電子顕微鏡で解き明かす,結晶のはじまり

中村 栄一(化学専攻 特別教授/名誉教授)

中室 貴幸(化学専攻 特任助教)

 


分子の振る舞いを垣間見るためには,創意工夫が必要になる。カーボンナノチューブ(CNT)は内側に分子を入れたり,外側に分子を取り付けることができるため,分子観察のための適切な材料である。この特性を巧妙に活用し,2007年,われわれは原子分解能透過電子顕微鏡(TEM)で有機分子の動的挙動を初めて撮影した。単分子・ 実時間・原子分解能を兼ね備えたSMART-EMと名付けた方法論であり,分子世界で起こる現象をスローモーション映像として記録できる。今回,われわれの生活に身近な塩化ナトリウム(NaCl) を研究対象とし,円錐型CNT内部で結晶核が誕生する様子を記録することに成功した。

図1aが撮影したスローモーション映像の概要である。極小サイズ試験管内の先端に分子が集合し(i-iv),結晶の核が誕生し(v-vi),結晶核が 結晶として成長する様子が観察された(vi-viii)。152秒の間に同じ容器の中で結晶化過程が9回繰り返され,現象の全容を把握する鍵になった。図1b として,実際のTEM像と研究の全体像を示 した。線上に見える構造が円錐型CNTの壁であり,赤色の点線で囲った部分がNaCl集合体に対応している。不定形な構造のNaCl集合体が(5.00秒),幅4原子,高さ6原子の周期構造を有する NaCl結晶核(5.04秒)に変換された。その間実に0.04秒であり,結晶核が誕生した瞬間である (図1a, v-vi に対応)。実際には,観測した結晶核の奥行き方向にも原子は連なっており,計96個 からなる直方体とみられる。塩素とナトリウムが 48個ずつで結晶核を形成した状態である。CNTの先端部に1ナノメートル(10億分の1メートル) 程度のNaCl結晶核が,同じ大きさで9回再現性 良く繰り返されて出現したことは実に興味深い。このような形成過程を経て誕生した結晶核が起点になり,次第にサイズが大きくなり(vi-viii),最終的にはわれわれが目にするサイズの光り輝く結晶に成長していくのである。

結晶化は,初等教育過程の理科の実験でも取り扱われるありふれた現象である。しかし,結晶化は微小な時間・空間スケールで起こる現象であるため,その詳細な機構は謎に包まれていた。2021年,原子分解能電子顕微鏡を用いて,分子一つ一つの構造や形状の時間変化を原子分解能で追跡する分析手法(SMART-EM法)による結晶化現象のスローモーション映像取得に成功し,分子レベルでの現象の詳細が明らかになった。また,NaClの結晶は誕生した瞬間から四角い形をしており,本研究によって驚きをもって受け入れられたに違いない。原子や分子のその場観察研究の更なる発展により,今後われわれの想像を超えた新しい科学が解き明かされていくだろう。

図: NaCl結晶化研究。a) 観察結果の模式図。b) TEMにより,結晶化の全体像を明らかにできる。四角形NaCl結晶の写真を右下部に示した。    

本研究成果はT. Nakamuro et al. , J. Am. Chem. Soc . 143, 1763 (2021) に掲載され,特に重要な成果としてJACS Spotlights に選ばれた。

(2021年1月22日プレスリリース)

理学部ニュース2021年5月号掲載



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