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理学のフロンティア

英雄が織りなす自動運転OS物語

情報理工学系研究科 情報科学科 准教授

加藤 真平

October 13, 2021

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二人の英雄に憧れた少年

1990年代、パーソナルコンピュータのOS(オペレーティング・システム)の世界において、二人の「英雄」が出現した。

ひとりはビル・ゲイツ。言わずと知れたWindowsの生みの親だ。彼が世に送り出したこのOSはWindows95の時点で一気に拡散し、以後、世界を覆うデファクトスタンダードとなった。誰もが一度は触ったことがあるOS。多くの人々のデジタルな活動を「オペレーティング」する 世界のかなめ(要)のような存在。それを作り出したのがビル・ゲイツだった。

もうひとりはリーナス・トーバルス。フィンランドの大学生だったリーナスは「Linux(リナックス)」という新しいOSを開発し、web上で中身を公開した。秀逸な技術を持つ者なら誰でも改良を加えられるようにしたのだ。これを「オープンソース」という。その結果、世界中の腕利きのハッカーたちが寄ってたかってLinuxを改良し始め、どんどん「良いOS」になっていった。やがてLinuxは、プロがチームを組んで作ったWindowsやMacOSと肩を並べるほどの性能に成長していく。オープンソースによるLinuxの発展は、リーナスがもたらしたひとつの「革命」だった。

この二人の英雄のサクセスストーリーに惹かれた、ある日本人少年は、やがて大学でOSの研究を始め、OSの研究者となった。そして、自動運転のOS『Autoware(オートウェア)』を開発し、それをリーナス・トーバルスのようにオープンソースに すると同時にビル・ゲイツの偉業に匹敵する事業化を手掛け始めた。大人になったOS少年、加藤真平准教授は今、どんな未来を思い描いているのだろうか。

インストールしたらすぐ乗れる自動運転OS

「ぼくはちょうど2000年に大学に入学した人間なので、まさにパーソナルコンピュータ&インターネット世代です。特に20代になってからプログラミングやOSに強い興味を抱いていました。ビル・ゲイツとリーナス・トーバルスの偉業はぼくにとってサクセスストーリーそのもの だったし、『ハッカー、すごい!』みたいな感覚も強かった。ぼくの性格は外交的でソーシャルなほうだし、ポップな私生活でしたから、研究は思いっきりオタクっぽいテーマをやりたいと思っていました。だから、コンピュータ サイエンスの中でも、アプリの研究などではなくて、がっつりOSの研究に没入していったんです。他人には言わなかったけれど、『イケメンギーク』を目指していました(笑)」

冒頭から軽快なトーク。アクティヴな加藤准教授らしい若き日のエピソードだ。

「OSってビル・ゲイツの時代はパーソナルコンピュータが対象のシステムでしたが、ここ10年くらいはスマートフォンですよね。ぼくは学生の頃に『パソコン、携帯の次はロボットだろう』と思っていたので、ロボット用のOSを研究していました。しかし、ヒューマノイドロボットよりも自動運転のほうが早く社会実装されそうな気配になってきたので、自動運転の研究も始めました。それが今から10年前くらいです」

そのような流れと並行して、社会ではAIの存在がクローズアップされるようになっていった。将来、ロボットにも自動運転にもAIは実装されるであろう。しかし、加藤准教授にとっては、AIはそれ独自に考えるものではなく、パソコンや携帯のOSの延長線上に(AI機能を伴った)ロボットや自動運転のOSがあるらしい。パソコンや携帯のOSはあくまで人が使う道具だが、ロボットや自動運転は「自律的に動く」という大きな特徴がある。その「自律的」という部分が世の中ではAIと考えられているのだ。

ともあれ、加藤准教授は研究を重ね、2015年、自動運転OS『Autoware(オートウエア)』を完成・公開した。そして、オープンソースにしたAutowareを世界に広げ、自動運転ビジネスを展開するために、ベンチャー企業、『Tier IV(ティアフォー)』を設立した。

オープンソースの自動運転OS『Autoware』

パーソナルコンピュータにWindowsやMacOSをはじめとするいくつかのOSがあるように、また、スマートフォンにiOSやAndroidがあるように、自動運転のOSも、現時点でいくつか存在している。他の自動運転OSと比較して、Autowareの特徴は「インストールしたらすぐに使える」ということなのだという。すなわち、それは何を意味するのか。

「それは『独特な部分を減らし、なるべく特徴のないものにする』ということなんです。オープンソースにすることの最大の魅力は『誰でもいじってカスタマイズできる』ということ。そのためにはなるべくプレーンで、インストールしたらすぐに動くシンプルなシステムにする必要がある」

なるほど。それがオープンソースの思想というものか。目から鱗が落ちる気がする。

OSというものを再定義するために

さて、加藤准教授が長きにわたってOSの研究に没頭できたのはなぜなのだろうか。どんなところに学問的な興味を感じて研究をしているのか。

「コンピュータって何かの要素を良くすると必ず別の要素が悪くなるという法則みたいなものがあるんですよ。これを『トレードオフ』というんですが、たとえば、計算速度を速くしたらすごく電気を食う、大きさを小さくしたらその分、非力になる、小さいけどマシンパワーが大きいものにしたらお金がすごくかかる、などなど。すべての面で良くなることはないので、一番最適なトレードオフを見つけるのがコンピュータ・サイエンスの真髄なんです。それが研究をする基本的な興味。さらに、自動運転のOS研究に対する興味としては、『OSの概念を変える』というか、『OSというものを再定義したい』という強い思いがあります」

そもそも、パーソナルコンピュータのOSは閉鎖された系(パソコンの中)だけを制御 するためのシステムだ。スマートフォンも携帯の中だけ。それらがインターネットで外部とつながる際はOSの力の及ぶ範囲から離れてアプリによってコントロールされる。しかし、ロボットや自動運転のOSは外部環境との関係性に対して自律的に動く。パーソナルコンピュータならディスクやメモリやプロセッサだけを制御していれば良かったが、自動運転になると、走る時や止まる時の外の環境(人や物、自然現象など)に対応しなければならない。

たとえば、自動運転車が走っている時に人が道路に飛び出してきたら、OSは何よりも人命優先で接触事故を回避しなければならない。OSは「何が正しいか」を自律的に判断し、その行動を取る。いわば、交通という現場での「倫理」を行動のルールに取り入れなければならないのだ。

「そういう『外部環境の影響に対して判断を下せるOS』って、従来のパーソナルコンピュータやスマートフォンのOSとは根本的に違いますよね。根っこからOSの概念を変える必要がある。だから、従来のイメージの『オペレーティング・システム』というものを新たな概念で再定義したいんです」

なんと、壮大な事業だろう。古来、概念の変革を成し遂げるのは英雄の仕事ではないか。

ロジカル・シンキングで研究者と経営者を両立

現在、加藤准教授は研究者とベンチャー企業経営者の両方をやっている。一般的なイメージで考えれば、研究者はとにかく興味があること好きなこと(研究)をどこまでも突き詰めていく人で、経営者は事業によって利益を得て事業規模を拡大させていく人だ。この2つの職業を両立させていくにはかなり異なるマインドセットを求められる気がする。

「それはぼくにとって同じことなんです……。研究者って2つのタイプがあると思うんですよ。ひとつのタイプはお金などに興味がなくて真理をとことん追求していきたいタイプ。もうひとつのタイプは大きな研究費を取って大規模な研究を、それも社会実装に近くてイノベーションにつながる研究を進めていくタイプ。ぼくは後者のタイプだと思うんですが、『経営者』と『後者のタイプの研究者』は同じマインドだと思っています。後者のタイプの研究者は、研究チームを持った瞬間から組織運営をしなければならない。『その研究がいかに大切か』を説明して、組織運営できるだけの研究費を取って来なければならない。これは経営者が資金調達するために出資者に事業の説明をするのと同じことですね」

研究も大きなプロジェクトになればなるほど、経営に近いものになるのだ。

「スキル(能力)、タスク(仕事)、アウトプット(成果)と分けて考えると、経営者も研究者も同様のマインドとスキルを持っている。しかし、やっているタスクがけっこう違う。タスクが違うので、アウトプットも違ってくる。ぼくが大事だと思っているスキルは『ロジカル・シンキング』です。論理的に考えていくこと。ロジカル・シンキングができると、研究も会社経営もできると思います。もうひとつ、大事なことは『成功がイメージできているか』ということ。成功がイメージできていれば、それをゴールとして、そこまでの道のりをロジカル・シンキングしていけばいい。だから、ぼくは研究者としてもベンチャー経営者としても同じようにやっているんです」

ベンチャー企業、ティアフォーで巨大な生態系をつくる

ところで、ベンチャー企業、ティアフォーってどんな会社なのだろうか。どんな魅力があるのだろうか。

「ティアフォーを一言で言うなら『オープンソースで生態系を創って成長させていくための技術集団』ですね。我々が競争相手と想定しているのはGAFA【編集部註:米国の4つの巨大IT企業の総称。Google、Amazon、Facebook、Appleの頭文字を合わせた造語】や中国IT大手などの巨大企業です。ティアフォーはベンチャー企業なのでとても小さい。だからロジカル・シンキングをすると、それらの巨大企業には絶対勝てないという結論になる。そこで我々の武器となるのは『オープンソース』という方法です」

オープンソースにすると、そのソフトウェアを使いたい仲間がたくさん集まってくる。現在、ティアフォーの周りには無数の仲間(企業)が集まってきている状態だ。当初は小さいスタートアップなどが多かったが、現在では半導体大手企業やスマートフォン製造メーカーなど1兆円企業10兆円企業も仲間にいる。それらの仲間を合わせたひとつの生態系、ティアフォーを中心とした「経済圏」の大きさを考えると、すでにGoogleを凌駕する規模の生態系に成長しているという。加藤准教授はその生態系を世界連合軍のような戦力として捉え、「GAFAのような一社独裁」や「人間が使う『道具』としてのコンピュータ」といった既存のバリューを破壊し、新たなバリューを創造しようとしている。

応用ドメインに特化した計算機システムの時代へ

英雄は民衆のために物語を紡ぐ

加藤准教授の話を聞いていると、企業の宿命とも言える「富を築く」というモチベーションをあまり感じない。彼はティアフォーを中心とした生態系によってAutowareを世界に広げ、社会的共通資本、つまり巨大なインフラを作ろうとしているように見える。それは「公共」の精神に支えられた行動なのではないか。

「たしかにぼくの動機は私利私欲ではありませんね……。『ヒーローズ・ジャーニー』って分かりますか? ジョセフ・キャンベルという神話学者が唱えた『物語の形』なんですが、『主人公が旅に出て、様々な困難に打ち勝ち、成長し、ついには大きな相手への勝利を収めて、ヒーロー(英雄)として帰還する』という物語の形です。ぼくは自分の人生をこのヒーローズ・ジャーニーになぞらえる癖があります。自分を主人公として考えてしまうという。主人公としてのぼくはヒーローなので私利私欲に走っちゃったらカッコ悪いじゃないですか(笑)。オープンソースを武器に生態系という世界連合軍を作って、既存の大ボスを倒すのがぼくの物語だけど、それは民衆のためですよね。とにかくこのゲームを全クリしたいというか、物語を完結させたい。自己実現欲求が高いとでも申しましょうか」

20代の頃、二人の英雄に憧れていたOS少年は、大人になって、今や、自ら英雄になろうとしている。

東大理学部の個性派准教授が紡ぎ出す物語。さあ、あなたも今後の展開に注目しようではないか。きっと血湧き肉躍る物語に違いない。

研究室: https://www.pf.is.s.u-tokyo.ac.jp
個人: https://shinpeikato.com

※2021年取材時
​文/清水 修(ACADEMIC GROOVE)
​写真/貝塚純一
​動画/加藤真平准教授提供

情報理工学系研究科 情報科学科 准教授
Shinpei Kato
加藤 真平
2004年慶應義塾大学情報理工学研究科卒業。2008年同大学開放環境科学専攻博士課程修了。 博士(工学)。その後渡米しカーネギーメロン大学とカリフォルニア大学にて研究員を務め、 2012年名古屋大学准教授を経て2016年より現職。2015年にティアフォーを創業し、 2018年にはThe Autoware Foundationを設立、代表に就任。
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