新素材の研究一筋10年以上、化学の基礎研究に打ち込む生井氏。
産み出された新素材は、ビックデータ・IoT社会の未来を切り拓く大きな可能性を秘めていた。
――どのような研究をされていますか?
ナノサイズの酸化鉄(Fe2O3)を研究しています。酸化鉄には結晶構造の違ういくつかの種類があり、自然界にはいわゆる赤錆の αアルファ型、砂鉄の類のγガンマ型があります。私が研究している εイプシロン型は、2004年に理学系研究科化学専攻の大越慎一先生が、化学的なナノ微粒子合成法により初めて単相合成されたものです。私も2007年から大越先生と連携して研究に取り組んでいます。
――どのような特徴があるのでしょうか?
ε型酸化鉄は磁石としての性能を持ち、磁場の影響を受けにくい保磁力の高さが特徴です。鉄酸化物ベースのフェライト磁石は、最も生産量の多い磁石であり、安価で化学的安定性にも優れていますが、一般に保磁力はそれほど高くありません。一方、保磁力の高い希土類磁石は、素材となる希土類の資源の偏在や枯渇が懸念され、価格も高価です。ε型酸化鉄でつくるフェライト磁石は、希土類磁石に匹敵する保磁力があり、フェライト磁石の可能性を広げうるものです。酸化鉄というありふれた物質で新たな物性が見つかったことは、科学的にも大きなインパクトがあります。
――応用面での期待も大きいと伺いました。
情報通信分野の2つの用途で、企業と応用研究に取り組んでいます。ひとつは磁気テープの次世代素材への応用です。ビッグデータ時代の到来で、磁気テープは大容量・低コスト・長期安定な記録媒体として需要が高まり、大容量化も求められています。ε型酸化鉄は粒径10 nm以下でも保磁力が高く、素材として期待されています。
もうひとつは電磁波吸収材です。近年、先進運転支援システム用の車載レーダーや次世代無線通信規格で、ミリ波と呼ばれる30-300 GHzの高周波数帯域の電波が使われ始めています。吸収材は、電波干渉によるノイズの低減やセキュリティの観点から必要とされており、ミリ波吸収特性のあるε型酸化鉄の応用が期待されています。
今では電波工学の勉強もし、70件以上の特許出願に発明者として名を連ねています。軸足は化学の基礎研究に置いていますが、この展開には自分でも驚いています。
――研究者を目指したきっかけは?
理学部の授業で研究がどんどん面白くなって進学し、ありがたいことに今も助教として研究を続けさせていただいています。「化学は唯一、新しい物質をつくり出せる学問だ」。駒場の授業でこの言葉を聞いて、化学を学ぼうと思いました。化学は工学部でも学べますが、社会のニーズに応えるものづくり中心の工学のアプローチよりも、新しいものをつくってシーズを育てる理学のアプローチに惹かれました。
――長く在籍しているからこそ見えてきた東大理学部の魅力とは?
ここには一流の先生方がいて、研究設備がきわめて充実しているのを実感します。たとえば、海外の大学との共同研究で向こうを訪ねると、自分がいかに恵まれた環境で研究できているかを痛感しますし、向こうから人がやってきたときは、決まって設備の充実ぶりに驚かれます。しかも、その多くを学生が自由に使うことができます。学生のみなさんには、東大理学部でしかできない研究に挑んでほしいと思います。
※2018年理学部パンフレット(2017年取材時)
文/萱原正嗣、写真/貝塚純一