石井ティファニー夏実さんが小学生の頃に抱いた科学への興味は、その熱が冷めることなく、今もなお、ますます強くなってきています。博士課程の研究テーマは、細胞内の基礎経路の解明です。さまざまな病気治療へアプローチするメカニズムを明らかにしようとしています。
「いろんな科学」に興味をもった幼少期時代
きっかけは「わたしの周りの世界」にありました–––。幼い頃の夢は、地質学者か昆虫学者、あるいは生物学者になることでした。両親からもらった昆虫百科事典を持って、ただひたすら虫や昆虫を見つめる小さな女の子の姿は、とても不思議な光景であったことでしょう。それほどまでに虫や昆虫が大好きだったのです。そして、石や地質学にちなんだものを集めることも好きでした。こうした「身の回りのこと」に魅了され、科学への興味が始まったのです。小学校4、5年生のときの先生方が、科学の豊富な知識と情熱によって、生物学、地質学、水文学*についてたくさん教えてくださったことも言っておかなければなりません。とくに魅力的だったのは小学5年生のカリキュラムにあった「サイエンス・フライデー」です。1時間ほど科学について話し合い続けるうちに、わたしはさらに科学に夢中になりました。サイエンス・フライデーで話し合った時間は、その後のわたしの礎となっています。生物学が本当の意味で好きになったのは、高校に入ってからだと思います。生物医学や医学全般にとても興味があり、医学部に行きたいと思ったのはその頃でした。医学の道と大学での研究の道と、どちらを選ぶべきかとても迷い、最終的に研究の道を選んだことで、今があるのです。*地上と大気中の水を研究する地質学の分野
カリフォルニアの大学
アメリカで医学部に入るには、「医学」を専攻する必要はなく、ある一定の条件をクリアすれば良いのです。そのひとつがMCAT(Medical College Admissions Test)で良いスコアを取ることです。それに加えて、いくつかの化学科目を履修し、成績も良くバランスの取れた人でなければなりません。そこで、選択した生物化学のほかにも神経科学も好きになり、勉強への情熱を注ぎました。おかげで、最終的には生理学・神経科学の学士号を取得することができました。これらは、医学の道へ進むために必要な科目をすべて履修し、MCATをパスするための完璧な準備ができる専攻を選びたいという考えからでした。それ以外にも、個人的な興味から、科学以外のさまざまな科目を履修しました。こうして振り返ってみても、「わたし」とは、いろいろなことに趣味を抱き、新しいことに挑戦するのが好きなのだと思います。一概には言えませんが、医学部を志望するほとんどの人は、医学部進学のための勉強に集中しようとするでしょう。もちろん、わたしも医学部に入ることを真剣に考えていました。ただ、一つの道に絞らず、幅広い教養を身に付けたいとも思っていました。
日本で勉強するということ
わたしはどうしても日本の大学で勉強をしてみたいと思っていました。なぜなら、両親は二人とも日本人で、母は日本で生まれ育ち、父はハーフで多文化的なバックグラウンドを持っていて、とくに父は、幼少期を日本で過ごしたあと、アメリカに渡っています。父と母の経験を聞いているうちに、わたしも日本に住んでみたいと考えるようになりました。
その想いは、日本で研究してみたいという想いへとなっていきました。大学3年生の時に夏のインターン生として訪れた研究室のその雰囲気と研究に対する姿勢が、とても性に合っていると感じ、修士課程で留学することに決めたのです。
セレンディピティとの出会い
わたしは今、「セレンディピティ・ラボ」という化学専攻の合田研究室が掲げる大きな団体のメンバーです。セレンディピティ・ラボとは、「セレンディピティ(serendipity)」を見つけようと、世界中のさまざまな分野の研究室と多様な文化の人々が参加しています。セレンディピティとは、思いもよらなかった偶然がもたらす成功や、偉大な発見があったりする現象のことです。それであれば「多くの優れた頭脳が一緒に研究をすることで、セレンディピティを見つけられる可能性はより高くなる」と考えているのが、ここ合田研究室です。わたしにとってのセレンディピティとは、自分を最高の状態に育んでくれる環境に身を置くことだと思います。インターン時代に強く感じたわたしの「情熱」に対し、研究の目標や方向性はもちろん、指導者をはじめとする周囲の人たちは、そこに向かって進んでいくわたしの大きな支えとなりました。
細胞の中にあるものを想像する
研究室には、intelligent image-activated cell sortingという技術があります。これは細胞の蛍光画像を撮影と分取するための技術で、人工知能や機械学習、あるいは従来の方法を用いて、形態やその他の特徴に基づいて細胞を選別する世界初の基盤技術です。より顕微イメージングを活性化したcell sorterを開発する企業も出てきていますが、これはまだかなり新しい技術だと思います。わたしたちのいわば「セールスポイント」は、これに深層学習を融合することで、より複雑な形態情報に基づく細胞選別ができることです。わたしはこの技術によって多くの実験を行い、近いうちに筆頭著者論文を発表したいと思っています。
単一細胞を見分ける方法
わたしたちがすでに発表した論文は、主に藻類細胞、酵母細胞、がん細胞などの単一細胞のイメージングと分取に関するものです。非常に高速で単一細胞の画像を撮影し、細胞内のミトコンドリアやその他の細胞小器官を解析することができます。このような研究は、のちに重要な生理機能のスクリーニング技術の開発に応用できると考えます。細胞内の過程とは、細胞内で特定の産物や変化をもたらす一連のステップのことで、生物医学の分野での応用も期待されています。それは、ガンやその他の病気もまた、どの経路が阻害あるいは破壊され、それに関与するタンパク質を突き止めることができれば、スクリーニングや予防、あるいは治療に役立つと思います。
実験の楽しさ
実験をすること自体がとても好きです。わたしの趣味はご覧の通りで、お菓子作りや茶道のお稽古など、体を動かして何かをするのが好きです。だから、データを集めるのも好きです。だからこそ、わたしにとって、データ解析とは、どんなデータが必要なのか、どんなデータを示すべきかを本当によく考えなければならず、難しく思います。そしてさらに、効果的な分析の仕方も考えなければなりません。論文を書くときは、すべてのデータを提出するわけではなく、このことは、科学者以外は知らないかもしれません。自分の研究を良く見せるためにデータを改ざんしたり、結論を歪めたりすることはできません。客観的でなければならないし、誠実な方法で研究を示さなければならず、要は、データをどのように見せるかがもっとも重要なのです。
今後の計画
いま考えている進路は3つあります。まずはじめに、日系企業への応募です。これは、自分の日本語レベルや日本での生活をこのまま続けていけるかを確かめたいという考えからです。このほかには、日本での外資系企業への応募も考えています。職場環境という点では外資系に心が傾いています。なぜならわたしはアメリカで生まれ育ち、物腰は日系アメリカ人であり、考え方も自立しているからです。第3の道としては、アメリカに戻り、民間企業の研究員として働くことです。このままアカデミアの世界にとどまるのではなく、次は“研究業界”で仕事を見つけるつもりでいます。
自分らしさを“知る”には時間がかかる
さまざまな環境で暮らしてきた者として、このことについて触れたいと思います。多文化的なアイデンティティを持っているにもかかわらず、自分がその環境に馴染めないと感じている人にとって、自分の個性を知ること、自分らしさを見極めることは、とてもとても難しいことだと思います。でも、それらは本当に大切なことです。自分自身、自分のアイデンティティ、そして自分をどう表現するかを“知る”ことができたとき、人として成長できたと思うようになってくるでしょう。自分らしさを手にいれると、人との接し方や自分の見せ方が変わっていきます。また、自分は一人ではないこと、悩みながらそれらを経験するのも、人生の一部であることを知ってほしいと思います。環境が変われば、アイデンティティもまた変わっていきます。わたしの場合は、来日してこれまでとはまったく違う環境になったときに変わったのだと感じています。自分自身の感覚、モチベーション、そして何かに向かって情熱を持つことは、あなた自身の大きな助けになってくれるとわたしは思います。
※2024年取材時
撮影/貝塚純一
英語取材・文:ベルタ エメシェ(訳:武田加奈子)
文章は簡潔にするために編集されています。