「やり始めたら、それが好きになるタイプなんです」。そう自然体で語るのは、東北大学金属材料研究所の坂本祥哉さん。東京大学で博士号を取得後、スタンフォード大学でのポスドクを経て若くして准教授に着任。経歴は、順風満帆といえます。しかし、このキャリアは計画通りに築かれたものではありません。目の前のことに真摯に向き合い、人との縁を大切にしてきたその先に、思いがけない未来が拓けていったものだったのです。
物理学への扉を開いたノーベル賞
佐賀の農家の家系に生まれた坂本さんは、中高時代はバスケットボールに打ち込み、将来の夢を聞かれれば「スポーツ選手」と答えるような少年でした。研究者になるなど、当時は想像すらしていませんでした。
予備校時代、南部陽一郎、小林誠、益川敏英ら日本人研究者がノーベル物理学賞を受賞したというニュースを耳にします。物質の根源や宇宙の謎を解き明かそうという壮大な営みに、これまで感じたことのない興奮が湧き上がり、物理学を学ぼうと決めた瞬間でした。東京大学に入学し、「素粒子や宇宙といった、物理っぽいことをやろう」と物理学科に進学します。
「社会との関わり」と適性で見つけた物性物理の道
素粒子や宇宙に憧れを抱いて物理の世界に足を踏み入れた坂本さんでしたが、「素粒子や宇宙物理も面白いけれど、もう少し社会と関わりがある分野を選びたい」と思うようになっていきます。「物理学科には優秀な人が本当にたくさんいました。紙とペンで真理を追求していく世界で彼らと渡り合っていくのは大変なことだ」と感じ、そのとき冷静に自分を見つめることができたからだと言います。この率直な自己分析は、決してネガティブなものではありません。それは、自分が最も力を発揮できる場所はどこか、という問いに対する誠実な答え探しでした。
そうして見出したのが、物質が持つ多彩な性質を明らかにし、応用へと繋げる「物性物理学」でした。大学院ではこの分野に進み、「磁性半導体」という半導体でありながら磁石の性質も持つ不思議な物質が、なぜ磁石になるのか、その謎を解き明かす研究に打ち込みます。
博士課程への道を拓いたリーディング大学院制度*
大学院に進学し研究の面白さにのめり込んでいった坂本さんでしたが、研究者を志す人に共通する「経済的な自立」という問題と向き合う必要がありました。「実家が裕福というわけでもなく、いつまでも親に援助してもらいながら研究を続けるわけにはいきませんでした」と当時のことを話します。
そのようななか、「リーディング大学院制度」という、給与が支給されるなどして経済的な心配なく研究に打ち込める画期的なプログラムが一条の光となりました。
「通れば、自立して研究生活ができる」と活路を見出す一方で、「これに落ちたら、就職しよう」と覚悟を決めます。結果は、合格。金銭的な不安から解放されただけでなく、同じ志を持ち、プログラムに参加した学生らとの交流を通じて研究に没頭していきます。
*文部科学省と大学がバックアップする、大学院の長期教育プログラム
運と縁で掴んだスピントロニクス研究
博士号を取得し、研究者としての第一歩を踏み出した坂本さんが次なるステージとして選んだのはアメリカでのポスドクでした。その動機を尋ねると、「何か特別な理由があったわけではないんです」と、少し照れたように話し始めます。「リーディング大学院制度でアメリカの企業に3か月インターンシップに行ったことがあって、それがすごく楽しかった。だから、ポスドクもアメリカでやりたいなと思いました」
しかし、ポスドク先探しは簡単ではありませんでした。坂本さんはこれまでやってきた「物質を測る」分野から、スピントロニクスの分野にシフトしたいと考えていました。「スピントロニクス分野の研究室にいろいろ連絡を取ってみたのですが、実績がないということで、なかなかうまくいきませんでした」。
ここで活きたのが人との「縁」でした。指導教員だった物理学専攻の藤森淳先生の紹介で、スタンフォード大学のシェン先生の研究室の戸を叩きます。そこは、スピントロニクスではなく、これまでと同じ「測る」ことを主軸とする研究室でした。一度は違う道を目指そうとしたものの、ここでは目の前の縁を掴み取る決断をします。
ポスドクの任期を終える頃、再び転機が訪れます。東京大学でスピントロニクス研究を推進する三輪真嗣研究室(物性研究所)の公募がでたのです。かつて挑戦しようとして叶わなかった「スピントロニクスデバイス」です。「やりたいことと合致していたので、応募することにしました」と、絶好のタイミングで訪れたチャンスを逃さず捉えます。
恩師に背中を押され次のステージへ
東京大学で助教に着任し、念願のスピントロニクスデバイスの研究に打ち込む日々が始まりました。安定したポジションを得て研究に打ち込むこと5年、いよいよ腰を据える頃──。多くの人がそう考えるタイミングで、坂本さんのキャリアが再び動き出します。東北大学で准教授の公募が出たのです。これを、三輪先生が力強く背中を押してくれました。「三輪先生は、研究室から少しでも早く巣立つようにと促してくれる方でした。常に次のポストを探して職位を上げていくことが研究者として大事だと後押ししてくださったのです」。
見事に公募を勝ち取った坂本さんが東北大学で目指すのは、これまでのキャリアで得た二つの経験の融合です。「ポスドクまでで培った『測る』技術と、三輪研究室で学んだデバイスを『作る』技術。この二つを掛け合わせることで、自分にしかできない研究ができると思っています」。自ら作り上げたデバイスを、培ってきた測定技術で解き明かす。点と点だった経験が、ここ東北の地で一本の線として繋がろうとしています。
その根底にあるのは、物理学者としての純粋な探究心です。「僕は、100を101にするような開発研究も大事だと思いつつ、0から1を生み出すようなことに、より強い興味があります。誰も使ったことのないような変わった物質で面白い現象を見つけたい。それが将来、何かの応用につながれば嬉しいですが、まずはその不思議さ、面白さを突き詰めたいんです」。
社会との関わりを意識して選んだ物性物理の道ですが、さまざまな経験を積み重ねた今、視線は再び物理学の根源的な問いへと向かっているのかもしれません。新たな研究室、そしてバーベキューや東北の名物行事・ 芋煮会といったイベントも多い豊かな仲間との交流の中、坂本さんはまだ誰も見たことのない「0から1」を探求しています。
未来の研究者たちへ
インタビューの最後に、これから自分の道を選択し、歩んでいく学生たちへ、メッセージをお願いしました。それは、自身の経験から紡ぎ出された、誠実な言葉でした。
「理学部のいいところは、やはり『物の本質』を学べる点だと思います。物理や化学といった基礎をしっかり理解していれば、将来どんな分野に進んだとしても必ず活躍できる。僕はそう信じています」。
専門分野の知識だけでなく、物事を根源から捉える思考法そのものが、理学部で得られる最大の財産だと言います。さらに、博士課程への進学を迷っている学生に向けて、こう続けます。
「企業の研究は会社がやりたいことをやるのが基本です。それに対して博士課程は、『自分が本当にやりたいこと』を、誰にも邪魔されずにとことん突き詰められる最初の、そして最高の機会になります」
もちろん、任期の問題や待遇面など、研究者の道が常に魅力的に見えるわけではないことも自身の経験から理解しています。それでも、「自分の好きなことを研究できる、やりたいことをやれる。それが、この仕事の一番面白いところです」と語ります。
キャリアは計画通りに進めなければならない、という考えを軽やかに解き放ってくれる坂本さんの歩み。その根底にあったのは、物理学への純粋な好奇心と、目の前の物事をとことん面白がり、「やり始めたことを好きになる」という柔軟な心でした。
未来は、予想もつかない「縁」と「チャンス」の連続です。だからこそ、今はただ、目の前の学問に夢中になる。その経験が、いつか自分だけの「新たな武器」となり、思いがけない未来への扉を開けてくれるはずです。
※2025年取材時
文/堀部 直人
写真/熱海俊一


