タンパク質の構造を創って理解しようという合成生物学分野で、膜タンパク質・ペプチドデザインをテーマに研究を続け、2024年1月から横浜の理化学研究所で生体分子動態デザイン研究チームのPI*として研究室を構える新津さん。”膜タンパク質”という挑戦的なテーマだからこその苦労を、笑顔を絶やさず語ります。なぜ、結果が出るまでに時間のかかるテーマに挑み続けるのか、教えてもらいました。
科学者はあたまが悪くなくてはいけない
「わたしは、うまくいかないように見えるテーマを前にしたとき、『本当にできないのだろうか』『できるかもしれない』と思ってしまうんです」と、自身をリスクが高いほど挑戦したくなる性分であると分析する新津さん。そんな自分を励まし、勇気づけてくれた言葉として、寺田寅彦の『科学者とあたま』にでてくる、次の一説を紹介してくれました。
「科学者になるには『あたま』がよくなくてはいけない」(中略)しかし、一方でまた「科学者はあたまが悪くなくてはいけない」
もちろん、ただテーマが挑戦的であればいいというわけではありません。生物のことを理解したいという思いを持ちながらも、化学的にものを創り出すことのおもしろさに惹かれていた新津さんは、生物の細胞膜に存在する重要な化学物質である膜タンパク質やそれをさらに短くした膜ペプチドをテーマに研究を始めます。膜タンパク質は、水に溶けるタンパク質よりずっと研究に時間がかかるため、教授からも「すごく難しいよ」と言われました。
「周りの人たちも研究室のメインテーマに沿ったものを選ぶ中で、“難しい”と言われたことがわたしの探究心に火をつけました。実際のところ、学部4年生ということもあり、どのくらい難しいのかわかっていませんでした。」と、”あたまの悪さ”を発揮して「難しいのであれば、なおさらやりたい!」と挑戦することを決めました。「やってみたら実験もデータ解析も一般的にかかる時間の2倍以上が必要で本当に大変でしたが、いまさら後には引けませんでした」と当時のことを振り返ります。
その後も、時間のかかるテーマへの挑戦が続きます。ポスドクのときには「雇用は3年間の契約だけど、たぶん3年のうちに論文は出ないと思う。それでもいいですか?」と聞かれるようなロングショットなテーマに挑みました。膜の中で自己会合して壊れない孔を開けるペプチドをデザインする、というその研究室でもゼロからスタートのプロジェクトでした。実際、このときの研究が論文になったのは5年後と9年後。“『あたま』がよい人”が避けてしまいがちなテーマであっただけにインパクトは大きく、成果はどちらもNature Chemistryに掲載されました。
設計×シミュレーション×測定
2024年1月から新津さんがリードする生体分子動態研究チームでは、膜タンパク質を設計し、分子シミュレーションで予測をし、実験室で測定するという、3つの手法を上手に組み合わせて研究を進めていきます。
設計とシミュレーションと測定を行き来するという見事な手法ですが、あらかじめ組み合わせることを狙ってそれぞれのスキルを習得していったわけではなかったといいます。膜タンパク質をもっと理解したいという気持ちで、いままで話をしたことがない先生であっても「教えてください!」と声をかけご教示いただいた結果、身につけてきたスキルが偶然結びついたものだったのです。
「受け入れてくれたラボや先生方の懐の深さに感謝しています。私もPIとして、これから一緒にやっていくメンバーの自由な発想を尊重して、しっかりと受け止めるようにしていきたい」と話します。
What I cannot create, I do not understand
物理学者リチャード・ファインマンの言葉に、”What I cannot create, I do not understand(創れないものは、理解したとは言えない)”というものがあります。新津さんの興味もまさにここで、アミノ酸配列がフォールディングされていくときのルール(シーケンス・ストラクチャー・リレーションシップ)を理解したいというところにあります。
DeepMindの開発したAI(アルファ・フォールド2)によってこのルールはほぼ解かれたといわれていますが、膜タンパク質や人工の配列では精度が下がること、ダイナミックに動くことで機能するタンパク質について得られる情報は限られることが知られています。つまり、ここにまだ、未解明のルールが残されているのです。「この部分を明らかにすることに理学的な興味関心があります」という新津さん。意図通りに機能する膜タンパク質を創ることで、生物への理解が深まっていくのです。
理解する喜びを大事にしてほしい
分野を切り拓くような研究をするというのは、非常にチャレンジングなことです。大きなインパクトをもたらす一方で、成果を論文として発表できない期間が続くこともあります。
「研究をしているとだいたい苦しいのですが、たまにすごくいい日があります。大発見ではありませんが、パッと道が開ける瞬間があります。これを味わうとたまらなくなります。私は、そのような瞬間を味わうために残り99%の苦しさを乗り越えています(笑)」と、苦しみながらも失敗に終わるリスクの高いテーマに挑み続けるモチベーションを語ります。
そして「理学部に進学する方は、理解する喜びを感じてきた方だと思います。ぜひ、自分がなにに喜びを感じるかを大事に選択していってください。そうすれば、後で何が起きても辛抱強く取り組めるはずです」と結びます。
*PI:Principal Investigator
研究室HP:https://www.bdr.riken.jp/ja/research/labs/niitsu-a/index.html
※2024年取材時
文/堀部 直人
写真/井手勇貴