音楽と学問、2つの道で迷った末に後者を選んだ松井准教授。「万物を理解したい」との決意を胸に、数理物理の道へと進んだ。その先で直面した困難を、いかに乗り越えたのか。
――どんな研究をされているのですか。
数学と物理の中間領域である数理物理を研究しています。物理を学んでいましたが、実験の結果を見ただけでは納得できない性分で、物理現象の背後にある理論を突き止めたいと、この分野に進みました。
物理現象はさまざまな微分方程式に従うことが知られていますが 、その方程式を解くことは困難です。数理物理は、物理現象 を単純なモデルに置き換え、紙と鉛筆で解けるようにする学問と言えます。こうしたモデルにはきれいな数学的構造があり、異なる物理現象のなかに同じ数学モデルが見られることもあります。
具体的な研究対象は、量子スピン鎖と呼ばれる一次元の磁性体です。現代物理学では、原子・分子スケールのミクロな物理現象を量子力学で記述します。原子や分子が多数集まると、粒子単体の性質からは想像もできない振る舞いを見せます。特に面白いのは、異なる性質を持つ2つの相の境界点である相転移点の直上で見られる現象です。ここでの物理量には 、物理模型が持つ数理構造が顕著に現れます 。このスピン鎖模型の数理モデルは、ひも理論や交通渋滞モデルなど、さまざまな物理モデル に共通して見られる ことが分かっています。
――この分野に進まれたきっかけは?
数学に関心を持ったのは小学生のころです。中学校で物理を習い、世の中の仕組みを数学で表現できることに感動しました。
進学の際は、幼いころから続けていたピアノとの選択で迷いました。音楽は人に感動を与えられますが、狭き門です。ならば学問を極めようと進学を決意しました。そのときは、学問の世界の厳しさを分かっていませんでした。「万物を理解するべく物理を極めたい」という野望に燃え、理学部物理学科へ進学を決めました。
大学院で数理物理の分野に進むと、困難が待ち受けていました。現実世界と乖離した無味乾燥な数式の羅列が、万物の理解とどんな関係があるのか……。自分の研究に価値を見いだせなくなった時期もあります。
辛抱して研究を続けるうち、多くの学会へ足を運ぶようになりました。そこでさまざまな人に出会い、言語も文化も異なる人たちが、同じ問題に興味を持って研究していることに驚きと感動を覚えました。
研究は孤独な作業ですが、先人たちが積み上げた理論があり、世界のどこかで同じ問題と向き合っている人がいる。新しい結果を一緒に喜べる仲間がいる。無機質だと思っていた数理物理の世界が、鮮やかな色彩を持って見えた瞬間でした。数学の問題が解けたときと似た感覚です。
――学生のみなさんにメッセージを。
積極的に外に出て行って、知らない世界を見てほしいと思います。人のつながりをつくり、経験を蓄積していけば、必ず成長することができます。
女子学生の皆さんに伝えたいこと。私自身、進学の際は物理学科に女子学生がいるのか心配でしたが、自分の気持ちを曲げずに本当によかった。今の時代は、むしろ、「女性だからこそ」優遇されるチャンスもあります。面白そうだと思える道に、勇気を持って進んでください。「女性だから」という理由でできないことはありませんから。
※2018年理学部パンフレット(2017年取材時)
文/萱原正嗣、写真/貝塚純一