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特集記事

理学部の科学遺産

化学教室に残る90年前のコロイド溶液

October 11, 2021

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化学教室に残る2つの「金コロイド」。
左の薄紫色の溶液が、ワイマルンが1923年に、右の赤い溶液が鮫島教授が1933年につくったもの。

化学教室の物性化学講座(大越慎一教授)には、代々受け継がれているビーカーとフラスコがある。中に入っているのは、藤の花を思わせる淡い薄紫と、ルビーのように鮮やかな赤色の液体。どちらも、金のナノ粒子が液体中に浮遊しているコロイド溶液「金コロイド」だ。

コロイドとは、ナノスケールの微粒子が、媒質中に分散している状態を指す。媒質が液体ならコロイド溶液と呼ばれ、牛乳や墨汁が身近な好例だ。牛乳は水溶液中に乳脂肪の微粒子が、墨汁は煤の炭素粒子が浮遊している。

時代を感じさせるラベルには、それぞれ次のように書かれている。
“Gold Sol -- Prepared by von Weimarn (1923年)”
“Prepared by Prof. Sameshima”. “May 23, 1933. Gold Sol”

歴史を感じさせるラベルには、二人の名前や作成年に加え、「金コロイド」の別名「金ゾル(Gold Sol)」が記載されている。

前者は1923年にワイマルンによって、後者は1933年5月23日に鮫島教授によってつくられたものと分かる。別の記録によれば、前者は9月1日の関東大震災以前のものだ。ワイマルンのコロイド溶液は、東大初の鉄筋コンクリート建築だった化学教室の建物とともに、震災を乗り越え今日に伝わる。

ワイマルンとは、コロイド学の大家だったロシア出身の化学者の名だ。1921年、ロシア革命後のソ連から日本に亡命を果たす。そのときワイマルンが頼ったのは、化学教室で「物理化学講座」を受け持っていた池田菊苗教授だ。池田教授は、「うま味」のもとのグルタミン酸ナトリウムの発見で高名だが、池田教授は英国留学中、物理化学創設の中心人物オストワルトに師事し、日本の物理化学の礎を築いた。オストワルトの息子もコロイド研究の大家であり、ワイマルンとも親しく、ワイマルンはその縁で日本にやってきた。

1923年、“Prof Samesima”こと鮫島実三郎教授が化学教室に着任し、「物理化学講座」を受け継ぐようにして「化学第一講座」を持った。その際、ワイマルンが鮫島教授のもとでコロイド溶液をつくったと思われる。鮫島教授は日本のコロイド学の泰斗となり、その日本語訳である『膠質学』の主著がある。

「金コロイド」は、金の粒子の粒径が10nmほどだと赤色、粒径が大きくなると青みがかり、100nmを超えると黄色く濁った液体になることが知られる。ワイマルンの溶液中には粒径数十nmの金粒子が浮遊していると推測される。「金コロイド」には「金ゾル(Gold Sol)」の別名があり、ラベルにその英語名がある。ゾルとは、コロイド溶液のなかでも粘性が低く、流体の性質を保ったものを指す。

コロイド学は、物理化学における重要テーマのひとつである。コロイド粒子は媒質中で沈殿せず、分散して浮遊し続ける。その動きは「ブラウン運動」として知られ、現代では方程式で記述される。90年変わらぬ溶液の色が、コロイド学の正しさを実証している。

鮫島教授の「化学第一講座」は、後に「物性化学講座」と名を変えた。6代目の大越慎一教授は、池田教授や鮫島教授が日本に根付かせた物理化学をなおいっそう発展させている。12ページで触れたナノ微粒子合成法も、コロイド学の研究の蓄積にもとづいている。

※2018年理学部パンフレット(2017年取材時)
文/萱原正嗣、写真/貝塚純一

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