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理学部ニュース

パラサイトDNAのロックダウン

越阪部 晃永(生物科学専攻 特任助教)

 

“Covid-19 is not just a flu”−2020年3月10日に受け取った前所属先のオーストリア・ウィーンのグレゴール・メンデル研究所(Gregor Mendel Institute)のマグナス・ノルドボーグ(Magnus Nordborg)所長からのメールに書かれていた文章である。メールが届いた当時は新型コロナ感染が急拡大している隣国イタリアとの国境の閉鎖が決まり,市内でも数人の感染者が報告された頃でもあった。このメールの翌日には,オーストリア政府がロックダウンを行う予定であることを発表し,所内が大混乱となった。ロックダウンという単語に対して当初あまりピンとこなかったのだが,政府からの発表の翌日には(おそらく発表の数時間後にはすでに)スーパーからパスタや生活必需品が完全に消失して,事態の重大さを目の当たりにした。研究所もロックダウンが始まった3月16日から立ち入りが原則禁止となり,ラボメンバー間のやりとりも全てリモートとなった。植物/動物のケアやサンプリングなどやむを得ない事情で研究所に入る場合,研究所から公式文書を発行してもらい,道で見張っている警察に聞かれた際に提示できる様に対応がなされた(不要不急の外出とみなされた場合,約25万円の罰金を支払う必要があったため)。ロックダウン発令1ヶ月後には感染者数の減少傾向が確認され,それに伴い外出禁止令の緩和が発表された。研究所への立ち入り規制も同様に緩和され,実験台当たり1人という制限があったものの,所内での週2回のPCR検査を行いながら研究活動を再開することができた。

そのような状況下で,ちょうど論文の作成を進めていた。生物のゲノムにはトランスポゾンと呼ばれる可動的なDNAが存在する。通常はDNAやヒストン(ゲノムを折りたたむタンパク質)の化学修飾を受けて,トランスポゾンがゲノム中を動き回らない様に鎮静化されていることが知られている。この鎮静化に重要な遺伝子として,シロイヌナズナを用いたスクリーニングによってDecrease in DNA Methylation 1(DDM1)が同定されたが,DDM1がどのようにしてトランスポゾンを鎮静化するのか,その分子機構は永らく不明であった。今回の論文で我々は, DDM1によるヒストンの特異的な亜種(バリアント)のクロマチンへの積込みを介してトランスポゾンを鎮静化するという新規の機構を見出すことができた(A. Osakabe et al. , Nat. Cell Biol. 23, 391 (2021))。

世界遺産として登録されているウィーン市内のシェーンブルン宮殿の様子(2020年6月撮影)。普段は観光客で賑わう観光名所の一つだが,1回目のロックダウン解除後の当時は観光客が全くいなく,数人の地元の人たちが散歩で立ち寄る程度だった。

本論文の原稿をジャーナルに投稿したのちに東大への異動が決まり,2回目のロックダウンが開始される数日前に帰国した。リバイス原稿を送り晴れてアクセプトになったのは,3度目のロックダウン発令中の3月だった。どのイベントにもロックダウンが付いて回っていた。プレスリリースの原稿作成を留学先のフレデリック・バーガー(Frederic Berger)博士と進めた際,そのような背景から,タイトルを“Lockdown for genome parasites”とすることにした(https://www.oeaw.ac.at/gmi/detail/news/lockdown-for-genome-parasites)。ロックダウンは,分子から人(集団)まで共通して行われる潜在的な手法なのかもしれない。

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理学部ニュース2021年7月号掲載



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