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理学部ニュース

~ 大学院生からのメッセージ~
小さな巻貝から解き明かす動物の陸上進出史

 


井上 香鈴Karin Inoue
生物科学専攻 博士課程1年生
出身地
埼玉県
出身高校
大宮開成高等学校
出身学部
お茶の水女子大学理学部

 

うっそうと生い茂るマングローブ林やアシ原,切り立った崖の上,棘のある海岸植物の林に足を踏み入れ,地面に転がっている流木,岩やゴミの下を覗くと,生命進化を紐解くカギとなる,小さくて可憐な巻貝たちに出会える ──

生物はさまざまな環境へ適応してきた。なかでも海から陸への進出は,生息環境が劇的に変化するイベントである。その過程を理解することは,生物多様性の創出機構の理解にも繋がる。 生物が多様な環境に適応していく過程に興味をもつ私は,現在,大気海洋研究所の底生生物分野に所属し,動物の陸上進出について研究している。

陸上進出には,形態・生態・生理 などのさまざまな形質の変化が伴う。これまでの陸上進出研究の多くにおいては,詳細な生息環境(標高,海岸からの距離,土壌塩分など)の評価や,系統樹構築に基づく近縁種との比較が不足していたため,各適応形質が進化的にいつ,いかなる環境で獲得されてきたか,未だ詳細に明らかになっていない。そこで私は,オカミミガイ科貝類(左図)を対象に,高精度な分子系統解析,生息環境の定量的評価,各形質の比較を行い,動物が海から陸へ進出した詳細な過程の解明に向けて研究を行っている。


(左)岩をどかして見つけたオカミミガイ類大小2種。
(右)棘のある植物をかきわけ,必死に貝を探す私。

オカミミガイ科貝類は,潮下帯から潮間帯,潮上帯,さらにはより内陸の森林にまで生息し,科内で複数回にわたって独立に陸上進出したと考えられている興味深い分類群である。私の修士課程の研究では,日本に生息する本科の1種が,動物界全体でみてもひじょうに最近(約500万年前~)に内陸へ進出したことを示唆する結果が得られた。最近に起きた陸上進出イベントにおいては,環境変化に伴った形質の特定が容易と考えられるため,本科貝類は陸上進出研究に有用な系であると言える。この特徴を生かしながら,もっとも高精度な陸上進出過程の解明を目指しており、特に本科貝類の初期生態に着目して研究を進めてきたところ,プランクトンとして海中を漂う期間の喪失が,陸生化のきっかけとなった可能性が示唆されてきた。

私の研究では,野外調査・飼育観察は欠かせない。野外調査に行くと,生息環境を自分の目でみて,肌で感じることができ,標本観察や文献調査だけではわからない多くの気づきを与えてくれる。時々,目的の種がなかなか見つからなかったり,過酷な環境での採集となったりすることもあるが(右図),その分,採集できた時の喜び・達成感は大きい。一 方,飼育観察は,短期間の野外調査だけではわからない生態的な情報を得られる。それだけでなく,可愛らしい姿を毎日みることができるため,研究の励みにもなる。こうして得られた標本や生態・環境情報から,世界中の誰も知らない動物の進化過 程を解明できるかもしれないと思うと,胸が高鳴ってくる。

理学は,人間の知的好奇心を大事にし,自然の謎に迫る学問である。自然に対する素朴な疑問を解決していくことで,今後人類を救う大きな発見へとつながるかもしれない。この記事で,自然史研究の楽しさが少しでも伝われば幸いである。あなたも「理学」という環境へ進出しませんか?

 

 

理学部ニュース2021年9月号

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