学部生の時に、大学の事務局からのメールで、東京大学のグローバル・サイエンス・コース(GSC*)というプログラムがあることを知りました。GSCは化学のコースが充実していること、日本で勉強することに迷いがあったこと、また生物学への興味もあって、最初は断りました。でも、このことを両親に話すと「東京大学は日本でもトップクラスの大学だから、まずは応募してみたらどうだ」と言ってくれたんです。
家族旅行で日本を訪れたことがあったので、日本がどんなところかは何となく知っていました。でも、休暇での訪問と実際に住むのとでは違います。日本はカナダに比べて伝統に根ざしています。他のGSCの仲間と話していて、彼らは文化や言語に慣れるのに苦労していたのを覚えています。わたしは日本人とのハーフで、栃木県で生まれました。子供のころに言葉や文化に触れる機会があったので、ほかのGSCの仲間よりはずっと楽だったと思います。
GSCは海外の大学の学部3年生が理学部に編入するプログラムです。2年間のプログラムを修了した学生は、東京大学の学士号を取得して卒業します。GSCの新入生は、最初のセメスターの前半に化学の基礎知識を身につけます。二学期から日本人学生との授業が始まりました。最初のうちは日本人学生と話をするのは少し難しいと感じましたが、研究室に入ると、日本での新しい友達も増え、理学部の雰囲気を実感できるようになりました。GSCで良かったと思うことの一つは、セメスターの前半に、化学科のさまざまな研究室をローテーションで回れたことです。どのような研究をしているのかを知り、自身の興味を理解することで、学士論文の研究室選びや、大学院での研究の方向性にとても役立ちました。
GSGCで自分に合った研究を見つける
GSCの最終学年の時に、カナダに戻ることも視野に入れながら進路を検討していました。しかし、研究室の仲間や、多様性のある合田研究室の雰囲気が好きだったことから、理学部の大学院プログラムであるグローバルサイエンス・グラデュエートコース(GSGC**)に進学することにしました。合田圭介教授は、さまざまな国の人が集まることで、研究だけでなく研究室の環境も良くなると考えています。どこにでも最先端の研究がありますが、GSCの経験を通じて惹かれた東京大学を選ぶことにしたんです。
合田研究室では、セレンディピティを可能にする技術としてハイスループット単細胞解析法の開発を行っています。ここ2年は、インテリジェント画像活性細胞選抜法という技術を開発しました。この技術の優れている点は、細胞の形態に応じた細胞の選別をハイスループットに行うことができることです。この技術の応用範囲を広げていきたいと考えており、わたしもそのためのメンバーの一人として取り組んでいます。将来的には、ハイスループット遺伝子スクリーニングにも利用したいと考え、いくつかの研究室とも連携して進めています。このチームの研究は、わたしのバックグランドである生物学に近く、博士課程進学後もこの研究を続けていく予定です。
2020年から起こったコロナウイルス感染症に関するパンデミックは、間違いなくストレスになりました。カナダなら家で家族と一緒に過ごせるはずが、日本ではアパートに一人でいるだけです。両親はもちろん心配していますが、今はインターネットの時代だし、そのおかげでかなり助かっています。ただ、大学での研究はできず、インターネットで論文を読むのが仕事という感じでした。こうして2ヶ月近くキャンパスに入ることができなかったのですが、タイムラインはあまり変わっていません。合田研究室は、ほかの研究室に比べてスペースが広く、オフィスも複数あるので、制限が解除されてからは、各部屋に一定の人数しか入れないようにして、研究を続けています。
修士課程を卒業したあとも、最初はアカデミアでキャリアを積むことを考えていました。周囲では、多くの同級生が卒業して産業界に就職しています。このことをきっかけに、アカデミア以外での仕事の経験をしてみたいとも考え始めました。日本で働くことは、実際に体験してみないと分からないことの一つだと思います。アート、ビデオゲーム、アニメなどへの興味もあって、日本は本当に自分に合っていると思います。パンデミックが流行する前は、毎週末に買い物に出かけたり、散歩やゲームセンターに行っていました。
メッセージ
国際的な経験をしたいのであれば、GSC と GSGC の両方をお勧めします。ほかの国に行って、ほかの国の人たちが集まるプログラムへの参加は、あなたの視野を大きく広げます。まったく新しい国への移動は大きな一歩であることを理解しておいてください。多くのサポートを受けながらも、最終的には自分自身の力で行動しなければなりません。心を開いて柔軟に対応することで、さまざまな国の生徒の文化の違いや、日本の教育システム、授業のやり方などへも適応することが可能になります。新しい発見やその苦労も含め、理学部での価値ある学びは多いと思います。最初の一歩を踏み出して挑戦したことは、きっとあなたの将来への大きな糧となるでしょう。
※2021年取材時 文/粟津クリスティーナ(訳:武田加奈子)、写真/貝塚純一