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理学のフロンティア

地球のデジタルツインを創る

東京大学大学院新領域創成科学研究科 准教授

横矢 直人

June 3, 2024

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地球を次の世代につなぐために

デジタルツイン──それはデジタル空間の中に存在する、現実世界のモノと瓜二つの双子。たとえば、実在するジェット機のエンジンとまったく同じ高精細なモデルを仮想空間内に再現できれば、現実と変わらないシミュレーションがコンピュータ内で可能になる。現実世界での運用データをこの仮想エンジンに適用すれば、エンジンが故障したときにはその原因を迅速に見つけ出すことができるし、あるいは事前に故障の予測もできるかもしれない。つまり、仮想世界に双子を再現することで、現実をより深く認識し、問題解決の方法を探し出す。それがデジタルツインの考え方だ。

さて、もしも地球のデジタルツインが存在したらどうだろう? 現実世界の地球とそっくりの双子が仮想空間内にできたらどうだろう? しかもそこでは気候や災害や都市がリアルタイムに更新されていくとしたら? 橫矢准教授の目標と夢がここにある。

「災害や気候、農業などの面で、地球規模のさまざまな問題があります。人間だけの力でそれに立ち向かうのはとても困難です。そこで、人間には見えない波長の光も含めた地球観測データの解析を通じて、地球全体を知覚し、こういうふうにすれば問題を解決できるのではないかと、支援してくれるようなAIがあれば素晴らしいとは思いませんか。そういった技術につながるような冒険をしたいのです」

つまり、地球のデジタルツインを構築して、地球への新しい理解、助言を人類に与えてくれるようなAI、知的情報処理システムを創り出そうというのだ。

「エネルギーが無尽蔵にあるわけではないことは誰でも理解できることです。私は小さな頃から、人間が地球を食べつくすようなやり方はどこかで止めなくてはと感じていました。環境問題で我々に残された時間には限りがあります。どうやって持続可能な形で地球を次の世代に繫いでいくのか。別の惑星に移住するという話も面白くはありますが、地球に代わるものはないと思います。ですから、人間がいま地球のために何をすべきかを教えてくれるような技術を作らなければいけないのではないか。この研究の道に進んだのは、そんな問題意識が学生の時からあったからなのです」

リモートセンシングとAIの統合

AIとリモートセンシングの境界領域に生まれた新しい分野、それが橫矢の研究フィールドだ。もともと、橫矢は工学部で航空宇宙工学を専攻した、リモートセンシングの研究者である。

「まわりのみんなは飛行機やロケットエンジンの研究、小型衛星を打ち上げるとかを目指していて、そういったことがメインストリームの分野でした。私は、温暖化など地球規模の課題に貢献することがしたいと思っていましたので、地球観測という分野、リモートセンシングという技術があることを知り、ロケットよりそちらのほうに関心が向いていきました。衛星を打ち上げるほうではなく、打ち上げた後、どう利用していくかというほうですね」

リモートセンシングとは、人工衛星や飛行機などからカメラやレーダーなどを用いて地球表面の形や性質を観測する技術のことをいう。

「リモートセンシングが持つ課題の一つが解像度です。つまり、どれだけ細かく見ることができるかということで、この解像度(空間分解能)をデジタル画像処理で高める〝超解像技術〟が、わたしの研究の始まりでした。人工衛星に搭載されたさまざまなセンサーからは多くのデータが得られるのですが、それぞれのセンサーには限界があります。たとえば、解像度が低いけれども多くの色が撮影できるものや、逆に解像度は高いけれど白黒の画像しか撮れないものなどがあり、これらの制約により用途が限られてしまうのです。そういったものをうまく組み合わせて、いわばすべてのセンサーのいいとこ取りをしたような、空間分解能も波長分解能も高い、そういう画像を計算によって再構成しようという研究からスタートしました」

一方で、それだけでは、どうやっていい画像を獲得するかということにとどまる。その先の画像の理解、つまり画像を用いて何を知り、どう使うのか、そういう面での問題意識がしだいに芽生えていったという。

「リモートセンシングで得られた画像から、意味的な情報や高さ方向の三次元情報などはどうすれば抽出できるのか。それを自動化して世界中どこででも動く技術はどうやったらできるのか。だんだんそちらのほうに研究がシフトしていきました。そしてしだいに、災害時の状況を広域で知覚したり、あるいは森林のバイオマスがどれくらいあるかなどの環境評価をしたり、またはどんな農作物がどのように栽培されているかを地図化するといったさまざまな情報処理を、広いスケールで動的におこなうための技術の研究へと進んでいきました」

その過程で転機となったのが、ドイツ航空宇宙センターでの研究生活だった。

「博士過程で取り組んだ、日本の衛星プロジェクト関連の研究を、ドイツの似たようなプロジェクトで使いたいという話があり、2年間、ドイツで働きました。それが、地球観測データの自動処理にAIを活用するという、いまの研究に近いものだったのですね」

深層学習で進んだ画像情報処理

リモートセンシングのデータ処理に機械学習を活用すること自体、1980年代後半からすでに始まっており、そのころからAIを強力なツールとして多くの研究者が使ってきた。2010年代に入ってニューラルネットワークを用いた深層学習が登場すると、コンピュータの性能向上と相まってより高度な情報処理が可能となり、研究自体が加速していったと橫矢は言う。

「アメリカのランドサットという有名な地球観測衛星がありますが、このランドサットの画像の解像度が30メートルです。それでも1つの画像には波長方向に10次元以上の情報が入っています。でも、この程度のデータであれば既存の機械学習で十分です。ただ、これ以上に解像度があがり、データが非常に高次元であったり、あるいは時系列のデータが毎日取れるようになってくるなど、どんどんデータが複雑になってくると、深層学習ベースのアプローチでないと対応できません」

それにしても、いったい、衛星画像からAIによって情報を読み出すとはどういうことなのだろうか。

「たとえばカラー画像であれば、それはRGB(光の三原色のレッド、グリーン、ブルー)の3つのチャンネルに3つの数値が入っているだけです。地球観測で一般的なマルチスペクトル画像には、人間には見えない波長の近赤外や短波長赤外などの領域の数値も入っており、可視光以外の情報がたくさん含まれているのです。さらにハイパースペクトルカメラという波長分解能が100チャンネル、200チャンネルもあるようなカメラで撮影した画像には、わずか1画素にもとても複雑で大量の情報が入っています。機械学習では、人間が教師となってコンピュータに入力と出力の具体例をたくさん与えて、こういった画像データの読み方を学習させていきます。たとえば、森林かどうかを判断させる場合は、森林であるときは通常、緑色が青色よりも値が大きいとか、さらに近赤外の反射率が非常に高くなるという特徴を具体例によって教えていくわけです」

いまは深層学習によって、最適なデータをたくさん用意して学習させれば、多くの問題が解けるようになったと橫矢は言う。だが、学習用のデータを集めることができないものもある。たとえば、建物の高さだ。一つ一つの建物の高さを計測するには莫大なコストがかかり、データ量も膨大になる。そんなふうに簡単には収集できないデータは数多く存在するのだ。その場合はどうするのか?

「最近取り組んでいるのが、物理現象にもとづいた数理モデルと計算によっておこなう、いわゆる数値シミュレーションやコンピュータグラフィックスの手法を使うという方法です。たとえば、災害が起きて土石流が発生した場合、こういうふうに地形が変化して、光学画像ではこんなふうに見えるのではないかということを、物理的な知見に基づいて計算してシミュレーションするわけです」

つまり、コンピュータ内で仮想的な土石流をいくつもシミュレーションし、衛星画像と地形変化のペアをたくさん合成することで、被災前後の衛星画像から地形変化を求める深層学習モデルを学習することができるのだ。このアプローチは、被災前後の衛星画像の種類が異なる状況にも適用できる。たとえば、ある地域の被災前の光学画像はあるけれども、被災後は悪天候だったり、夜間だったりしたためにレーダーによる画像しかないような場合でも、詳細な被災状況の把握を実現できる可能性を秘めている。

世界中どこでも動く機械学習モデルを

現在、国の「創発的研究支援事業」に選ばれた「多次元超高分解能地球観測インテリジェンスの創発」に、橫矢は一心に取り組んでいる。舌を嚙みそうな長い名前のプロジェクトだが、これは地球のデジタルツインへ向けた大きな一歩だ。

「7年プロジェクトなので、4年先(2024年インタビュー時)のゴールでは、1枚の高解像度の画像から、どこに何があるのか、その3次元構造がどうなっているのかなど、非常に高精細な3次元の意味情報がついた地図を自動生成する、しかも地球のどの地点であってもそれができる、そういう機械学習モデルを提供したいと考えています」

これがいちどきに地球の全球で行えるようになれば、まさしくそれは地球のデジタルツインとなる。もちろん、それが真のゴールではあるのだが。それでも、地球のどの地域においても動く機械学習モデルというのは、とてつもなく大きな意味を持つのだ。

「世界中の誰もが、自分が住んでいる場所、地域、国がどういう状況にあるのかを、一企業の商業アプリに依存することなく知り、理解できるツールを持つべきだと思うのです。この7年プロジェクトの中で進めている“オープン・アース・マップ”という試みは、そういった誰もが使えるオープンなツールを提供しようというものです」

橫矢は「世界中の誰もが」という点を強調する。なぜなら、多くの衛星画像があるヨーロッパやアメリカのデータで学習した機械学習モデルは、アジアやアフリカ、南アメリカなどの地域では、性能が大幅に低下してしまうからだ。

「我々としてはそれは受け入れられません。世界中のどこででもきちんと動くことが大事なのです。そんな機械学習モデルを作りあげようというのが、このプロジェクトのコンセプトであり、私のやりたいことなのです。それは防災という点からもとても重要です」

さて、そもそも、橫矢が最初に航空宇宙工学を専攻に選んだのはなぜなのだろうか。

「実は学部の1、2年の時は、体育会のボート部でスポーツに夢中でした。やり始めたらとことんやらないと気がすまないタイプで、泊まり込みでめちゃくちゃトレーニングしたり(笑)。それで、先のことを考えるひまもなく、あっという間に進振り(3年生からの進学先を決めること)の時期を迎えてしまって。その時、小さい時に何になりたかったのだろうと思い出してみたら、宇宙飛行士でした。この世界はどうなっているのだろう、宇宙の果てはどうなっているのだろう、そういうことにとても興味がある子どもだったのです。それで、確たる理由もなく、航空宇宙工学を選びました。つまり、あわてて進振りに臨んだからというのが理由です(笑)」

とはいえ、先に紹介したように、小さな頃から抱いていた地球環境への関心があったからこそ、である。ゆえに後輩たちにはこんなメッセージを贈る。

「興味があること、好きなことというのは、必ず誰にでもあると思うのです。それを突き詰めていくと、とても面白くなってくるはずです。好奇心を忘れずに、好きなことを追い求めていってほしいなと思います」

※2024年取材時
取材・文/太田 穣
写真/貝塚 純一

東京大学大学院新領域創成科学研究科 准教授
YOKOYA Naoto
横矢 直人
2008年、東京大学工学部卒業。2013年、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。2015年〜2017年、ドイツ航空宇宙センター及びミュンヘン工科大学フンボルト財団研究員。2018年、理化学研究所革新知能統合研究センターユニットリーダー。2020年、東京大学大学院新領域創成科学研究科講師。2022年、東京大学大学院新領域創成科学研究科准教授。
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