リガクの明日

すでにそこにある「知」を超えていくために。
Special Interview
三菱ケミカルホールディングス
取締役社長

小林喜光

小林喜光

1946年山梨県生まれ。’71年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了。イスラエル・ヘブライ大学、イタリア・ピサ大学への留学を経て、’74年に 三菱化成工業(現三菱化学)に入社。’96年に三菱化学メディア社長。2005年常務執行役員。’06年三菱ケミカルホールディングス取締役。’07年 4月に社長就任。

理科系に進むのか、それとも文科系か。それが人生最初の大きな選択となる人の数は、案外多いのかも知れない。自分のことを振り返ってみると、あまり明快で美しい理由で理科系を選択したという記憶はない。色々なことがあって、それなりに色々なことを考え、結果としては何となく決まっていたような気がする。しかし、理科系の人間になったことはまったく後悔していない。

私は理学系大学院(相関理化学)の卒業だが、実は駒場で過ごした。放射線化学という最終的な専攻はあったものの、教養学部の基礎科学科の出身だ。英訳するとInterdisciplinary Courseということになる。今や流行のフィールドだ。博士課程の途中で日本を飛び出してみたくなり、掲示板にあったイスラエルへの国費留学の貼り紙に応募した。その当時ベストセラーとなった山本七平著『日本人とユダヤ人』に触発されていたこともあるし、また、エルサレムにはアメリカやヨーロッパの大学を定年退官したノーベル賞学者が名誉教授として本当にたくさん集まっていて、いったいどんなところだろうと思ったのだ。

周囲からはとんでもないことをする奴だと言われた。私が地中海の東の端の陸地にたどり着いたのは、日本赤軍の岡本公三がテルアビブ空港で乱射事件を起こしたすぐ後のことで、もちろん日本人は他に誰もいなかった。イスラエルの人からも「本当によく来たね」と言われたくらいである。しかしいい勉強になった。自分、つまり日本人とはまったく異なる価値観を持った人々がいて、彼らが自分とはまったく異なる態度で勉学に臨む姿に肌で触れたお陰で(日本人の常識にはあり得ないパースペクティブで彼らは「禁欲生活」を送り、そこで本当に命がけで勉強するのだ)、学問の中身そのものに止まらず、学ぶということが本当はどういうことなのか、人間という存在のありようまで(日本人も人間、ユダヤ人も人間なのだ)教えて貰ったように思うのである。

博士号を取ったのは会社に入ってからだ。留学を終えて帰って来てみたら、元いた学科に職場としての居場所はないと言われ、とりあえず就職した。12月という不定期の入社で、しかも面接に赤いズボンをはいて行って叱られた。人事部の人間から「無茶苦茶な奴だ」と言われたが、結局は採用してくれたのだから、考えてみると「お堅い」と言われていたうちの会社の方も随分と無茶苦茶なことをやったものである。

会社に入ってみると、人間の分類が「理科系と文科系」から「技術系と事務系」に変わっていた。私は当然のことのように「技術系」へ組み込まれ、たくさんの工学系大学院の卒業生達に交ざり、研究開発活動に従事した。真実を知りたがる人(サイエンティスト)と、とにかく結果を出そうとする人(エンジニア)では、もしかすると物の見方が日本人とユダヤ人ほど違う。しかし会社はやはりここでも無茶苦茶で、私達がそれまでに学んできたことには何の意味もないとでも言うように、ただただ働かせてくれた。「いいから、早く新たなことを見つけろ」と言うのだ。それもまた、ヒトの知のありようなのかも知れないが。

社長になる前にはCTO(研究開発総責任者)もやったのだが、それまでのあいだ、研究所から本社に連れて来られ、ビジネスリーダーをやらされた。安い原料を買いに歩き、お客を回ったり、工場を建てたりもするわけだ。MBAコースの教科書を読み漁り、数学的ではない数字の読み方も勉強した。

経営者は珍しいらしい)。新たなものを求め続ける過程で、いつもそれまでの自分にとっての常識をひっくり返され続けたお陰で、自分が理科系なのか文科系なのか、サイエンティストなのかエンジニアなのかも分からなくなってしまっている部分があるのにだ。一貫していることと言えば、私が常に(結果的にそう仕向けられた部分も多分にあって)学び続けて来たことではないだろうか。

しかし、ヒトという存在が種の総体として「開放系」であるならば(最終的に「均衡」するような系ではないのでそれで間違いないと思う)、常に何か新たなことを見つけたり、生み出したりしない限り、ヒトは死に絶えてしまう。学ぶだけで新たなことは生み出せないが、すでにそこにある「知」(ある部分は常識)を超えていくためには、やはり学び続けるしかない。理学系の学問を修めることから人生をスタートさせた私だが(そしてその後無茶苦茶な会社から無茶苦茶な奴だと言われ続けて来たわけだけれども)、とても良かったな、と個人的に思っている。

photo/貝塚純一