レーザー技術の発展は、原子や分子を「見る」ことを可能とした。
強い光は原子や分子の性質を変え、超高速現象を明らかにする。
人は、身の回りの世界を光によって見ている。科学の世界においても、さまざまな物質を「見る」ために、光が用いられてきた。
なかでも、光科学の発展に大きな影響を与えているのが「超短パルスレーザー」だ。一つのパルスの時間幅が、フェムト秒(10-15秒)、アト秒(10-18秒)という極めて短いレーザーである。1秒間に地球を7周半する光でも、1フェムト秒では0.3 μm(マイクロメートル)(0.3×10-6 m)、1アト秒では0.3 nm(ナノメートル)(0.3×10-9 m)しか進めない。この極めて短い時間幅のレーザーによって、極めて速い分子や原子の振る舞いを観測できるようになった。この光を強くする技術が、「新たな科学の領域を切り拓いた」と山内教授は語る。
「強い光を原子や分子に照射すると、原子や分子の中の電子が、光の電場によって揺すられます。そのため、分子や原子の性質そのものを変えることができます。また、光電場によって原子や分子から飛び出した電子は、光電場によって引き戻され、もとの原子や分子に衝突します。その瞬間、アト秒の光パルスが生成します、この光を使えば、超高速現象の観測が可能になります」
なお、このような強い光の場のもとでの分子や原子の挙動についての研究は、「強光子場科学」と呼ばれている。
山内教授は、時々刻々と変化する気体分子の幾何学的構造を、まるで「コマ撮り」のようにダイナミックに追跡する手法を開発した。その名を「レーザーアシステッド電子回折法」という。気体分子の構造を静的に捉える「電子回折法」と、時間領域の短い「超短パルスレーザー」を組み合わせた手法だ。0.01 Å(0.01オングストローム= 1 pm(ピコメートル)= 10-12 m)の精度と、フェムト秒の時間分解能で分子構造の変化を追跡可能にした。
「この手法により、化学反応過程にある気体分子中の原子核の動きの変化を、時々刻々精密に測定することができます」
強光子場科学は、化学、物理学、レーザー工学にまたがる学際領域だ。さまざまな研究成果が新たな分野を切り拓き、フロンティアが拡大し続けている。また、研究の現場で使われる光学材料、レーザー光源、先端計測機器などの開発には、産業界の技術者との交流が欠かせない。
「産学が密に連携しているこのチャレンジングな最先端研究分野のさらなるフロンティアを、ぜひとも若い皆さんに開拓していってほしい」とエールを送る。
山内教授いわく、理学とは、「自然界の仕組みを明らかにする営み」だ。
「高校までの勉強は、先人たちが明らかにしてきたことを学びますが、大学での理学研究では、未知の自然界の現象を解き明かしていきます。また、高校までは物理学、化学、生物学を分野別に教わりますが、境界領域にこそ、研究の醍醐味があります」
山内教授の研究は、さまざまな知見や技術の集合体だ。教授自身も、もともと化学だけではなく、物理学や生物学にも強い興味を抱いていた。
「進振りをあまりナーバスに考えず、『どこに行っても楽しめる』と気楽に考えてほしい。ひとつの専門領域を極めれば、違う領域にも踏み出して行けるのです」
学際領域で新たな分野を切り拓いてきた山内教授ならではのメッセージだ。
※2020年理学部パンフレット(2019年取材時)
文/萱原正嗣、写真/貝塚純一