日本での3年間を振り返って

ロトコプ・アレクサンダ(物理学専攻 博士課程3年)

図1

日本語でスピーチするロトコプさん。その素晴らしい内容に,教職員の間からは感心と驚きの声が上がった。

物理学専攻原子核理論物理の初田研究室の博士課程3年,ドイツ出身ロトコプ・アレクサンダ(Alexander Rothkopf)と申します。よろしくお願いします。

今年卒業する同窓生の中には,私より日本に長くいるし,日本語がもっとぺらぺらの方がいるにもかかわらず,私が皆さんにスピーチをさせていただくことが嬉しいです。

まずは言うまでもなく日本の美しい季節,そしてお花見のよい思い出についての細かい話を期待する方は心外に思うかも知れませんが,ほかの留学生を含む送別会的なイベントで,きっと聞く話ですから,遠慮します。

その代わりに今までの3年間の間に印象的だったことの3つを紹介させていただきます。 日本に暮らしながら大学構内・住んでいるゲストハウス・東京の23区の中で体験したことです。 杉浦先生の授業に通いながら「日本の論点」を説明していただいた学生として,印象的だったことのランキングを作らざるをえませんでした。

3位:一般の日本人のツールボックス

ウィキペディアによると朝日新聞の2010年度の印刷部数は1100万に達しました。 世界の新聞を比べるとこの数字は驚異的なことです。 実際に発行高の順番のべストテンでは70%が日本の出版社です。 ほかの国の新聞は300万ぐらいの印刷部数,例えば中国政府の「参考消息」とドイツの「Bild」というタブロイド新聞です。 よくご存知の「New York Times」は250万にしか達しません。 新聞市場が元気なのと同じ理由で朝の地下鉄は熱心に新聞や本を読んでいる方で溢れています。 もちろんヤングジャンプ以外の読書のことです。

日本の長所のひとつは基礎的な数学そして読み書きをひじょうにしっかり身につけていることです。 このように,社会の基礎となる人々にきちんとした知識があるということは,社会の基盤がしっかりしているということです。 日本の人々は,こうした日本の素晴らしい部分に自信をもち,もっと日本の未来に前向きに向き合うべきだと思います。 ヨーロッパ人として,教養深い日本の人々は信頼関係の強いパートナーシップをこれからももちつづけたい相手です。

2位:日本の技術への情熱

2021年までに全部の原子力発電所を停止するドイツから来た私は,日本に来て,技術に対する尊敬と親近感をもち合わせる社会を経験するのは興味深い体験でした。 ヨーロッパでは,産業革命による環境破壊を経験しているため,新しい技術の導入は敬遠される傾向があります。 例えばロボティックスは新しい分野ですが,日本でこの分野での発展がめまぐるしいのには,日本でのロボティックスの人気が大きく関係していると思います。 もしかしたら,命の無いものにも魂が宿るという伝統的な神道の考え方が,命の無いロボットのようなものにも親近感を湧かせているためかもしれません。 キリスト教の影響が強いヨーロッパでは,魂があるのは人間のみで,ロボットに親近感を抱くという発想が育ちません。 技術を大切にする日本の心は,科学や産業の発展をこれからも支えつづけていくと思います。

1位:民主的な科学

これまでにテレビのニュースで歴代の首相が使い捨てのように交代していくのを見るたびに,科学の世界の良さを実感しました。 丸山眞男の作品に,『「である」ことと「する」こと』というのがありますが,まさに政治の世界と科学の世界の違いを表現していると思います。 科学の世界にも有名人はたくさんいますが,こうした人たちも,もともとはひじょうに重要な功績をあげて有名になりました。 科学の世界は実力主義で,実際に業績をあげなくては生き残れませんが,その厳しい過程で能力のある人がリーダーシップをとっていきます。 また,実力主義の世界では,「する」こと,で判断されるため,東京大学の理学系研究科を含む科学の世界ではさまざまな背景の人が公平に競争することができます。 このような環境は,科学の世界だけでなく,日本の社会の中でも,いろいろな人が集まり,さまざまな意見を交換する機会を与えることで,偏りの無い良い結論を出すことができます。 また,この点で東京大学は,ひじょうに能力のある人材が多く集まり,競争することにより,さまざまなことに対する好奇心を育てる環境を提供しているので,世界の中でも特別な大学なのだと思います。

私のした経験や思い出はとても大切にこれからも心に残っていきますし,それを与えてくれた理学系研究科にとても感謝しています。 この場を借りて,もう一度お礼を言いたいと思います。本当に3年間有難うございました。

本稿は3月9日行われた理学系研究科・理学部の教職員と留学生・外国人研究者との懇親会(理学部ニュース2011年5月号参照)でのスピーチである(日本語サポート:医学系研究科・太田瑞穂さん)。

ロトコプさんは2010年度に物理学専攻で博士学位を取得され,現在はビーレフェルト大学(ドイツ)に博士研究員として勤務しておられます。