菅裕明 教授(化学科)

菅裕明 教授(化学科)

貫き通せば、「異端」は「先端」に変わる。
教授インタビュー

PROFILE

理学系研究科 化学専攻 菅裕明 教授
菅裕明 教授
1989年岡山大学工学部精密応用化学科修士課程修了、'94年マサチューセッツ工科大学化学科博士課程修了。2000年より同大学生物科学科、微生物学科を兼任。'02年同大学化学科准教授、'03年東京大学先端科学技術研究センター准教授、'05年同教授を経て、'10年より現職。

先端ではなく異端—。菅裕明教授は、自身のこれまでの研究生活をそう振り返る。

「科学は世界中で常に動いています。インターネットが普及したとはいえ、今この瞬間、どこが最先端なのかは知る由もありません」

研究分野である「生物有機化学」は、その名の通り、生物学と有機化学が重なり合う領域だ。菅教授が研究を始めた十数年前、誰も同じ道を進む者はなかった。人と違う「異端」の研究に挑み続け、ここ数年でようやく周りから「先端」と認められるようになった。

「僕の研究のスタートは有機化学です。生物の起源に興味があって、化学と生物のあいだを行き来するようになったんです」

菅教授の異端を歩む道のりは、「リボザイム」という触媒機能を持つRNAの人工生成から始まる。「RNAワールド」仮説 — 最初期の生物はRNAで構成されていたとされる — の裏付けに挑む、野心的な研究だ。10年の歳月をかけて人工リボザイムの生成を成功させると、菅教授は続いて新たな領域に踏み込んでいった。それは、人工リボザイムを使い、通常ならタンパク質の構成要素になり得ないアミノ酸とトランスファーRNA(tRNA)を反応させて特殊なペプチド(小さいタンパク質)を翻訳合成すること。そして、いまは特殊ペプチドを使った創薬に力を入れる。

製薬会社も注目する研究だが、菅教授の企業との距離のとり方は独特だ。

「企業との研究は、研究成果を社会に還元するという意味がありますが、反面、研究の自由度はどうしても制限されてしまう。企業とアカデミックではつくるものもプロセスも大きな違いがあるんです」

アカデミックは論文を発表してこそ評価されるが、企業は付加価値の高い研究ほど隠したがる。研究の初期段階で特許を出願すると、特許の有効期間が短くなるからだ。

「だったら2つを完全に分けたほうがいい。そこで、企業との共同研究のためのベンチャーを設立して、技術を移転しました。研究室では、やりたい研究を自由にやる。学生にも論文に直結しない企業の研究はさせない。ベンチャーは、そのための防波堤なんです」

JAZZを愛し、自身もギターを弾く菅教授。JAZZの真髄は即興にある。コードという縛りのなかで、どんな音を奏でるかは自由。演奏の善し悪しは感性で決まる。

研究も、知識を積み重ねるだけでは新しい発見や成果は生まれないという。基礎的な知識の上に、独自の発想や感性をどれだけ加えていけるかが、ブレイクスルーのカギを握る。

「違うのは、音楽では受け手の好みで評価も分かれますが、研究は結果を出せば誰もが認めてくれる点。異端が一瞬で最先端に変わるのは、研究でしか味わえない快感です」。菅教授が、研究の"自由度"にこだわるのには、そういった理由がある。

ブレイクスルーを生み出す自由な発想と感性を、菅教授はいかにして磨いたのか?

「とにかく人と話すことです。自分の殻に閉じこもっていては、新しい発想は生まれてきません。JAZZの即興がコールアンドレスポンスで成り立っているように、人とのインタラクションを通じて自分の感性を磨く。それ以外に、道はありえません」

菅研究室が創製した人工RNA触媒フレキシザイムがtRNAと結合しているX線構造解析。特殊アミノ酸を自在にtRNAにエステル化。遺伝暗号を人工的にリプログラミングし、通常の翻訳システムでは合成できなかった「特殊ペプチド」の合成を可能にした。

photo/稲田 平 text/萱原正嗣