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コロナ禍でも教育・研究を止めない

理学部・理学系研究科のコロナ対策

April 1, 2021

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2020年、世界はコロナ禍に襲われ、“日常”が一変した。それは、大学も例外ではない。そのなかでも、教育・研究の水準を維持するために、理学部・理学系研究科がとった取り組みを振り返る。

◎厳戒下での卒業式、事務室で渡した卒業証書

始まりは、一通のメッセージだった。

2020年1月、星野真弘・理学系研究科長・理学部長は、海外の研究者仲間から「中国の武漢で原因不明の肺炎が流行しているようだ」との話を聞いた。まもなくその原因は新型のコロナウイルスによる感染症と判明(以下、COVID-19)。ヒトからヒトへの感染も確認された。

「未知のウイルスによる感染症の勃発は、『ただごとではない』とは思いました。ですがアウトブレイク(局所的流行)にとどまったSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)と同じように、若干気をつける程度かと当初は考えていました」(星野)

しかし、COVID-19は武漢から中国各地、さらに世界中へと広がり、死者数も急増。日本でも武漢に渡航歴のある人や、武漢からの観光客と接触した人の感染が確認された。WHO(世界保健機関)は1月末に「国際的な緊急事態」を宣言した。

2月に入り、乗客の感染が確認されたクルーズ船の横浜港入港、集団感染(クラスター)の多発や感染経路不明のケースの増加、そして国内初の感染者の死亡と、事態は深刻さを増していく。そして2月末、政府から全国の小中高校に3月からの臨時休校を要請し、学校教育にも大きな影響が生じることとなった。すでに大学内外でも、各種行事や集会の中止が相次ぎ、理学部では翌月の卒業式をどう行うかについて議論が重ねられた。

3月11日、WHOはCOVID-19が「パンデミック(世界的大流行)」の状態にあると認定。ウイルスが猛威を振るうヨーロッパやアメリカ・ニューヨーク州などでロックダウン(厳しい外出制限)が実施された。日本国内でも、プロ野球やJリーグの開幕延期やセンバツ高校野球の中止が決まり、東京オリンピック・パラリンピックの1年延期も決定。3か月前には誰も想像しなかった異様な年度末を迎えることとなった。

「結局、全学の卒業式は一部の学生だけが安田講堂に集まり、そのなかからさらに代表だけが学位を授与するようにして執り行いました。理学部の各学科・専攻では、例年なら学科長・専攻長が、一堂に会した卒業生ひとりひとりに卒業証書を手渡しにしていたのを中止して、2~3分おきに事務室にひとりずつ取りに来てもらって渡しました」(星野)

◎誰も“置いてきぼり”にしない

4月7日、7都府県に「新型コロナウイルス対策の特別措置法」に基づく緊急事態宣言が発出され、4月16日には全国に拡大。人の移動が制限され、他人との接触を極力減らすことが求められる未曾有の状況の下、新学期が始まった。

すでに東京大学では、全学的に、4月の最初の2週間は授業を一切行わないことが決まっていた。それ以降の授業もすべてオンラインで実施され、学生は自宅で講義を受けることに。学生も教員もほぼ未経験となるオンライン講義への不安を拭うため、星野研究科長はウェブ上で学生たちに次のように語りかけた。

「理学部・理学系の学生が、一人たりともオンライン講義で“置いてきぼり”にならないようにします。そしてオンライン講義を受講できなかった学生のために、講義録画の再視聴や補講などを行います」

オンライン授業の具体的な実施方法は、理学部の「教務委員会」を中心に検討・調整が行われた。教務委員会は、教育関係全般に関するさまざまな事柄の審議や調整を担う機関だ。教務委員長である川北篤教授(理学系研究科生物科学専攻・理学部生物学科)はこう語る。

「通常、教務委員会では、カリキュラムの整備、成績評価、学生の学籍問題などを主に取り扱います。しかし昨年度は、オンライン授業への変更や、オンラインではできない実習や演習をどう執り行うかといった、未経験の課題への対応に追われました」

授業のない2週間のあいだに、オンライン授業開始に向けての準備が進められた。学生へのWi-Fiルータの貸し出し、教員へのZoom(クラウド型のウェブ会議サービス)の使い方の指導、教員用・学生用のオンライン講義マニュアルの作成、などなど。

「学生も非常に協力的で、接続テストに参加してくれました。それによって『こうやったらうまくいく』というノウハウを、教員・学生間で共有できたのです」(川北)

4月17日以降、準備が整った学科・専攻から、順次オンライン講義が始まった。最初は途中で接続が切れてしまう等のトラブルも散見。しかし1か月もすると教員も学生も慣れ、スムーズに講義が行われるようになっていた。

「学生からはオンライン講義を高く評価する声も多く聞かれました。『後から講義を視聴し直せるので、復習がしやすい』『質問が講義中や講義終了後にチャットでできることが良い』『通学時間がないので、睡眠時間を多くとれて健康になった』などです」(川北)

また、全学で使われた学習管理システム「ITC-LMS(Information Technology Center – Learning Management System)」も、教員・学生ともに好評だった。講義資料のファイルを学生と共有したり、学生からのレポートを集めたりするシステムで、どの学生が資料をダウンロードしたか、レポートを提出したかもすぐに分かるからだ。

◎実習・実験の再開と、活動制限下での研究継続

一方、実験や実習は、4~7月の夏学期(Sセメスター)の期間、全学的に一切できなかった。例年、理学部の多くの学科では、午前中は座学中心、午後が実験・実習というカリキュラムを編成している。しかし昨年度は、10~3月の秋学期(Aセメスター)で予定されていた講義を夏学期に集中させて行うなどの対応がとられた。

5月に入り、全国に出されていた緊急事態宣言は地域ごとに解除されていき、東京都でも5月25日に解除。東⼤全学での活動制限指針は、それまでの「レベル3(制限-大)」から、6月12日に「レベル1(制限-小)」、そして7月10日に「レベル0.5(一部制限)」へ引き下げられた。

「これにより、ようやく対面授業や実習・実験を行うことが可能となりました。実習を夏休み期間に詰め込んで実施した学科もあれば、秋学期から実習を再開した学科もありました」(星野)。

7月末、例年なら前期試験の時期である。しかし対面での試験は行わず、レポートの提出や、毎回のオンライン講義で小テストを実施して評価に代えるなどの方式がとられた。

コロナ禍は学部での教育だけでなく、大学院での研究活動にも深刻な影響を及ぼしたが、コロナ対策の研究など、緊急性が高いと認められた研究は、活動制限指針「レベル3」の期間も継続された。同様に、修士論文や学位(博士)論文執筆のための研究、学部の卒業研究は優先して進められた。

「研究を継続するかどうかの判断は、各研究の状況を個別に聞いて、慎重に行いました。感染防止のための安全対策が取れているのか。また、研究に従事する人が強制されず、本当に自分の意思でやっているのか。それらをひとつひとつ確認していったのです」(星野)

「さらには、実験動物や実験植物の世話も継続する必要がありました。そのために教員や学生でシフトを組み、最小限の人数で管理を続けました」(川北)

活動制限指針が「レベル0.5」に引き下げられた秋学期以降は、座学の講義やセミナーなどは引き続きオンラインで行われたが、キャンパスでしかできない教育研究活動は例年とほぼ変わらない水準で再開された。

◎変わらぬ教育・研究環境を提供するために

年が明けて2021年1月7日。東京都などに再び緊急事態宣言が発出され、東大の活動制限指針は「レベル1」に上昇。期末試験が近づいていたため、対面で予定していた試験をオンラインやレポート評価に切り替えるなどの対応がとられた。一方、研究活動は現場での滞在時間を減らすなど、感染拡大に最大限の配慮をしながら継続されている。

激動の1年を振り返り、星野研究科長はこう語った。

「対面での授業ができなかったり、実習・実験が集中化したりしても、従来と同じ学習効果がきちんと得られたのか。その点はよくわからないところもあります。しかし、教員と学生が協力して努力・工夫したことにより、『学びの場・研究の場を失わない』という必須の目標は達成できたのではないでしょうか」

また川北教務委員長は「今後もコロナ禍でできる教育・研究方法をもっと工夫していきたい」と述べた。

「オンライン講義は非常に良い点がたくさんあったと思います。そうした長所と、対面によるコミュニケーションの長所とをうまくブレンドしていくつもりです」

たとえば、実習や実験をVR(仮想現実)技術を使って行う装置が製品化されてきている。そうした新技術・新製品の活用はすでに検討中である。

「生物学科で実施している野外実習も、現地に行かずにVRで行うことが可能かもしれません。またGoogleマップのストリートビュー機能を使って、日本全国の道路沿いの植生を調査するといった『バーチャルフィールド調査』にも取り組んだりしました」(川北)

感染リスクを抑えるために、各教室の空調設備の改善も検討されている。現在は屋内循環型のシステムだが、外気と換気できるタイプに換えようというものだ。

そして何より大切なのは、学生のメンタル面でのケアだと星野研究科長は強調する。

「理学部に設置された『学生支援室』では、コロナ禍でさまざまな不安を抱えた学生たちを個別にサポート、ケアしてきました。また、いわゆる『Zoom飲み会』などで学生と教員、学生同士の距離を縮めることにも力を注いできました。未曾有の事態にあっても、従来と変わらぬ水準での教育・研究環境が提供できるよう、我々は今後も全力を尽くします」

コロナ禍でも、学生たちには思う存分、学問と研究に打ち込んでほしい。それが東京大学理学部・理学系研究科の全教員・職員の思いである。

※2020年取材時 文/萱原正嗣、写真/貝塚純一

東京大学大学院理学系研究科長・理学部長
HOSHINO Masahiro
星野 真弘
1981年東京大学理学部地球物理学科卒業、1986年理学博士。宇宙空間物理学を専攻。米国NASA / GSFC研究員、宇宙科学研究所助教授などを経て、99年より東京大学理学系研究科地球惑星科学専攻教授。2020年4月より研究科長・学部長を兼任。
東京大学大学院理学系研究科附属植物園 教授 同研究科教務委員長
KAWAKITA Atsushi
川北 篤
2002年京都大学理学部卒業、2007年京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。同研究科助教、同大学生態学研究センター准教授などを経て、2018年に東京大学大学院理学系研究科植物園教授に就任。2020年より教務委員長を兼任。
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