理学部新1号館の石灰岩

大路 樹生(地球惑星科学専攻 准教授)

図1

図1:巻貝(ネリネアの仲間? 西棟南側)

図2

図2:石材表面には動物が堆積物の中を動き回った後が生痕化石として残されている。西棟南側エレベータ前。

新1号館にわれわれ地球惑星環境学科(旧地学科)が引っ越してからはや4年半が過ぎた。この素晴らしい建物で研究・教育が行なえることを幸せに思う。

この建物の外壁と1階の内装には,淡いクリーム色がかった白色の石灰岩が使われている。その表面には,米粒のような楕円形の構造が沢山見られる。これは魚卵石(oolite)とよばれ,熱帯・亜熱帯のサンゴ礁域などでよく形成される。また魚卵石を含む石灰岩は古生代以降さまざまな時代の地層から見つかっている。

さらによく見ると,多くの化石が入っているのに気付く。サンゴ(表紙),二枚貝,巻貝(図1,裏表紙a)はかなり沢山見られる。また,化石自体は見つからないが,大きな底生動物がはい回った痕がパイプの様に残った,生痕化石も多く見られる(図2)。このように多様な化石が観察されるので,エレベータを待つ間も見ていて飽きない。学部生への化石に関する実習では,一度はこの1階の磨かれた石灰岩の前で解説を行っている。

しかしこの石灰岩が,どこの,そしてどの時代の地層から由来したものなのか,ということが分からなかった。われわれは地球惑星科学の専門家の集団である。これが分からなければ,沽券に関わる。ということで,引っ越して以来私は,壁に見える化石から時代が分からないものかと考え続けてきた。すると同じことを考える方はいるもので,他大学のサンゴ礁専門家はこの石灰岩を見て,新生代のきわめて新しい時代のものだと判断したらしい。確かに新しい時代に形成されても,硬そうに見える石灰岩は多い。そのような意見を参考に,当地球惑星科学のある専門家は放射性炭素同位体による年代測定を試みた。これは半減期約6000年の放射性炭素を用いるので,数十万年より古い試料は測定できない。案の定,このサンプルはこの方法では年代測定できなかった。より古い年代に形成されたのである。 化石を見てみると,先に述べたサンゴ,二枚貝,巻貝のうち,巻貝の断面の構造がやや複雑で,殻の厚い種類であることが分かる。これはジュラ紀や白亜紀に繁栄した,ネリネアというグループによく見られる構造である。またさらに良く磨いた面を観察してみると,褐色で長細い化石が4個所ほどで見つかった(裏表紙b)。これはベレムナイトという,中生代に栄えたイカの骨格の化石である。これは中生代の末に絶滅しているので,この石灰岩は新生代のものではなさそうである。

そこで,私は理学部中央事務の施設関係に長く勤められていたFさんに尋ねてみることにした。Fさんはゼネコンまで問い合わせてくださって,この石灰岩がフランス南西部のVilhonneur(ヴィルヌール)産の物であることを調べてくださった。この産地をネットで調べると,このVilhonneurが一大石材産地であること,その地層の年代はジュラ紀中期(Bajocian – Bathonian)であることが分かってきた。

この頃のヨーロッパは現在よりはるかに暖かい環境にあり,浅海には魚卵石が発達したようだ。イギリスでも魚卵石を含んだ地層が同じ時代に発達し,当時の地層を“Inferior Oolite”,“Great Oolite”と名付け,また大きなアンモナイトも産している(標本が総合研究博物館に所蔵されている)。残念ながら,新1号館の石灰岩にはアンモナイトは見つからないようだ。 このように,われわれの生活する石灰岩の出所が分かってややホッとした。皆様もエレベータを待つ間にこの磨かれた石灰岩に含まれた化石をご覧になり,1億数千万年前の海の世界に思いをはせてはいかがだろうか。