地震研究は変化のときを迎えている。21世紀になって発見された新たな現象によって、地震理解の枠組みは、大きく拡張しようとしている。
◎地震はどのようにして起こるのか
日本は地震多発地帯だ。地球上で起こる地震の1割程度が、日本列島周辺で起きている。観測される地震は年10万回以上。体感できない小さな地震も含むが、5分に一度は地震が起きていることになる。
地震はなぜ起こるのか――。地球惑星物理学科の井出哲教授はその謎に挑んでいる。
「地震の本質は、地下の岩盤で起こる摩擦を伴う破壊すべり運動です。岩盤にたまったひずみエネルギーが解放されると、岩盤は破壊され、摩擦を受けながらすべります。たまっていたひずみエネルギーのうち、岩盤の破壊や摩擦に使われなかった分が地震波として伝搬されます。摩擦と破壊が起こるプロセスや、生じた波がどのように伝搬するかなど、地震という自然現象を理解・説明するべく研究に取り組んでいます」
地震を引き起こすひずみエネルギーはどのようにしてたまるのだろうか。それは主にプレートの動きだ。
「地球の表面は、複数のプレートでできています。プレートには海洋プレートと大陸プレートがあり、両者は異なる振る舞いをします。前者は海嶺と呼ばれる海底火山帯でつくられ、移動して海溝でマントルの中へ沈み込むのに対し、後者は地表にとどまり続けます。両者の境界域では、密度が大きい海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込みます。このとき、岩盤にひずみエネルギーがたまります。そのため、多くの地震がプレート境界域で起こります」
1960年代後半に確立されたプレートテクトニクスは、地震が起こる原因をよく説明する。日本で地震が多発するのは、列島が複数のプレートの境界上に存在するという構造からの、当然の帰結なのだ。
社会では、巨大地震の発生や予知に関心が集まるが、巨大地震と小さな地震を分かつのはいったい何なのだろうか。
「起きている現象はどちらもほぼ同じです。エネルギーのスケールこそ異なりますが、その解放のされ方は、おおむね相似形をなしています。すなわち、小さな地震は巨大地震のミニチュアと言えます。マグニチュード9を記録した東日本大震災も、地震の始まり方は小さな地震と区別できません」巨大地震は、最初から巨大地震として発生するわけではない。小規模な岩盤の破壊すべりが雪だるま式に大きくなると、地震の規模も大きくなる。そうした連鎖プロセスが起きれば巨大地震になり、起きなければ、小さな地震にしかならない「その差は偶然によるところも多く、現代の科学で予知は不可能です。ただ、地震のリスク評価の精度を高めるにも、偶然性の度合いを定量化する必要があります」
地震という自然現象を理解するためにも、社会の要請に応えるためにも、地震学者は難題に挑み続けている。
◎地震学の常識を変える21世紀の新発見
21世紀のはじめ、それまで知られていなかった新たな地震現象が発見された。その名も「ゆっくり地震」だ。
「通常の地震は、岩盤の破壊すべりが毎秒1 mほどの速さなのに対し、ゆっくり地震は毎秒数cmほどです。すべり速度は地震波の振幅と相関します。ゆっくり地震は体感されないだけでなく、地震計でもわずかにしか記録されません。かつては地震計のノイズと思われていたほどです」
2002年、日本列島西部の太平洋側、南海トラフ周辺で観測される微振動が、地下の岩盤の移動によるものと報告された。日本の研究者による成果だ。南海トラフとは、これまで幾度も巨大地震を引き起こしてきたプレートの沈み込み帯のことである。
「今では、さまざまなことが分かってきました。ゆっくり地震が日本と世界の巨大地震発生地域で起きていること、巨大地震を準備している可能性が高いこと、通常の地震と違う物理法則に支配されていることなど。従来の地震学を拡張する大発見ですが、分かっていないことも多い。その解明に加え、通常の地震との統合理解を目指して研究が盛んに行われています」
なお、ゆっくり地震の発見には、1995年の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)が大きく関係している。震災を機に地震観測網が大幅に強化され、日本の観測網は世界最高水準になった。その膨大な観測データから、新たな地球の動きが見えてきたのだ。
◎変化の時代を生き抜く理学の力
井出教授が地震を本格的に研究し始めたのは、大学院に進学した1992年のことだ。
「理系科目が得意で、物理に興味がありました。素粒子や宇宙は当時から人気でしたが、身の回りの不思議な現象を解き明かしたくて地球物理を選択しました」
なかでも、「純粋な自然現象として」興味を抱いたのが地震だった。当時は1984年の長野県西部地震以来、大きな被害地震が起きておらず、社会の地震への関心も今ほど高くなかったという。それが、1993年の北海道南西沖地震で奥尻島が大きな被害を受けると、状況が一変した。95年には神戸の震災もあり、地震研究に対する社会の要請が一気に強まった。
「奥尻島には調査にも行きました。以来、社会の要請に応えたい気持ちもありますが、それができていないことには忸怩たる思いもあります。ただ、地震のメカニズムを明らかにすることにも意味があります。人は分からないことを恐れるもの。分かることで無用の恐怖を減らすことができます。分からないことを分かるようにするのは、まさに理学がなすべきことです」
理学で必要なのは、「物事を徹底して疑うこと」だという。仮説を出しては叩かれ、それを耐えたものだけが学説として生き残る。学問は、既存の常識や学説を超えていくことで発展する。今では定説となったプレートテクトニクスも、従来の学説を乗り越え定着した。そして今、ゆっくり地震が地震学のパラダイムを変えようとしている。
「既存の常識に従っているだけだと、すぐにローカルミニマムに落ち込んでしまいます。それでは変化に耐えられない。常識を疑い異なる見方を提示するのは、多様性を担保するために必要です。理学部では、そういう能力を訓練します。それを面白がれる人に、ぜひ理学を学んでほしい」
理学は、変化の時代を生き抜く力になる。
※2018年理学部パンフレット(2017年取材時)
文/萱原正嗣、写真/貝塚純一