わたしたちの体にはおよそアボカドロ数個(〜1023) のタンパク質,太陽系の直径ほどの長さ (〜1010km) のDNA,数十兆個(〜1013) の細胞が存在する。目眩がするような数字だが,生きるためにはこれらの構成要素を絶妙に配置する必要がある。 ヒトの細胞は直径約10μm (10-5m) の核にヒトの身長ほどの長さ (2m) のDNAを収納しており,mRNAへの転写を活性化したい/抑制したい領域のDNAをほどいたり/折りたたんだりしている。 細胞は分裂期にミトコンドリアや小胞体などの細胞内小器官を断片化させ,その後,小胞を再集合させて細胞内小器官のネットワーク構造を形成する。この一見不合理な過程を経ることで,細胞内小器官を娘細胞に偏らずに分配できるようだ。より大きいスケールで見たときも,卵細胞から成体が作られる過程で分化した細胞が組織の中で適材適所に配置される。例えば,ショウジョウバエの翅脈の位置は一細胞幅の精度で決まることが知られている。筆者の周りにも片付けられない人がいるが,片付けられない人を構成する個々の細胞はKonMari注1 顔負けの整理整頓の達人なのだ。

KonMari顔負けと言っても,生き物の整理整頓は家庭や職場のそれとは大きく性質が異なる。まず,細胞や組織には収納場所を決め,絶妙なサイズの小箱を用意し,ものの畳み方を教えてくれるKonMariはいない。しかも,クローゼットの中で洋服(生命の構成要素)は絶えず入れ替わるし,栄養状態や機械刺激などに応答して収納方法を柔軟に変化させなくてはならない。生き物の整理整頓とは設計者不在で適応的に秩序を形成する過程なのだ。

では,生き物はどのようにして自発的かつ適応的に整理整頓を実行しているのだろうか?近年,イメージング技術や理論モデリングの発展に伴い,細胞や組織の整理整頓術を定量的に解析することが可能になった。その結果,コロイドや泡,粉体などの非生物材料で知られた物理現象が生き物の体内で起きる整理整頓に重要な役割を果たすことが明らかになりつつある。例えば,液-液相分離注2 が膜を持たない細胞内小器官やヘテロクロマチン(コンパクトに折り畳まれて転写が抑制されている染色体領域)の形成を促進すること,上皮組織がずりを受けると六角格子様の細胞配置へと緩和が促進されること(図)などが相次いで報告された。

  生き物の整理整頓の例。ショウジョウバエ上皮組織における細胞六角格子化の物理メカニズム。等方的な応力場では六角形細胞集団の向きのミスマッチが起こる。幾何学的制約から,このミスマッチ部位は非六角形細胞で埋めざるを得ない(右)。一方で,ずりが作用する翅上皮では力をバランスするために細胞の向きが揃うのでミスマッチが抑制され,六角格子パターンへの緩和が促進される(左)(Sugimura and Ishihara. Development , 2013より引用し一部改変)。  
  注1:整理整頓アドバイザーで「人生がときめく片づけの魔法」(サンマーク出版,2010年)の著者・近藤麻理恵氏の愛称。ときめき (Spark Joy) にもとづいて物を取捨選択するのがこんまりメソッドの特徴。
注2:混合状態から複数相に分離する物理現象。ラーメンのスープに浮く油滴など。
 

このように生き物の整理整頓の仕組みの一端が明らかになりつつあるものの,謎も多く残されている。生き物はエネルギーを消費したり情報を使ったりして収納パターンを遷移させているが,この非平衡現象の物理や情報論を見通しよく理解することはできていない。また,生き物の整理整頓術が進化した過程の多くも不明である。相分離や細胞配置の機能的意義は必ずしも丁寧に調べられた訳ではなく,構造機能連関を明らかにすることがヒントになるかもしれない。生命のSpark Joyが明らかになる日もそう遠くないと期待したい。

理学部ニュース2021年5月号掲載



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