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理学のフロンティア

手作りの装置で「宇宙の成り立ちの謎」に挑む

物理学専攻 教授

横山 将志

December 14, 2021

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ニュートンに誘われて素粒子物理学へ

スーパーカミオカンデを凌駕する巨大実験施設となるハイパーカミオカンデの建設に向けた研究を進めている横山教授にとって、研究の入り口は「ニュートン」だった。物理学者のアイザック・ニュートンではなく、科学雑誌「ニュートン」である。4つ上の兄のために両親が購読をしていたのを小学生の頃から読み、相対性理論や量子力学など不思議なことがいっぱいなのに「わくわくしておもしろい」と感じた。中学高校ではジョージ・ガモフの『不思議の国のトムキンス』、ファインマンの『ご冗談でしょう、ファインマンさん』と、本を通してこの世界の不思議に魅了されていった。そして、「この世の中が根本的にどうできているんだろう、どんなふうに動いているんだろう」という強い興味から、素粒子物理の道へと進んでいくことになる。

最初の研究は接着剤の混ぜ方だった

相原博昭先生がアメリカから東京大学に戻り研究室を作ったばかりの頃、Belle(ベル)実験という大掛かりな実験がつくばの高エネルギー加速器研究機構(KEK)で始まろうとしていた。一大プロジェクトのスタートから参加できるタイミングはここしかない、そんな思いで相原先生の研究室の戸を叩いた。

ベル実験では、電子にその反物質である陽電子をぶつけ、bクオークという重たいクオークを含むB中間子という粒子を大量に作り出してその性質を調べる。そのために、8メートル四方ほどある巨大な測定装置の中心に置く、衝突で生成された粒子の位置と軌跡を精密に測るシリコン崩壊点検出器を設計し組み上げる必要があった。ここを任された横山教授が修士1年のとき最初に行ったのは、なんと接着剤の混ぜ方の研究だという。

「どのくらいの時間混ぜて、どのくらいの時間おいておくとほどよくなってうまく塗れるようになるか。そういうことをやりました」。

一見すると物理学者らしからぬこのものづくりの工程が「すごく楽しかった」と横山教授は振り返る。 修士2年になってもものづくりは続く。むしろ拍車がかかったと言うほうが正しいだろう。浜松ホトニクスにほぼ住み込みとなり、社食におじゃまするだけでなく出欠確認の札まで作ってもらい、測定装置の設計と組み立てに明け暮れた。熱中ぶりは、「研究職でやっていけなくなったらうちにおいで」と浜松ホトニクスの社員に誘われるほどだった。

手作りの装置が素粒子を捉えた

翌年、博士1年の春から実験が始まった。自分の作った測定装置が粒子を捉え、B中間子のようすが調べられたときには「ちゃんと動いてる!」と興奮した。

「こういったことは始まりにすぎないところなのだけれど、実験をしていて楽しいなと思うのは、自分たちで作った装置で素粒子の姿を捉えられたときなんです。毎回ワクワクしています。」 と横山教授が身を乗り出して話す。そして、「理論の研究者は数式の中に世界の成り立ちを実感していくのだと思います。僕たちは、自分たちが作った装置で取ったデータを通じてそのことを実感しています。素粒子という日常生活では実感できないようなものが見えてくる、実感できるようになるというのがすごくおもしろいです。」 と研究の魅力を語る横山教授は、自分の作ったこの検出器で、B中間子でのCP対称性の破れ(粒子と反粒子の基本的な性質の違い)を発見し、2008年にノーベル賞を受賞した小林益川理論という大理論の検証に関わることになったと話してくれた。

「素粒子物理学というのはこんなに楽しい研究ができる分野なんだと思って、完全に味をしめてしまってですね。それでそのまま研究者になってしまいました。」

一人ひとりが巨大プロジェクトの中心にいる

素粒子物理学の実験というと、何百、何千人もの研究者が関わる一大プロジェクトで、一人の研究者が担うのはほんの一部分、院生ともなるとさらにその一部、そのように思われがちである。ところが、「今考えると、僕が担当していたのは、ベル実験の中心部なんです。僕が作っている検出器がないとベル実験の最大の目玉の測定ができない。非常にラッキーなことに大事なところをいろいろ任せてもらえ、博士課程のときには、僕がいないとこの実験はできませんねというつもりでいました。」と振り返る。そして、自身の体験が例外的なものではないとして、「大学院生であっても、人それぞれに得意なことが違って、実験の中でそれを活かせる領域が必ずあります。なので、この人がいないとこの実験のこの部分は成り立たないね、みたいなことがよく起こります。だからこそ、自分の研究室に入ろうとする学生や研究をしている大学院生にも、そのような研究ができるんだよとそそのかしています。」と少し笑って話した。

ハイパーカミオカンデの3つの主目的

ハイパーカミオカンデ検出器のイメージ図

いま横山教授が進めているのは、直径68メートル高さ71メートル、20階建てくらいのちょっとしたタワーマンションほどもある巨大実験施設ハイパーカミオカンデの建設である。そのために横山教授は、光電子増倍管の性能を高める方法を考えたり国際協力で作る装置全体の設計の取りまとめを行ったりと、今も仲間の研究者や大学院生とともに装置の開発に勤しんでいる。そんなハイパーカミオカンデの主目的は3つ。

1つ目はニュートリノの種類が変わるニュートリノ振動と呼ばれる現象の研究である。この現象を詳しく調べることで期待されるのが、ニュートリノでのCP対称性の破れだ。ニュートリノにCP対称性の破れが認められたら、宇宙の始まりには物質と反物質が同じだけできたはずなのに今は物質しか残っていないのはなぜか、という物理学の謎に迫ることができる。スーパーカミオカンデでも探ろうとしてはいるものの、巨大なスーパーカミオカンデをもってしても検出できるニュートリノがまだ少ない。ハイパーカミオカンデによって、ニュートリノと反ニュートリノの差が確実に見えてくると期待されている。

2つ目は陽子崩壊を発見するというもの。2002年にノーベル賞を受賞した小柴先生が最初に造ったカミオカンデも元々はこれを目的としていた。原子核の中にある電気を帯びた粒子である陽子は、今の素粒子の理論だと安定で壊れることがない。しかし、大統一理論によると陽子もいつか壊れる。ただしその寿命はものすごく長く、10の34乗年という、宇宙の年齢よりも遥かに長いものとなっている。1つの陽子を見ているだけでは崩壊を観察するのはまず無理なため、たくさんの陽子を集めてきて観測しようというのが作戦だ。カミオカンデの後継であるスーパーカミオカンデが25年観察を続けてきたがまだ陽子の崩壊は観測できていない。ハイパーカミオカンデは、素粒子物理学の大発見となる陽子崩壊の観測に向けた3度目の正直なのである。

HK用に開発された新型光センサー 提供:東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設

そして3つ目は、ニュートリノを使って宇宙の研究をすることで、超新星爆発由来のニュートリノを捉えようと目論んでいる。ニュートリノが検出できるような超新星爆発は100年に2-3回くらい起きるだろうと言われているが、小柴先生のノーベル賞受賞につながった1987年の超新星爆発以来、そのような超新星爆発は起きていない。そのとき観測できたニュートリノは11個。今スーパーカミオカンデで同じような超新星爆発を捉えることができれば何千個、ハイパーカミオカンデであれば何万個というニュートリノが観測できる。そうすると、超新星爆発が起きている瞬間の星の情報を、時間を追って詳しく知ることにつながる。ニュートリノは、素粒子のことだけでなく、宇宙の歴史と進化についての新たな知見をももたらしうるのである。

素粒子理論の統一と宇宙の進化史の謎に迫るハイパーカミオカンデ

わからないというのがおもしろい

「宇宙の成り立ちとか、世界はどうやってできているのかという一番本源的なことに、人類の物理学という武器を持って挑むと、結構いろいろわかるんです。理解できる。誰も知らなかったこの宇宙の姿とか、世界の構造とかいうものに、ほんのちょっとだけですが踏み込んでいけるっていうのが面白いことです。どんどん新しいことがわかってくるけれど、それでもわからないことが山ほどあるというのがまた面白い。わからないことっていうのはすごくワクワクします。それを自分たちの力でわかったことにしていけるのですから。」

物質の成り立ちから宇宙の始まりにいたるまで、素粒子物理学の発展により少しずつ理解が進むが、それでもまだわからないことがたくさん残されている。横山教授はそこにこそこの分野の魅力があると語る。わからないものがわかるようになっていくプロセスの魅力と言い換えることができるだろう。実はこれは、実験装置を作るプロセスでもあるのだという。

「実験装置もそうなんです。自分たちが設計してるから、わかっているはずなんです。でも、作ってみると動かない。何で動かないんだろうかというのを系統的に調べて、もう一度理解して、直すとちゃんと動くようになる。こういうプロセスっていたるところにあって、研究のあらゆる階層で共通してるのかなと思います。」

ハイパーカミオカンデで思いもかけない研究を

「カミオカンデもスーパーカミオカンデも、偉大な装置だなぁとずっと感じています。ハイパーカミオカンデを設計していろいろ計画を立てているときに改めてそう思いました。」

25年を経ていまなおスーパーカミオカンデが世界最先端の研究を続けられる要因として、陽子崩壊の観測からニュートリノ振動の研究、宇宙の初期のことも研究できるという用途の幅広さもさることながら、装置に改良を加えながら可能性を広げていくことができるというのも見逃せない。たとえば、2008年にはデータ収集システムを一新することでそれまで記録できなかった現象を研究可能にし、2020年には純水にレアアースの一種であるガドリニウムという物質を加え観測感度を向上させる改良が行われた。装置を使って研究をしている間にアイデアが出てきて、眠っている可能性が次々に拓かれていくのである。

ハイパーカミオカンデもまた、何十年にもわたってさまざまな研究ができる装置になっていくことは間違いない。横山教授は次の世代にこう期待している。

「10年後20年後には、設計した僕らが考えつかなかったような研究がハイパーカミオカンデでできるようになっていたら嬉しいです。また、ハイパーカミオカンデのさらに次の実験でどういう研究をすればよいか考えるにも、新たな発想が必要になります。これから研究者になる皆さんには、僕らが考えもしなかったような実験をぜひやってもらえたらなと思います。」

※2021年取材時、文/堀部直人、写真/貝塚純一
イラスト&動画 提供:東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設

物理学専攻 教授
YOKOYAMA Masashi
横山 将志
2002年東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了 博士(理学)。2003年京都大学助手として加速器からの人工ニュートリノビームを使う長基線ニュートリノ振動実験に参加。K2K実験,T2K実験でニュートリノ検出器の設計開発や運用、データ解析を主導した。2009年に東京大学大学院理学系研究科物理学専攻准教授に着任し、2019年より現職。
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