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学生たちの声

初期太陽系の歴史を紐解く

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地球惑星科学専攻 修士課程2年

INADA Shiori, MASUDA Minami

稲田 栞里 、増田 みなみ

TO

ハワイ大学マノア校、NASA

アメリカ合衆国

“すべての道は理学系研究科・理学部に通じている”

地球惑星科学専攻修士課程2年生の稲田栞里と増田みなみは、同じ地球惑星科学を学ぶ学生。しかし、2人がここに至るまでの経緯は、ほとんど正反対でした。

稲田 栞里
わたしが初めて科学に興味を持ったのは小学生の時で、当時はナマコに強く惹かれていました。子供のわたしには彼らがとても不思議な生き物に思え、なぜそのような姿をしているのか理解できませんでした。その後、わたしの興味は自然システムにおける化学や物理学へと移っていきました。「なぜ世界はかくあるか」というより根本的な疑問こそが、わたしの好奇心を刺激するものだと感じたからです。そのため、専攻を決めるときには、工学や応用科学ではなく基礎科学を選びました。そこから大学院へと進むことは、わたしにとって自然な流れでした。

増田みなみ
高校生だったわたしは、物理学も化学も生物学も全般的に興味はありましたが、特にひとつに絞ることはできなかったので、何を専攻するかは決めずに大学に入りました。専攻を決めなければならない頃になると、温暖化や気候変動などの環境問題により興味を持つようになりました。また、子供の頃に宇宙や鉱物の百科事典を見るのが好きだったこともあって、もともとの興味にしたがって、今の専攻を選ぶことにしました。

"バラバラ "になった初期太陽系の記憶

残念ながら、太陽系の始まりを見るためにタイムスリップすることはできません。しかし、宇宙に残された手がかりから、化学的プロセスから微惑星の衝突に至るまで、天体が現在の姿となった一連の出来事をひも解いていくことはできるのです。

稲田 栞里
わたしの研究テーマは、宇宙空間における化学反応、特に星や太陽系を含む惑星系の形成に関わる化学反応です。このテーマに興味を持ったのは、世界の成り立ちに対する好奇心からでした。わたしにとって、惑星系の形成を理解することと、反応における原子・分子の挙動を理解することは、いずれもこの疑問に違った側面からアプローチすることとなります。しかし、これらの側面は避けがたく結びついています。なぜなら、わたしたちが目にすることができるこの物質世界は、太陽系の(さらにその前の)歴史の中で、原子や分子の原理が支配する化学的プロセスを経てきた物質で構成されているからです。わたしが研究している塵や岩石などの惑星材料物質の蒸発は、このつながりの一例です。さまざまな元素の揮発性、つまり蒸発しやすさが異なるために、太陽系の物質は蒸発に起因する特徴的な元素組成を持っています。蒸発を引き起こした化学反応の知識があれば、進化過程の太陽系でこれらの物質に何が起こったかを調べることが可能です。逆に、惑星科学的な興味に駆動された研究が、化学反応の基礎科学における新たな発見に、思いがけないヒントを与えることもあります。そして、基礎的な化学の進展は、惑星系形成の化学をより深く理解することにもつながるはずです。

増田みなみ
わたしは初期の太陽系についても研究していますが、稲田さんとはアプローチが違います。最近のプロジェクトは、小惑星リュウグウから戻ってきたサンプルの鉱物組成を分析することでした。基礎的な研究は「得意分野」とは言いにくいのですが、小惑星の実物を扱う機会はめったになく、クールだと思ったのでこのテーマを選びました。また、大学ではこのサブフィールドで研究している人は少ないので、メジャーな研究と異なることができるのも、わたしには魅力的に思えました。小惑星リュウグウは太陽系初期に生まれた特別な小惑星です。このため、さまざまな影響を受けていないサンプルを分析することによって、はるか昔の出来事を明らかにすることができます。未解明の分野のひとつは、水との反応です。リュウグウの内部の熱によって、外側の氷が溶けた結果、小惑星を構成する元素が水と反応して新しい元素に変わります。そのため、現在の鉱物の割合を見れば、小惑星がどのような「ライフイベント」を経てきたのか、また、当初はどのような成分で構成されていたのかを考察することができるのです。

修士学生の一日:実験と分析

稲田 栞里
わたしが理論的なアプローチと実験的なアプローチに取り組んでいるのは、信頼性の高い結果を得るためにはその両方が必要だからです。自然システムはある側面において非常に複雑で、その挙動を予測することは困難であるため、実験で確かめることはとても重要です。一方で、確固たる理論なしには、実験データを解釈できません。現在は、マグネシウムケイ酸鉱物をチャンバー内で加熱して、さまざまな条件下で蒸発の速度を測定する実験に取り組んでいます。そしてさらに、軽い同位体が重い同位体よりも蒸発しやすいために、蒸発後の固体が同位体的に重くなるという現象について、理論的に調べています。これらの知見は、蒸発した物質の量や蒸発にかかった時間の推測に用いることができます。これは、初期の太陽系において、蒸発がどのようにして起こり、太陽系物質の化学進化に寄与したかをより深く理解するのに役立ちます。

増田みなみ
わたしは実験をするのではなく、データを分析しています。まず、薄くスライスした試料を電子ビームで観察します。電子ビームを照射した結果、得られる写真ははるかに解像度が高く、元素組成の測定に使用できます。顕微鏡のソフトウェアが、その画像をもとに、試料がどのような元素で構成されているか、大まかな基準値を示します。ソフトウェアの識別では、マグネシウムや鉄を多く含む部分を区別することは容易ですが、マグネシウムや鉄を含む部分の分布や割合など、それらを含む特定の鉱物の違いを見分けることはできません。これを詳しく分析することは、リュウグウが何を経験してきたのかをより正確に解明するのに役立つため、とても重要です。そこで、わたしは一般的な画像編集ソフトを使って、これらの分布や割合などを見て、さまざまな鉱物を区別しています。こうした詳細な分析をすることによって、リュウグウと他の炭素質コンドライト(リュウグウが属する小惑星のグループ)のサンプルを比較するのに役立てています。あまり意識したことはなかったのですが、リュウグウの試料は人類にとってまだ新しいものであり、こうした分析を進める研究者はまだ少ないのです。

アメリカでの冒険

稲田と増田は偶然にも理学系研究科・理学部に入学し、そしてアメリカへと渡った。

稲田 栞里
学部学生の頃、国際交流プログラム(UGRASP)に参加する機会がありました。幸運なことに、わたしの指導教員は、地球外試料の同位体分析で有名なハワイ大学マノア校のゲーリー・ハス教授と親交がありました。わたしはそこで3週間滞在し、彼らの装置を使って実験試料を測定しました。初対面の人たちと慣れない環境で研究をするのは初めてだったので、とても刺激的でした。また、英語でコミュニケーションをとらなければならなかったので、自分の英語スキルを磨く絶好の機会となりました。この経験は、国際学会に積極的な姿勢で参加する励みになりました。現地での研究の進め方は、わたしが慣れ親しんできたものとは異なっていましたが、ハワイと日本の文化の違いというわけではないように思います。ハワイでの生活も興味深く、グループの教授が庭で栽培している見たこともないトロピカルフルーツをくれたのが、とても印象的でした。

増田みなみ
学部4年生の時に、テキサス州ヒューストンで1ヶ月過ごす機会がありました。わたしの指導教官がNASAの研究者と面識があったので、NASAに行くことを推薦してくれました。設備や手順は、わたしが慣れ親しんだものと非常によく似ていました。しかし、彼らが保管していた膨大なサンプルの数、特にそれらのサンプルが空気にさらされないように厳重に保護されていることに、とても驚かされました。ほとんどの研究者はアメリカ人ですが、そこは国際的な環境で、わたしはトルコ人の教育研究者数人と友達になりました。ヒューストンは多文化都市でもあったので、多くの文化に触れることができました。1ヶ月間という短い期間でしたが、個人的にもとても忘れられないものとなりました。小学生のときに観た映画『アポロ13』では、ミッション・コントロール・センターのシーンが大好きでした。NASAのツアーにも参加し、アポロ時代のミッション・コントロール・ルームで実際に使われていた機器の展示をみることができたのも、すごく衝撃的な体験でした。

自分たちの道を進む

科学者は、科学そのものがそうであるように、多様であり、独自の道を歩んでいる。だから稲田と増田は、後輩たちに、それぞれの思う道を歩むことを勧めている。

稲田 栞里
大学やその先で科学を学びたいと考えている人に、わたしができる最も簡潔なアドバイスは、「面白いと思うことやわくわくすることを追求すること」です。少なくともわたしはそう心がけています。自然科学の研究をする中で、頭と体だけでなく、心を動かすこと、すなわち自分の興味や興奮に対して意識的となることも大切だとわかったからです。
わたしは来年度からも博士課程の学生として研究を続ける予定です。ハワイ大学マノア校を再び訪れて、今回はわたし自身が学会で知り合った別の研究者のもとで、2ヶ月間の滞在研究を行う計画も予定しています。
また、わたしは2023年から、変革を駆動する先端物理・数学プログラム(FoPM)に参加しています。このプログラムのおかげで、物理学、数学、化学、天文学の学生や研究者と交流し、研究に対する興味や興奮を共有する機会を得ることができました。

増田みなみ
わたしはどちらかというと優柔不断な性格ですが、あとから後悔しない道を選ぶことができてきたように思います。迷いながらも、興味のあることにまっすぐ従う方なので、周囲からは少し衝動的に見えるかもしれません。ですが、自分の興味に従うことが、歩む道の凸凹を乗り越える助けになると信じています。たとえば、「流される」というとネガティブな印象があるかもしれませんが、自分の意思で流れに乗ると、思いがけず遠くまで行くことができたりもします。
わたしは博士号を取らずに、企業から社会に貢献する道を選びました。基礎研究はとても専門的なので、就職活動では、最初は自分の強みをどうアピールすれば良いかわかりませんでした。しかし、基礎研究に必要な正確さと好奇心は、さまざまな形で社会に貢献するための確かな土台となると考えています。

※2024年取材時
撮影/貝塚純一
英語取材・文:ベルタ エメシェ(訳:武田加奈子)
文章は簡潔にするために編集されています。

地球惑星科学専攻 修士課程2年生
INADA Shiori
稲田 栞里
稲田は小学生のときに科学に興味を持ち、理学系研究科・理学部に進学を決めた。2022年には交換留学生としてハワイに3週間滞在し、今後同じハワイ大学で別の研究に取り組むことを計画している。現在修士2年生で、卒業後に博士課程に進学する予定である。
地球惑星科学専攻 修士課程2年生
MASUDA Minami
増田 みなみ
もともと科学が好きだった増田だが、環境や環境問題への関心が理学系研究科・理学部を志すきっかけとなった。交換留学生としてヒューストン(米国)のNASAに4週間滞在。現在修士2年生で、卒業後は就職予定。
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