎がさらに深まる。謎が一つわかると、謎が二つ、三つと逆に増えていくのです。でも、それが面白いんです」

物理学こそ根本的な学問

現在の夢をたずねると、こんな答えが返ってきた。

「J-PARCのハドロンホールという大きな施設で、多くの研究者たちがハイパー原子核の実験をしているのですが、ここ何年か、そこを拡張しようと議論を続けているのです。新しいビームラインを作って、最高の分解能でハイパー原子核を精密に分光する〝ハイパー核工場〟を作りたいのです。ジェファーソン研究所は人気があって、常にいろいろな研究者たちが列をなして待っています。アメリカでそのつど巨大な検出器を建設するのもたいへんです。それが、日本にハイパー原子核専用の実験施設があれば、いつでもどしどしハイパー原子核が作れます。それが夢の一つですね」

この夏(2024年7月)に設立の、クォーク・核物理研究機構という、東大における原子核関係の研究室が集まった新しい研究組織にも中村は大きな期待を寄せる。オールジャパンで進める原子核研究のコアが東大になることを中村は願っている。

理系を目指す若者たちに向け、中村はこんなメッセージを語ってくれた。

「物理のよいところは、私たちの住んでいるこの宇宙の森羅万象をモデル化して理解しようとしているところだと思うのです。私たちの住んでいる世界を理解するということでは、物理学がもっとも根本的な学問なので、これを究めることによって他の科学もすべて前へ進むはずです。ですから、若い人たちには、ぜひ東大に来て、私たちと一緒に研究をしてもらいたいです」

趣味は温泉旅行だが、最近は多忙ゆえにあまり出かけられていないという。

「やはり研究室を主宰するようになると、研究以外の業務がかなり多くなるのです。ですから、学生たちが純粋に研究に打ち込んで、シミュレーションなどしているのを見ると、羨ましいなと思ってしまうのですよ。学生たちが半田付けして回路を作っているのを見ると、『僕にもやらせてよ』と頼むのですが、最近はやらせてもらえないですね。『もう、向こうに行っててください』とけんもほろろです」

そう言って、中村は楽しそうに笑った。

※2024年取材時
取材・文/太田 穣
写真/貝塚 純一

物理学専攻 教授/クォーク・核物理研究機構 機構長
NAKAMURA Satoshi N.
中村 哲
1995〜2000年、理化学研究所、ミュオン科学研究室/RAL支所研究員。2000〜2014年、 東北大学大学院理学研究科物理学専攻 助教授を経て准教授。2014〜2022年、東北大学大学院理学研究科物理学専攻 教授 (2022年より委嘱教授、名誉教授)。2020〜2022年、東北大学大学院理学研究科 副研究科長(併任)。2022年〜現在、東京大学理学系研究科物理学専攻教授。2024年7月~、東京大学理学系研究科附属クォーク・核物理研究機構機構長。
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