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学生たちの声

宇宙からの「波」に耳を傾ける〜重力波検出器の開発〜

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天文学専攻 博士課程2年

にしの ようへい

西野 耀平

TO

マーストリヒト大学

オランダ

天文学:幼少期から博士課程まで

いつ頃から天文学が好きになったのかは覚えてはいません。ただ、家には惑星や銀河、宇宙に関する本がたくさんありました。とくに、スティーヴン・ホーキング博士とルーシー・ホーキング博士が書いた『宇宙への秘密の鍵』が好きでした。この本の主人公のジョージは私と同じくらいの年齢の子供で、彼はコスモスというスーパーコンピュータを使って、太陽系外惑星やブラックホールなど、宇宙のさまざまな場所を探検していました。当時のわたしは、そんな宇宙の壮大さに魅了されていました。科学者たちは今では「宇宙には果てがある」と考えていますが、わたしには宇宙は無限に広がっているように感じていました。この本が思い出として際立っているのは、とても読みやすく、ほかのSF小説よりもリアリティがあったからです。

高校時代には物理と数学に興味があったので、天文学を選んだのはとても自然な流れでした。天文学科/天文学専攻のある国内の大学は数少なく、わたしは出身地の神戸から東京大学理学部へ進学することにしました。そして、子供の頃からの天文学への夢に向かって、大学院へと進むこととなります。

重力波:宇宙の音楽

重力波は、宇宙空間で質量が加速されると時空のゆがみから生じるもので、あらゆる空間でつねに発生しています。水を張ったボウルを想像してみてください。ボウルを動かすと波紋ができます。時空でも同様のことが起こりますが、その影響は非常に小さく、わたしたちは通常、それを検出することはできません。わたしたちのターゲットは、2つの巨大でかつコンパクトな質量を持つ物体、たとえば2つのブラックホールや中性子星が衝突する際に放出される重力波です。このような天体現象は十分にエネルギーが高く、わたしたちの持つ最先端の技術を統合すれば検出することができます。

もっとも静かな“音楽 ”を“聴く”

時空のゆがみに影響をあたえることで、重力波は2つの物体間の距離をごくわずかに変化させます。重力波の振幅は太陽と地球の間の距離を水素原子1個の直径分変化させる程度です。重力波を検出するには、鏡とレーザーを使用するのが一般的な方法です。わたしたちは、鏡にレーザー光線を照射し、光が反射して戻ってくるようにします。重力波のゆらぎがない場合にかかる時間は分かっているので、それより長くなったり短くなったりすれば、重力波の変動が原因である可能性があるのです。

現在、重力波検出器は世界に4箇所あり、アメリカに2つ、イタリアに1つ、そして日本にはKAGRAという検出器があります。重力波検出器では、2枚の巨大な反射鏡を数キロメートル離して設置します。わたしたちは長さ数キロメートルの2つの真空チャンバーを用意し、90度の角度で交差させます。レーザー光源を備えた中央のステーションはチャンバーの反対側の端にあります。万全の準備がされた検出器は、観測モードと呼ばれます。そしてこの状態で、重力波が検出されるのを待つのです。検出期間は約1年から2年。わたしたちが「波を検出した」というのは、重力波は目で見るものではなく音を耳で聴くのに似ているからです。わたしたちは時空の振動を「聴いている」のです。

KAGRAのイメージ図 (c) KAGRA Collaboration / Rey. Hori

「耳」を澄ませる

周囲の“雑音”を通して人の話し声を聞き取るのに苦労するように、研究者もまた、さまざまな種類のノイズの中で重力波信号を検出しようと試行錯誤しています。空気の振れは重力波の検出を妨げるため、わたしたちは真空チャンバーにすべての装置を設置しています。また、鏡を安定させる必要があるため、長さ十数メートルの懸架装置を設置して、鏡を地盤の動きから可能な限り隔離します。日本の検出器の場合、大きな問題のひとつに日本海の波による地面の動きがあります。日本列島に打ち寄せる波の衝撃によって地盤振動が生じ、それが鏡に伝わることで測定値に「ノイズ」として現れてしまうためです。わたしたちの検出が海によるものではなく、宇宙からの波によるものであることを確実に証明しなければならないため、このようなノイズはとても大きな問題となります。

量子ノイズ:取り除くことのできないノイズ

これまで挙げたノイズのタイプはすべて古典物理学の範囲内のものです。いっぽう、量子ノイズは検出器の根本的なノイズであり、量子力学によって我々が越えることの出来ない感度の限界が決定されます。量子ノイズとは、レーザー光線を構成する光子の不確定性を意味します。ハンゼンベルグの不確定性原理は、光の粒子的性質(光子数)と波動的性質(位相)の間の「不確定性」を関連付ける定義で、光の二重性の一方のゆらぎを小さくすると、もう一方のゆらぎが大きくなるという、2つの性質間のトレードオフを明らかにするものです。前述の通り、重力波検出器はレーザー光を使用しているため、これらの不確定要素が最終的に検出器の感度を制御してしまうことになります。わたしの研究は、この粒子と波動の二面性を効果的に制御し、不確定性原理による障壁を乗り越え、検出器の量子ノイズを低減することを目的としています。つまり、検出器の潜在能力を最大限に引き出すにはどうすればよいかということです。可能性のある検出器の構成は数多く、その中から慎重に選択しなければなりません。

量子ノイズを抑制するために

わたしは、測定の不確定さを示すハイゼンベルグの不確定性原理によって課せられる限界を解決する方法に取り組んでいます。ハイゼンベルグの不確定性原理は、標準限界と呼ばれる検出器の「基本」限界を示しますが、最先端技術を用いれば、それを克服することができます。わたしは、そのうちのひとつである「量子フィルター」を用いて、量子テレポーテーションを重力波検出器に適用させることを研究しています。量子テレポーテーションとは、量子状態を遠隔地に転送させる技術です。量子コンピューティングでは、テレポーテーションを介して対象を操作して、目的の量子状態を導き出します。いくつかの操作を行い、量子状態を検出器の反対側にテレポーテーションすると、量子コンピューティングと同様に量子状態を操作できる可能性があります。そこで、わたしは、重力波検出器に量子コンピューティングのプロトコルを使用して、強力かつ効率的な量子フィルターを構築することを提案しています。この技術は、将来の重力波望遠鏡に実装されることが期待されています。

ヨーロッパとオーストラリアでの研究経験

JSPS(日本学術振興会)とERC(欧州研究会議)のプログラムのおかげで、オランダのマーストリヒト大学に行くことができました。この留学では、研究だけではなく、異なる文化や環境も同時に体験することができました。オランダの研究環境は日本とはまったく異なっていました。午後6時になると自動的にオフィスから追い出され、ビル全体が閉鎖されるため、余暇の時間を多く持つことができましたが、驚くことに生産性はまったく落ちませんでした。仕事とプライベートのバランスがうまく取れていたからだと思います。自由な時間には、オランダで2番目に高い山(標高300m)へのハイキングや、サイクリングロードを走ることなどを楽しみました。また、オランダ人の多くが英語を話すことも非常に助かりました。日本での研究グループは国際色豊かで、英語での会話に慣れていたため、4ヶ月滞在していましたが、まったく問題はありませんでした。また、ヨーロッパのさまざまな研究施設を気軽に訪問できたのも、良い経験であったと思います。パリ、パドヴァ、トレントのグループを訪問し、有意義な議論ができたことはとても嬉しく思います。さらに今年はオーストラリアにも行くことができました。オーストラリアは誰もが英語を話し、そしてアジア文化が広く浸透していて、とても過ごしやすく思いました。スーパーには日本製品がたくさんあって、おいしいアジア料理店も簡単に見つけることができました。左側通行だったことも、わたしがそこで快適に過ごせた理由の一つかもしれません。いっぽうで、右側通行のマーストリヒトは、まるで鏡の中に住んでいるような気分でした。

マーストリヒトの駅舎。夏のマーストリヒトは22時頃まで明るく、仕事後の余暇の時間も十分に楽しむことができた

STEM分野進学を考えているみなさんへ

もしあなたが天文学に興味を持っている高校生なら、まず数学と物理学を学んでみることをお勧めします。しっかりとした基礎を築くことは、将来の研究をより良いものにするだけでなく、論理的に物事を考える力も身につくからです。大学院生や学部生へのアドバイスとしては、チャンスがあれば海外に行くべきです。もしわたしがマーストリヒト大学に留学していなければ、わたしの研究は今とはまったく違ったものになっていたでしょうし、量子テレポーテーションの研究に取り組むこともなかったと思います。日本でももちろん素晴らしいアドバイスをいただいていましたが、わたしの研究対象であった重力波検出器における量子雑音という、非常に専門的な分野での視野を広げたいと考えていました。修士課程の2年間を終えたわたしは、より直接的にアドバイスや指導を受けたいと思っていたのです。この分野において、わたしが尊敬するマーストリヒト大学のステファン・ダニリシン准教授に最初のメールを送るのには、かなりの勇気が必要でした。しかし、彼は親切ですぐに返事をくれ、彼が所属するマーストリヒト大学の重力波グループに受け入れてもらうこととなりました。彼のオフィスはわたしの部屋のすぐとなりでしたので、質問があるときはいつでも彼に聞くことができました。わたしたちが取り組んだ論文は、Physical Review Aで2024年8月に出版されました。ですから、日本国内外問わず、チャンスを探求することを恐れないでください。

https://doi.org/10.1103/PhysRevA.110.022601

※2024年取材時
撮影/貝塚純一
英語取材・文:ベルタ エメシェ(訳:武田加奈子)
文章は簡潔にするために編集されています。

天文学専攻 博士課程2年
NISHINO Yohei
西野 耀平
西野耀平は子供の頃から天文学に興味を持っていた。日本では数少ない天文学科のある大学である、東京大学に入学した。オランダのマーストリヒト大学で4ヶ月間研究を行う。現在、博士課程2年生。
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