モースの法則と恐竜進化

モースの法則と恐竜進化

對比地 孝亘(地球惑星科学専攻 講師)

図1

獣脚類恐竜デイノニクス(A)と現生ニワトリ(B)の3本指の手の骨格

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大森貝塚の研究で有名なエドワード S. モース (Edward Sylvester Morse) は理学部の初代動物学教授である。私も学生時代に,モースの肖像が飾られた2号館の講義室で授業を受けていたが,近年意外なところでモースの名に遭遇した。「モースの法則」がそれで,これは四肢動物の手足の指の中で,個体発生上一番最後の方に形成される第一指と第五指は,系統進化上真っ先に失われやすいという傾向を指したものである。モースは1872年にこの「法則」を発見したが,これに一見従わないのが,獣脚類恐竜の手である。もともと恐竜の手には5本の指があったものが,進化の過程で第五,四指が消失し,第一,二,三指の3本が残った。いっぽうで獣脚類恐竜の子孫である現生鳥類は,その発生過程で5本の指原基のうち二,三,四番目が残るというパターンを示す。とすると,獣脚類恐竜と鳥類で手の指の番号が異なり,これらの間の祖先-子孫関係と矛盾してしまう。近年,鳥類の3本指は,第二,三,四指の位置にある原基から発生が始まるのだが,それらが他の動物では第一,二,三指を発達させるような領域において発生が進むことにより,最終的にこの三指の属性をもつようになるという仮説が提唱された。つまり獣脚類の手の進化は,第一,五指の原基が消失する点ではモースの法則に合致しているいっぽうで,残った3本指の属性は第一,二,三指として指定されるという,ちょっと複雑なメカニズムで起こったらしい。これは獣脚類において,第一指のものを掴むという機能が重要なため,その形態を失わせないようにする淘汰圧と,第一指を失わせるようなモースの法則の進化傾向との相互作用の結果であるかもしれない。理学部と縁の深いモースが,現在の私の専門である恐竜の進化を考える上で重要な現象を発見していたことを知り,まさに温故知新という感慨をもった次第である。