2010年度学士院賞を本研究科の名誉教授2名が受賞
今回で100回目を迎える学士院賞は,本研究科からは小柴昌俊名誉教授(1989年受賞)をはじめ多数の方々が受賞している,日本で最も権威のある学術賞のひとつである。今年は,本研究科から佐藤勝彦名誉教授と黒岩常祥名誉教授が受賞の栄に輝いた。
佐藤勝彦名誉教授の受賞を祝して

佐藤勝彦名誉教授
前ビッグバン宇宙国際研究センター長であり,物理学専攻を2009年定年退職した佐藤勝彦名誉教授(自然科学研究機構長)が「加速的膨張宇宙の研究」により,2010年度学士院賞を受賞された。佐藤名誉教授は,素粒子物理学における相互作用の大統一理論を初期宇宙に応用することにより,真空の相転移が宇宙初期に起こり,その結果,宇宙が何十桁も指数関数的に膨張することを示した。それによって単純なビッグバン宇宙論をインフレーション宇宙論へと発展させた。その際,宇宙の大規模構造の種となり得る揺らぎがインフレーション時に生成可能なこと,またインフレーションによって地平線が十分広がることにより,現在観測されているように,大きな領域にわたって一様に正のバリオン数をもつ物質宇宙が実現することを示した。さらに,この相転移の進行にともなって,母宇宙,子宇宙,孫宇宙,……,と宇宙が自己相似的に多重発生することを示した。これは「唯一絶対の宇宙」という古典的な宇宙観を,「多種多様な宇宙の中でのわれわれの宇宙」という考え方に変更することを迫った,画期的なものであった。近年,量子宇宙論や,超ひも理論におけるランドスケープ描像において,われわれの宇宙が実現する確率まで議論されるようになっているが,こうした研究の背景には,佐藤名誉教授を嚆矢とする上述のような宇宙観の変遷があることを忘れてはならない。なお,佐藤名誉教授は2010年4月より自然科学研究機構の機構長に就任されている。
黒岩常祥名誉教授の受賞を寿いで

黒岩常祥名誉教授
黒岩常祥名誉教授(現立教大学理学研究科特任教授)が2010年度の日本学士院賞を受賞されました。これは,黒岩名誉教授の40年にわたる「ミトコンドリアと葉緑体の分裂・遺伝様式に関する基本機構の発見」が高く評価されたものです。
ミトコンドリアと葉緑体は生命活動に必須なエネルギーをつくり出す細胞小器官で,その分裂と遺伝に関する基本機構の発見は,生命の基本単位である細胞の起源にも迫るものです。黒岩名誉教授は,ミトコンドリアと葉緑体が多重リング構造をした独自の分裂装置で分裂することを発見しました。また,分裂装置を単離することで,その構成タンパク質や遺伝子を同定し,これまで謎に包まれていた細胞小器官の分裂と増殖の基本機構を明らかにしました。この研究を推進するため,原始紅藻“シゾン”を実験材料として開発し,2004年には真核生物ゲノムで初めて文字通りの完全解読に成功しました。
いっぽう,細胞小器官の遺伝様式を特徴づける「母性遺伝」の研究にも取り組み,雄由来のDNAが独自の分解酵素により選択的に消化されることを発見し,なぜ,母親の遺伝子だけが子に伝わるのかを明らかにしました。母性遺伝を正に可視化した黒岩名誉教授の顕微鏡写真には,研究者をはじめ多くの方々が今もなお驚きの声を上げられます。超高分解能蛍光顕微鏡の開発など,技術開発にも自ら積極的に取り組むことでなされたこれらの発見は,日本が国際的に誇ることのできる独創性の高い研究成果です。