物質の中を電流が流れると,照明がついたりテレビがついたり電気自動車が走ったりする。電流とは電子の流れであり,電子が持つ電荷の流れである。しかし,電子は,電荷だけでなく スピンという性質も持つ。スピンとは磁石のもとになる性質で,一個一個の電子が極微の方位磁針になっている。したがって,電子が流れると電荷だけでなく,このスピンも流れていることになる。 最近の物性物理学の分野では,このスピン流の概念がクローズアップされ,電流でなくスピン流によって引き起こされる現象の研究が盛んになった。物理学専攻では林将光准教授,長谷川修司教授,桂法称准教授,小形正男教授研究室などでも研究されている。しかし,電流を測る電流計は存在するが、スピン流を直接測る「スピン流計」はまだ発明されていないため,隔靴掻痒の感がある。

量子力学によると,図(a) のように,電子のスピンは,方位磁針が北を指している状態(upスピン)と南を指している状態(downスピン)の2つの向きしかとらない(この図ではスピンを磁気モーメントで表している)。また,スピンは,回転の勢いを表す角運動量と同じ次元を持つ物理量なので,図(a) に示すように,upスピン状態を電子が右回りで自転している状態,downスピンを左回りの自転の状態とみなしてよい。

  電子のスピンとスピン流(この図ではスピンを磁気モーメントで表している)  
  参考図書:長谷川修司「 トポロジカル物質とは何か」(講談社ブルーバックス 2021)  

図(b) のように,upスピンの電子を右に向かって流し,それと同じ数のdownスピンの電子を左に向かって流すと,電流としては相殺されてゼロになるが,実はスピン流はゼロでない。upスピン電子の流れとdownスピン電子の流れは,お互いに時間を反転した状態になっている。それは,スピンが図(a) のような自転の向きに対応していることを思い出すと,時間反転によって運動の向きが逆転するだけでなく自転の向きも逆転するからである。よって,時間反転対称性が保たれている物質では,upスピンの右への流れはdownスピンの 左への流れと等価である。したがって,スピン流をupスピンの流れで定義すると,図(b) の状態は右に向かってスピン流が流れていることになる。

つまり,図(b) の状態では,電流がゼロなのでジュール熱が発生しないが,それにも関わらずスピン流が流れている。そうすると,スピン流の大きさを変化させたり,交流のスピン流を作ったりしてスピン流に情報を載せて左から右に送ることができる。つまり,エネルギーを散逸せずに情報を伝達できるわけで,これぞ究極の超省エネデバイスができると研究者たちが沸き立つのも当然だろう。

しかし,図(b) のような状態を物質のなかで実際に作り出せるのかと疑問に思う。実はトポロジカル絶縁体と呼ばれる物質では,自動的に図(b) の状態になっているという驚愕の事実がわかって きた。図(c) に示すように,トポロジカル絶縁体の表面では,電子の運動方向とスピンの向きが直角になるよう固定されているため,まさにスピン流が流れている。

スピン流という概念も,スピン流が表面に流れているトポロジカル絶縁体という物質の概念も 我々は最近まで気づかなかったし,スピン流を直接測る手段をまだもっていない。電流計のように 手軽に使える「スピン流計」の発明が待たれる。

理学部ニュース2021年9月号掲載



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