化学が好きで、化学を社会に役立てたいと、化学メーカーに就職する道を選んだ宮地氏。30年の研究開発の後に待っていたのは、会社の舵取りを担う経営陣としての職務だった。
――化学専攻を卒業されて化学メーカーへ。やはり化学がお好きだったからでしょうか。
1985年に卒業して、日産化学工業に研究職として入社しました。高校生のころから化学が好きで、化学を社会に役立てたいと就職先を決めました。
最初に取り組んだ研究は、学生時代から取り組んできた「全合成」です。自然界に存在する複雑な化合物の人工合成を目指していました。
――自然界にある物質を人工的につくるのはなぜでしょうか。
大きな目的は、対象とする天然化合物を安定して手に入れられるようにするためです。医療や産業への応用が期待される天然化合物が見つかっても、その化合物の入手が難しければ、応用研究は前に進みません。全合成は、そうした壁を乗り越えるための重要なアプローチです。
実際、私が大学に入る少し前の1970年代半ば、全合成による創薬が大きな注目を集めました。日本の製薬会社が、「プロスタグランジン」という人体から発見された生理活性の高い化合物を全合成し、世界初の医薬品をつくり出したのです。私も入社後すぐに、この「プロスタグランジン」の全合成に取り組みました。この化合物にはさまざまな種類があり、医療への応用展開を見込んでいました。この研究に10年ほど取り組んで、次第に薬そのものをつくってみたくなり、希望を出して医薬品の研究開発部門へ異動しました。
――そこでは具体的にどのような研究を?
ここでも10年ほど在籍し、「血小板減少症」の治療薬の開発に取り組みました。化合物の探索から商品化の道筋を整えるところまでを手掛け、部門を離れた2009年に商品化につながりました。苦労が多かっただけに、喜びもひとしおです。研究職として最後の10年は、それまで未経験だった新規材料開発に取り組みました。
――今は経営の舵取りを担うお立場ですね。
入社31年目の2016年、研究職出身として当社初の経営企画部長に就任します。その前年から2030年に向けた長期経営計画策定プロジェクトに参加していて、計画の実行責任を負うことになったのです。
経営に携わるのは初めてですが、研究との共通点を感じています。研究開発が「ものづくり」なら、経営は「ことづくり」です。新たな仕掛けをつくり、「こと」を起こす。会社をよくする施策を打ち出し、社会に向けてメッセージを発信する。研究開発に力を入れる当社が、社会に新たな価値を提供できるよう、研究職の経験を活かして新たな業務に日々挑戦しています。
――理学の魅力とは何でしょうか。
本質を探求する理学のアプローチは、企業でも強く求められています。スピードや効率を重視する企業活動の現場では、「いい結果が出ればそれでよし」となりがちですが、それだけだとうまくいかなくなったときに行き詰まってしまいます。結果が出ている理由を一段掘り下げて考える。物事の本質に迫る理学の姿勢は、研究の世界ではもちろんのこと、企業活動においても不可欠です。学生時代は存分に研究や学問に打ち込み、自分の頭で考える力と習慣を養ってください。
※2017年理学部パンフレット(2016年取材時)
文/萱原正嗣、写真/貝塚純一