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理学部ニュース

宇宙の錬金術

仏坂 健太(ビッグバン宇宙国際研究センター 准教授)

錬金術などと聞くと,怪しい物語が始まるのかと思われるかもしれない。侮ってはいけない,錬金術は過去にはニュートンを始めとする名だたる科学者を虜にしてきたし,今まさに宇宙物理学者たちは星の錬金術に夢中になっている。地上に存在する100種ほどの元素の中でも特に,金,プラチナなどの起源,いわば宇宙の錬金術師はどこにいるのか?という科学者が追い続けてきた謎が今まさに解かれようとしているのである。

宇宙が始まって数分後,宇宙のどこを見ても,水素が75%とヘリウムが25%といった具合であったことを我々は知っている。ここから金が生成されるまでの道のりは長い。重い元素を作るためには,電気的な反発力を感じない中性子を原子核にくっつけて徐々に太らせるという作業が必要になる。例えば、金は原子番号が79であり、水素に中性子をおよそ200個も吸着させる必要がある(図パネルA)。しかし,中性子は平均15分で陽子に崩壊することを考えれば,15分よりも短い時間で一気に重元素を生成することが求められる。では宇宙の一体どこでそんな核反応が起こったのか?半世紀前に,ビッグバン宇宙の提唱者 G.ガモフ(George Gamow)はビッグバンで金が作られたと訴えたし,彼の最大のライバルだった F. ホイル(Fred Hoyle)は超新星爆発だと主張した。前者は早い段階で理論的に困難であることが判明した。後者も完全には否定されていないとはいえ,専門家の間では否定的な見解が受け入れられている。つまり,中性子星のような中性子が豊富にある星の破片を飛ばすという特殊な状況が求められる。そこで登場するのが,中性子星合体なのである。

         
  パネル A:周期表。中性子星合体で生成されたと考えられる元素を枠内に示している
パネル B:最初の中性子星合体に付随したキロノバの可視光画像 ( 画像提供:NASA,ESA)

アインシュタインの相対性理論によれば,中性子星連星は重力波を放射することでその軌道を縮めていき,合体直前に莫大な軌道エネルギーを重力波として解放する。この重力波を検出してやろうというのが,アメリカの LIGO(ライゴ),ヨーロッパのVirgo(ヴァーゴ),日本の KAGRA(カグラ)といった大型重力波干渉計である。さらに面白いことに,中性子星合体が解放するのは重力波だけではない。中性子をふんだんに含む物質が大量に放出され,その中で重元素が生成されるはずである (図パネルA)。

中性子星合体からの重力波が初めて捉えられたのは,2017年8月17日であった。ここからリレー観測が始まる。まずバトンはガンマ線衛星に渡され,合体の約2秒後にガンマ線が発見された。そこから可視光望遠鏡,近赤外望遠鏡,X線衛星,電波干渉計へと次々にバントが渡され,観測可能なほぼすべての波長で,電磁波対応天体が発見されるという大成功が収められた。図パネルBに合体のおよそ半日後に発見された突発現象の可視光による画像を載せている。この現象はキロノバと呼ばれ,合体によって作られた重元素が輝く現象として予言されていた(筆者はこの予言に関わった研究者の一人である)。観測されたキロノバは,半日をピークに一週間ほどで暗くなり,青色から赤色へと急速に色が変化した。この光の性質から,大雑把には,ストロンチウムあたりより重いすべての元素がこの中性子星合体で生成されたと考えられる(図パネルA)。したがって,地上に存在する金などの重元素は中性子星合体の破片からできたものなのかもしれない。いずれにせよ,今後,より多くの中性子星合体が発見されていく中で,より詳細が明らかになる日は近いだろう。ビッグバン宇宙国際研究センターでは,このような重力波宇宙物理学に関する研究を幅広く行っている。

理学部ニュース2021年7月号掲載



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